25・獣人とゼスティシェ


 ゆっくりと話ができないかと切り出すと、コル爺は僕とサジールにお茶を入れてくれた。座卓に向かい合って座り、それを一口飲む。優しい甘みのあるお茶だった。サジールは口をつけなかった。


「それで、話とは?」

「人間と獣人の戦争についてです。お聞かせ願えますか?」


 コル爺は小さく頷いた。


「まず聞きたいのですが、この村はいつからできていたんです?」

「村を作る計画は二年前から行われていた。それから、実際に建物や農地を設けて、暮らし始めたのが半年前と言うところだな」

「人間の国が周辺にあるのに、どうして。それにここは獣人の国がある山脈にも近いし……」

「一つずつ答えよう」


 コル爺は自分の分のお茶をすすってから口を開いた。


かえでくんだったか。君は獣人と人間の戦争をどう思う?」


 僕は一瞬言葉に詰まった。回答を間違えれば警戒されてしまうかもしれないから。でもこの世界のことをよく知らない僕には、正直に答えるほかなかった。嘘をついてもすぐにばれてしまうだろうし。


「よくわかりません。どっちかが悪いと決めつけられるほど、僕の知識はまだ深くないので」

「そうか。無知は幸福なことだ。これからいかようにも知識をつけられる。自分で物事を見極めることができる」


 深いしわの刻まれた頬がほころぶ。

 コル爺は言った。


「この村に住む者たちはみな、戦いに疑問を持っているのだよ」

「疑問を」

「ああ。戦うことも殺されることも拒んだ者たちの集まり、と言うべきかな。人間の国で行われている獣人への迫害に加担しないために、我々はこの村を作った」


 それなら、と思う。サジールが正体を明かしても問題ないのではないだろうか。僕は身を乗り出して、


「もちろん、全員がそうだというわけではないがな。鍛冶場のセージなんぞは、故郷と両親を獣人に奪われている」


 出かけていた言葉を慌てて飲み込む。かわりに尋ねた。


「セージさんって、藍色の髪の?」

「すでに会っとったか。せっかちな奴だからな、失礼を働いていないと良いんだが」

「いえ、大丈夫です」


 サジールが小声で「裸見られたけどな」と付け加える。僕は冷や汗を浮かべつつサジールを視線で制した。コル爺はちょうどお茶を飲んでいるところだった。


「それでどうしてこの位置に村を作ることに?」

「我々が村を作るにあたって、既存の国の干渉は極力避ける必要があったからな。当然、元からある制度、つまり獣人を意図的に害する制度に染まらないようにするためだ。既存の国から離れた分だけ、既存の文化とも離れていく。新たに中立的な文化を作るには必要なことだった」


 ゼスティシェの立場は、この世界の人間の多くから見て異質なのかもしれない。平たく言えば独立。全く新しい中立。


「コル爺、人間の国では獣人はどんな扱いを受けているんですか」

「……口にするのも耐えん」


 眉根が寄せられ、額のしわが深くなる。


見分けんぶんを広めたいのなら、マーノストという人間の国へ行くといい。この村からさらに西の方角だ。こうして話ができる君なら、きっと彼らの文化に染まることもないだろう」

「マーノスト……。わかりました。お話感謝します」


 僕とサジールは頭を下げてコル爺の家を後にした。用水路沿いの、人気のない道の上で立ち止まる。


「この村の人たち、獣人に危害を加えるつもりはないって。どうにかしてカルヴァと和解できないかな?」

「言うと思ったよ」


 サジールがため息をつく。


「だとしても、最終的にどうなるかは女王が決めることだ。あたしらはとにかく情報を集めるほかない」


 そうは言いつつ、彼女自身も胸に引っかかりを覚えているようだった。


「浮かない顔してるよ」

「……いや、なんでもない、けど」

「けど?」

「この村の奴らが獣人に悪さしてるわけじゃないってのは、たしかに、そう思う」

「サジールってけっこう情に厚いよね」

「はぁっ!?」

「もしかして、僕よりスパイに向いてなかったりして」


 彼女は顔を赤くして拳を振り回した。


「お前なんかより向いてないはずがあるかーッ! 見てろよ。今日中にこの村の人口把握してやるッ」


 走り出そうとしたサジールの後ろから、


「あの」と少女の声がした。ユトと一緒にいた女の子だった。


「ぅ、ぅおぉ……びっくりした」

「こんにちは、どうしたの?」

「あの、お兄ちゃんとお姉ちゃん、赤と青ならどっちが好き?」


 僕とサジールは顔を見合わせ、同時に「青」と答えた。赤色から血や女王を想像してしまったのは、きっとサジールも同じだろう。

 少女は笑って、やったと言った。

 なにがやったなのか。聞こうとすると、その前にユトが駆けつけてきた。


「どうも、楓! 姉ちゃん」


 サジールの名前を思い出せないらしいユトはそう言い残すと、少女をひきずっていった。去り際に少女が「楽しみにしててね」と言い残す。


「なんなんだ、あいつら?」

「さぁ……赤と青ってなんの色だろう?」

「さあな」


 意味を測りかねた僕らは考えるのをやめた。


「で、だ」とサジール。「お前はどうする。午後の間も壁修理か?」

「ううん。それは明日の午前にしようと思う。セージさんに話を聞きに行くよ。コル爺がいってたとおり、今は少しでもこの世界について知らなきゃいけないと思うから」

「……なぁ」


 彼女は出し抜けに不安そうな顔をした。


「あんまり肩入れしないでくれよ。人間にも、獣人にも」


 それはサジールなりの心配なのだろう。種族間の戦争があるこの世界において、どちらかにかたよればきっと生きづらい。心配に感謝をこめつつ僕は言う。


「……うん。気を付けるよ」

「信用ならねぇな……。まぁいいや。それじゃ、夕方には小屋へ集合だ。もし戻れなかった場合は、何かあったとみなして探すこと」


 互いの保険というわけだ。

 わかったというと、サジールは今度こそ踵を返した。

 僕も同じようにして鍛冶場へおもむいた。

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