第四章──全席獣会合

51・凱旋式──Ⅰ


一夜明けて凱旋式当日。

僕はファロウに叩き起こされ、朝早くからカルヴァ上層へ向かった。


街の中央に設置された水力昇降機ボニー・ヴィータを昇り、それから足音の響く石造りの回廊を抜けると、そこが目的地だ。この前はぴったりと閉じ切っていた大広間の門が、今日は大きく開け放たれていた。さらに違うのは、椅子の数が増えていること。いよいよコンサートホールらしさに拍車がかかっている。


そこにカルヴァの兵たちが慌ただしく動き回っていて、中心にゼノビア陛下がいた。


「陛下」


ファロウの声に女王が振り向く。微笑んでいるが、その顔はひどくやつれていた。隈ができているし、顔色もやけに白い。


「ごくろうだった。式の開始までにあの二人を頼む」

「ええ、行ってまいります」


ファロウは大広間を後にした。

一人アウェーの中に取り残された僕は、恐る恐る女王を伺った。


「お前はこっちだ、人間」

「え、」


襟首を掴まれた。引きずられるようにして運ばれたのは玉座の目の前。


「あの、なにを?」

ひざまずけ」

「え?」

「跪け」


なんでそんなことを。問おうとしたが、彼女の赤い瞳が有無を言わさないので、そっと左ひざを下ろす。


と、


「足が逆だ」


今度はしぶしぶ右ひざを下ろす。


「それでいい。──では私がお前を国民へ紹介する。そのあとに勲章を受け取ってもらう手筈になっている」


ちょっと待てと言いたくなる。いまのはリハーサルだったのだろうか? 雑すぎて流れがよくわからない。


「何か質問は」

「あの、もう少し詳しい予行練習を」

「残念ながらそんな時間はない。どうせシロツキも一緒に並ぶんだ。最低限の動作だけ覚えて、あとは場の流れるまま従え」

「はぁ……」

「お前は解放された獣人たちの前でじっとしていればいい。こちらで指示を出すから勲章を受け取って、最後になにか一言いって終わりだ」

「一言?」

「ああ。好きに話すといい」


これは、あのことを言うチャンスか。

算段を立てる僕に、女王はふんと鼻を鳴らした。


「このタイミングで帰ってくるとは。私の邪魔をするのが好きらしいな」


全席獣会合セレム》のことをいっているのだろう。


「ごめんなさい」


ゼノビア陛下はため息をついた。


「本当に冗談や皮肉が通じんやつだ」






リハーサルなどほとんどないようなもの。三十分後には大広間はカルヴァの獣人で埋め尽くされた。式に向けてみんなが明るい表情になっている。開始前の喧騒はまるでお祭り騒ぎだ。


玉座に腰かける女王は、さっきまでの働きを微塵も感じさせない堂々とした態度で民衆を眺めていた。


僕らは大広間入口の門の脇で待機している。凱旋式が始まったら入場する手筈だ。


「いよいよだな」


サジールがいった。

声が震えている。人の多さに圧倒されているのかもしれない。


「俺はもう気が抜けちまったけど」


ファロウはのんきなあくびをした。


「解放した獣人たちの準備は?」


彼の問いにシロツキが頷く。


「はい。もうすぐこっちに来るはずです」

「よっし。じゃ、あとはヘマしなきゃいいだけだ。調子はどうだ、楓」

「緊張してますよ。ほとんど流れがわからないんだから、アドリブに近い」

「ま、適当でいいんだよこういうのは」


まもなく玉座の横に第三部隊の兵たちが並んだ。ゼノビアのすぐ傍にはグレアが控えている。堅牢な精鋭たちに守られながら、女王は立ちあがり、


一つ、柏手を打った。

会場は一時ひとときに静まり返る。


「お集まりいただいた皆様方へ、いまひとたびの感謝を。我々カルヴァの、勇敢なる兵たちの帰還を祝し、ここに凱旋式を執り行う」


女王は再び玉座に座った。代わりに兵の一人が羊皮紙を持って出てきた。僕らがいかにして今回の作戦を成し遂げたか、長々とした口上で話している。


それが終わると、ついに僕たちの番が来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る