42・作戦会議、いっぽう姫たちの話


考えてみれば衝動的なことをしたものだ。シロツキの姿がばれて、ただ相手が「猫さん」と口走っただけで信用し、あまつさえ自分が獣人の味方だと断言するようなことを言うなど。


僕はサジールの苦言を甘んじて受けながら、さっきの女の子が駆けて行った方を眺めていた。


「聞いてんのか?」

「えっ」

「お前な……」


ぼーっとしてた。と言おうものなら罵詈雑言が火炎放射のように降り注いだことだろう。僕は素直にごめんと謝罪した。


「今後ああいうことは控えろよ。一緒に行動している以上あたしらまで危険が及ぶんだから」

「うん。軽はずみだったと思う。次から気をつけるね」

「次があっちゃ困るんだよバカ」

「バカバカ言いすぎ」


シロツキがくぎを刺す。つい昨日彼女にも「楓がバカだからだ」と言われた気がしたが、それはノーカウントみたいだ。


「結果的に私は無事だし、この国にも戦争反対の立場を取る人がいると知れた。収穫があったということにしておこう」

「どこの誰かもわからない奴を収穫とみなせんのか」

「無事だったのに、どうしてサジールはそんなに怒るの」 

「いいか、あのお嬢様が叫んだりでもしたら、いまごろあたしたちは追われる身だったんだぞ。あたしらは、たったいま、人生で数回しかない幸運をたまたま引いた。これが怒らずにいられるか」

「その怒りはどこへ向いているの。楓が路地の入口で待っていたこと? それともあの女の子が曲がってきたこと?」

「こいつが」


サジールがバッグからにゅっと手を出し、僕を指さした。


「こいつが不用心にも獣人の味方だなんて言うからだ。嘘を覚えろ! 嘘を!」

「つまり」


シロツキは思案顔になっていった。


「楓を心配してくれている、と」

「どうしてそうなる」


もはや気力もそがれたらしい彼女は「寝るッ」と言い残して丸くなった。声をかけるにも申し訳ない。僕は路地の壁に背をつけて座った。せめていいベッドを提供しようと、膝の上にサジール入りのバッグを乗せる。シロツキがむすっとして「ずるい」といった。


「よ、お疲れ」


しばらくして帰ってきたファロウは僕を見つけて、どうした、と言いたげな顔をした。


「膝枕か?」

「ああ、えーと、成り行きで?」

「なんで疑問形なんだよ」


するとサジールがバッグの中で起き上がった。


「こいつが──」

とさっきの様子を懇切丁寧に説明する。


敵陣のど真ん中で「私はあなたたちの敵だ」と叫ぶようなモノだ。と彼女は言う。いい加減自分がしでかしたことの危険性も理解していた僕は顔を挙げられず、しだいに視線が路地の上にするすると落ちていくのだった。


「そいつはちょっと見過ごせないぜ」


ファロウがいつになく真面目にいった。


「獣人がいるってことがこの国の人間に知れた以上、いろんな危険性が跳ね上がる」

「たとえば」とシロツキが問う。

「たとえば、明日にでも国民の中から犯人探しが始まる危険性。たとえば、ここ最近で国を訪れた商人の中にスパイがいるんじゃないかって疑われる危険性」

「でも」


僕は反論した。


「彼女は獣人に対して友好的でした。猫のことを『さん』づけで呼んだり、戦争に反対だったり……」

「それが嘘じゃないってどうして思った? 『視界ノック』でも使ったのか」


目に見える証拠はどこにもない。僕は直観で彼女を味方だと判断したのだ。


黙り込む僕へファロウはため息をついた。そんなつもりがあるかどうか知らないが、強く叱責された気分だった。


「バレた時点ですぐにでも国を出るべきだが、俺らには任務がある。──とりあえずここを離れるぞ。話はそっからだ」


ファロウがサジール入りのバッグを持ちあげた。








また片道一時間と少しをかけて宿へ戻った。部屋に入ると、バッグから出てきたサジールとシロツキがうんと伸びをする。僕が水を飲むグラスを探しているあいだに、彼女らは人の姿に戻っていた。


ファロウが紙とペンを取り出してテーブルに置いた。全員が椅子についたのを皮切りに、大きな円と、その中に一回り小さい円、さらにその中に正方形を描いた。


「これが城の簡単な構造だ。本丸は二重の城壁に守られていて、外部から侵入するなら飛ぶのが一番手っ取り早い」

「私たちの脚力で飛び越すことはできますか」

「お前は行けるだろうが、サジールと楓が無理だろ。おとなしく抜け道を通った方がいい」

「抜け道?」


サジールが眉をしかめる。


「ぱっと見でわかる位置にそんなのがあったのか?」

「ああ。それもつい最近使われた形跡があった」


ファロウが一番外側の円の一か所に×を描いた。


「城壁が、そこだけ鉄格子の嵌め戸になってた。おそらく緊急避難用の通路だろ。鍵も開いていた」

「どうして鍵が?」


僕の問いに、ファロウはほくそ笑む。


「たしかに、昼時にそこを開けておく理由はないな、正門が開いてんだから。単なる閉め忘れか、もしくはリェルナ王女が脱出にでも使ったのか」

「一国の王女がそんなお転婆な……」

「俺らにとっちゃ幸運の女神様かもな。人間なのが悔やまれるぜ」


ファロウは続けるぞ、と言って二重城壁の間を指さした。


「内側に入ったら排水路の縁をたどって第二城壁を潜る」

「げ、排水路?」


サジールが顔を歪める。

「安心しろ。人間どもの汚水にまみれるようなことにはならねぇよ。脇に通路があって、そこの鍵に細工しておいたからな。これで城へは問題なく到達できる」


城壁の高さから水路の有無。あるいは場内への入り方。天上天下。一回の侵入でどこまで頭が回っているというのだ。映画に登場する百戦錬磨の怪盗みたいだ。僕は脅威を覚え、改めて彼のいうことに聞き入った。


