52・凱旋式──Ⅱ


「皆様方へ一つお話しなければいけないことがあります」


陛下はそう切り出した。


「本日の凱旋式が、いったい誰の勇敢さを讃えるモノなのか。被害にあっていた獣人たちは誰によって救われたのか。──どうか取り乱さず、最後まで聞いたうえで各自がご判断ください。すべての糾弾を甘んじて受けいる覚悟が、我々にはある」


ゼノビアが会場を見渡す。獣人たちは一様に息を呑んでいた。僕も同じだ。獣人を解放する手引きをした人間の存在を、ここで初めて公表することになるのだ。


やじりの先端ともいうべき、窮地に立ちながらも一つの任務をこなした英雄たちを、ここへ」


ファロウが歩き始める。サジールが慌ててそれを追う。シロツキが僕の背をそっと押した。


「行こう」

「うん」


観客席のあいだに設けられた長くまっすぐな道を歩く。僕の姿を目にした獣人から、恐れにも怒りにも似た息が、漏れ聞こえてくる。


数百。いいや、もしかしたら千を超えているかも。大広間に集まったそれだけの獣人の前で、僕はたった一人の人間だった。


「たった今を持ちまして、無事生還したことをここに宣言いたします」


ファロウがいった。

僕らは並んで玉座の前にひざまずく。


「名乗れ」

第三部隊ルートニク所属、ファロウ」

「同じく第三部隊ルートニク、シロツキ」

第十二部隊ヒルノート所属、サジール」


名乗る肩書が見つからず、僕は不格好にも宣言した。


「人間、かえで


とたんに広間が騒めきだった。


やっぱりか。なんで国の中に。どうしてここに人間がいる? 凱旋の場にいるなんて。誰かあいつを。どういうことだ。危険なことを。なぜ。なんで。どうして。


多くは否定的で戸惑いを含んでる。少なくとも僕の凱旋を喜ぶ人はこの中にはいない。


「静まれ、カルヴァの民たちよ」


ゼノビアの声が場をおさめた。


「それぞれ、前へ」

「はっ」


ファロウたちが立ち上がり玉座の前に並ぶのに合わせ、僕も同じようにする。背中に突き刺さる視線は内臓を貫いてしまいそうだ。


緊張しながら待機の姿勢を崩さずにいると、兵の一人が平たい箱を持ってやって来た。蓋を開けると、中にはナイフが四本入っている。柄の部分に赤い宝石が煌めく。細身で美しい刃物だった。


「死地からの帰還を祝して」


ゼノビアはそれを一本ずつ、ファロウに、サジールに、シロツキへ渡す。そして最後、僕に渡そうとして、


「危険です!」


背後から誰かがいった。

「そうだ」「すぐにあれを排除しろ」と声が続く。シロツキが受け取ったばかりのナイフをぎゅっと握りしめた。ゼノビアが手を出してそれを制する。


「どうか気を落ち着けよ! 私はここへ、民たちの存命に貢献した者を労いに来ているのだ。話を聞こうともせず、安寧を保つためこの者を排除せんという輩は、今すぐここから去れ!」


静まり返った群衆から視線を逸らし、彼女は僕と視線を合わせる。


「この人間は今回の作戦の立役者だ。種族の違いに壁を感じ、尻込みする獣人もいるだろう。しかしこの人間がいなければ獣人を助けることができなかったのもまた真実。それを受け止めずして我々カルヴァは栄えることなどできるはずがあろうか」


ゼノビアは僕にナイフを差し出した。


「死地からの帰還を祝して」


僕は両手を差し出した。


「お受け取りします」

「総員、よい働きであった」


玉座に戻った陛下は門の方を指さす。


「今回の作戦にて助け出された二十名を、ここに」


全員が入口へ振り向く。数日前まで捕らえられていた彼らが入場してくる。顔色はまだ悪いが、会った時に比べればずいぶん回復しているように見える。


跪く彼ら一人一人に、陛下は鉄の指輪をはめていく。


「人間の手で与えられた痛みを忘れず、どうか自らの足で歩けるよう」


それは祈りの込められた勲章だった。


授与が終わり、ゼノビアがいった。


「これより、第三部隊ファロウから改めて今作戦の報告を受ける。少々気分の悪い話もあるだろう。会場にお集まりいただいた皆様方においては、退出するも残るも自由。残るのであれば、心して経緯いきさつを聞け」