「城壁はこれでいい。問題は城のどこに獣人がいるかだ。さすがに一般の入場者が入れる位置に姿は見えなかった。」


ファロウは四角の中に「netznamy行き先不明」と書いてペンを置いた。


「周囲の客に聞いてみたが、王城が一般向けに開放してるのは教会だけみたいだ。王側から内部の構造を明かすことはないだろうし、ばれないよう徐々に踏み込むのが得策かもしれない」

「侵入するとしたら、時刻はいつごろでしょうか?」

「夜半だろうな。俺は視界が悪いけど、お前らは夜目が利くだろ」


シロツキとサジールが顔を見合わせた。


「疲れそうな仕事だぜ」


やれやれと彼女は肩をすくめる。


「僕は何をすれば?」

だな」


ファロウは意味ありげな視線をハンドバッグに注いだ。


「いざって時のために言い訳を用意しておいてくれ。もし人間に見つかった時はお前の弁舌を頼るしかねぇ」


自信がない。あまり自慢することではないが前世では他人と話す機会に恵まれていなかったから。実を言えばマーノストの見知らぬ人へ道を尋ねるのが精いっぱいだ。


「とびきりの嘘を頼むぜ」

「……なにか、考えておきます」

「たよりねー」


サジールの呟きがぐさりと突き刺さるのだった。


「決行は今夜」


ファロウの唐突な宣言に肝を抜かれる。

見るとシロツキですら驚いている様子だった。


「切羽詰まっている状況でしょうか」

「ああ。さっきの件で相手が動き出す可能性がある。こういう時はせんを取るのが一番いい。予測されないうちに動いて、そのまま脱出しちまえたら上々ってもんさ」


シロツキは頷いた。


「そんじゃ、ほかに異論は?」

「いえ」

「あたしもなし」

「ありません」

「よっしゃ。じゃあ、猫二人は夜までゆっくり休んでろ」


ファロウは立ち上がり、僕を見てにっと笑った。


「お前は今から人体実験だ」

「え」


シロツキが怪訝な顔で同行を申し出たのは当然の流れだったし、僕からしたらこれ以上頼りにになるものはなかった。






    *






「リェルナ。また城から抜け出したのね」


第三王女が衛兵に連れ戻された直後、静かな城内の廊下で第一王女が出迎えた。すでに二十六を超えた彼女の横顔には静謐せいひつな美しさが宿っている。ひとたび舞踏会に出れば誰もが彼女と踊りたがる。その美貌はマーノストでも高名であった。


「お姉さま」


リェルナは顔をあげて、「えへへ」と笑みを浮かべた。その笑顔に第一王女はくらりとする。


なんて愛しい我が妹!

金と比べることすらおこがましいその髪を、一本一本撫でまわしてあげたい。それから頬や額にキスを落として、それから、それから。


衝動をぐっとこらえて、第一王女はリェルナを撫でるにとどめた。


「今日はずいぶんと楽しいお散歩でした」

「そう、ご機嫌ね。何かいいことがあったのかしら?」

「ええ。わたしの言葉に耳を傾けてくれる方がいたのです。ここ数日で初めてのことですわ」

「そんなこと言って、私はいつでもリェルナの声に耳を傾けているじゃない?」

「でもアンナお姉さま」


リェルナはぷぅっと頬を膨らませた。

そんな顔もたいそう愛しい。


「『獣人と仲良くしたい』といくら言っても聞いてくれないではありませんか」


夢見心地で会話していたアンナはぴくりと頬を痙攣させた。


「それはそうよ。私たちの国がどこのせいで資源に不足しているか、知らないわけではないでしょう?」

「だからって他者を攻撃する理由にはなりません」

「お説教はこりごり」

「ほら、聞いてくださらない」


リェルナは苦笑した。アンナはむっと眉をしかめる。機嫌の斜めになった様子にも気が付かず、第三王女は、


「ピアノを弾きにいってまいります。それでは」

と走り去った。


 その背中を見送り、アンナは拳を握りしめた。


どこのどいつだ。我が愛しの妹をたぶらかす馬の骨は。いや、馬ほどにも満たぬ雑魚の小骨は。ふざけるな。


怒りの中でも冷静に思考を繰り返す。


リェルナの言うことを聞いたということは、まさか。獣人と仲良くしたいという思想の持ち主であるということか。これは異端だ。すぐさま告発し、幽閉、しかるのち処刑しなくてはならない。リェルナはいいのだ。彼女は神もかすむほど優しい心の持ち主なのだから、卑俗な獣人どもにも等しく接しているだけのこと。だが、小骨は違う。


「異物が入ったか」


アンナは親指の爪をこつりと噛んだ。

「衛兵」


それから近くの兵士を呼び出し、何事か指示を出すのだった。

 

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