ゼノビアの瞳は波一つない湖面のように燃えている。その厳しさにあてられたのか、僕らの背後で席を立つ音がいくつもした。同胞が受けた辛い仕打ちを聞くのが嫌なのだ。


僕はそれを責めるつもりはなかった。異種族の僕でさえ、マーノストの獣人市場で吐き気を催したのだから。当事者である彼らはもっと痛いはずで。


席を立つ獣人がいなくなった後で、ゼノビアはファロウにうながした。


「それでは──」


長い時間をかけ、今回の作戦について語り終えると、彼は一つ息をついた。


「以上が報告となります」

「ご苦労だった。特筆すべきことはあるか」

「ええ」


ファロウはうなずき、突然僕を親指で指し示した。


「マーノストの第三王女、リェルナは、こいつの妹です」


会場は騒然となった。ゼノビアが眉をしかめて僕を睨む。

いつか言わなきゃと思っていたのに、先を越されてしまった。


「それは事実か、人間」

「……はい。前世で僕の妹だった沙那さなが、現在リェルナ第三王女として生活しています」


観客席からいくつか不審の声が上がった。いわく、「口先だけでは何とでも言える」「騙されてはならない」。


陛下はその言葉におおむね同意した。


「たしかにその通りだ。──シロツキやサジール、ファロウに尋ねよう。この人間がいったことは本当か」

「その通りです」


シロツキが即答する。


「リェルナ王女に前世の記憶を尋ねたところ、見事に私や楓の持つ記憶と合致しました」

「サジール、それは真実か」

「ええ。かえ──この人間同様、前世での価値観を引き継いでいるのでしょう。獣人である私たちに対して終始協力的な姿勢を崩しませんでした」

「俺が話しかけても嫌な顔一つせずにいました。また、人間の対応を見るにおそらく真実かと」


ファロウがそう締めくくる。

すると、後ろの方で声が聞こえた。


「その人間と第三王女が兄妹だっていうのか」


鬼気迫る声に思わず振り返る。肩を怒らせたキツネの男性が、その細い目で鋭く僕を睨んでいる。


「いったいどんな道のりでそんなことになる。いつからこの国は虚構に侵される弱者になり下がったんだ?」


サジールが手を挙げた。


「発言の機会を求めます」

「いいだろう」ゼノビアがいった。「彼らの命について説明してくれ」


サジールは自分が不完全な回魂術を持っていることを明かし、そのうえで僕がこの世界に来た経緯を明かした。僕が前世でシロツキの飼い主だと説明したときには、まさかそんなことがと広間が騒めいた。


「回魂術がなされたときに、この世界に死体が二つあった。それはありえないことではない。再現が可能なことです。ただし、偶然がいくつも重なり合って生まれた結果であり、意図的な再現は難しいですが」

「現実的には起こりえることだ、と?」


ゼノビアの問いにサジールがうなずいた。

続いて、その場に立ち上がると、会場の方へ振り向く。


「あたしは、一人の獣人としてここに意見を表明します。この人間は重度のお人好しで、馬鹿で、あほです」


ひどい。

なんで心をぐっさぐさに刺されないといけないのだろう。


「ですが」とサジール。「獣人に対して友好的であることにおいて、疑う余地はありません」

「サジール……」

「あたし、シロツキ、ファロウの三人が証言できます。ゼノビア陛下への忠誠を誓う兵であるあたしらが、彼の無害の証明です」


彼女は「以上です」といい、再び跪いた。広間の床へ伏せたその顔がちょっと笑っていて、僕はなんだか嬉しかった。


「ありがとう」

「うるせー。事実を言ったまでだよ」

「それが嬉しい。ありがとうサジール」

「……どういたしまして」

「私からも礼を言いたい。ありがとう」


シロツキがサジールの頭をそっと撫でた。子ども扱いすんな、と言いつつ、口端が緩んでいる。


「さて」


ゼノビアの一声が僕らの意識を引き戻した。


「いかにも難しい話だ。その情報をこれからどう吟味し、利用していくのか。あるいは疑ってかかるのか。即決するには、この人間の存在はあまりにも大きい。ここはひとつ、情報を改めて精査するとしよう。今日のところはここまでだ」


これ以上の情報が出ないことを知った獣人たちは勝手な意見を胸にしまい、それぞれ改めて座りなおす。


「それよりも、彼の者の声を聴いてみようではないか」


ゼノビアが僕を立たせ、僕を見た。


「好きに話してみろ」

「なんでもいいんでしょうか」

「ああ。言葉通りだ」


僕はカルヴァの住人たちを振り返る。形の違ったいくつもの瞳が僕を見ている。


初めて聞かせるこの意見を受け入れられる人が、いったい何人いるだろうか。

たぶん希望を抱いちゃいけない。糾弾されることも覚悟して口に出すべきだ。


僕は震えながら息を吸う。

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