24・小屋の修復と戦争のこと


 次の日、目が覚めるとサジールはすでに体を起こしていた。先日貰ったリョリョの実を眺めている。食べないのかと尋ねると、「腐らせるのももったいないし」と言い訳がましく言って、朝食の前に平らげた。


「で?」とサジール。「小屋の修復をするって言ってたけど。材料はどうするつもりなんだよ」

「誰かに譲ってもらうか、そうでなければ自分たちで調達かな」

「あたしらがここに滞在できるのは、今日も含めてあと五日だ。あんまり重労働なようだと間に合わないぞ」

「使ってない布団があるくらいだし、使ってない材木とか、廃材とかないかな?」

「聞いてみないとわからない。そうと決まればあの村長を当たってみるか」


 僕は頷いた。


 村の中央に向かいコル爺を訪ねると、ちょうど食後のお茶を飲んでいるところだった。材木の心当たりはユトに聞くと良いらしい。礼を告げてユトを探すと、少年は農場で作物に水をやっていた。


「使ってない木材?」

「うん。小屋の修理をしようかなって。僕らがいなくなった後も誰か使うかもしれないし──屋根と壁の穴を少し塞ぐだけなんだけど」

「そうかー。みんな喜んで材料貸してくれるぞ」


 ユトはうんうんともっともらしくうなずいた。


 少年の家では木工を任されているようで、家や家具に必要な材木を製造していた。一つ一つ斧や鉋を用いて削るので大きな手間がかかるらしい。そこから切り出された廃材の方をありがたく使わせてもらうことになった。


 ツギハギのかなめとなる木材は手に入ったが、それをどうやって家に当てていくかがわからない。これもユトに尋ねると、彼は少し待っててと言い残してどこかへ走っていった。次に現れたとき、少年の手には茶色い粘土があった。これを使って木材を張ると、周辺の温度や日光で徐々に乾いていくらしい。


 サジールと一緒に──彼女はしぶしぶだったが──頭を下げて、僕らは小屋に戻った。




 水を加えてパテのようにした粘土を破損した木に塗りながら、サジールが言った。


「何が悲しくて人間の建物を修復してんだ。あたしは」

「急に我に返ったね」

「ったく。お前一人にやらせりゃよかったよ」

「だけど、サジールも楽しんでるんじゃない?」

「はぁ?」

「作業早いし、上手だし」


 振り返ると、彼女が手をかけた部分はすでに三か所も穴がふさがっている。初めてとは思えない手際の良さだ。


「こんなもん、手術に比べれば」


 彼女はまんざらでもない様子で頬を掻いた。それからさっきにも増して素早い手つきで修復を始めたのだった。思わず笑いながら、僕も作業を続けた。




 午前中いっぱいをかけて壁を二面修理した。明日同じことをすれば、残すは屋根だけだ。サジールは集中しすぎて疲れた、と言って床に倒れ込む。お疲れ様、と返すと、彼女はにっと牙を見せた。


「どこぞの誰かが下手クソすぎたからな。あたしが3割増しの作業量になったわけだ」

「あはは……感謝してます」


 満足したらしいサジールが体を起こした。


「それで、昼食はどうする」


 炉の中を覗いても、きのうの分で肉は最後だ。


「どう、しようね。狩りでもしてみる?」

「冗談だろ? この前死にかけたやつのセリフじゃねぇぞ」

「また村の人に頼るしかないかなぁ。申し訳ないけど」

「お前はとことんスパイに向いてないな」


 呆れ顔の彼女が言う。


「この村の状況を密告する立場にあるんだぞ? いちいち罪悪感を感じてたらやってられない。女王の判断次第では、この村は」

「……滅ぼされる?」

「その可能性が高い」


 僕の報告が何の罪もない人々を殺してしまう可能性。逆に、報告をしないことでシロツキが助かる可能性。どっちが高いんだろう。いや、どっちが高かろうと、僕は女王に報告するだろう。感情はシロツキを助けることを望んでいる。あの縁側で僕を支え続けた愛猫を。


「ま、今考えてもしょうがねぇよ」


 サジールが僕の意識を引き戻した。


「あたしらは自分が死なないだけで精いっぱいなんだ。そのために命の価値を判断しなきゃいけない。自分を守るために、ほかの命を切り捨てなきゃいけない」

「みんなそうなのかな。この村の人たちも」

「……どうだろうな」


 そういえば、この村に来てから戦争に関連した話題を一度も聞いていない。この村は周辺の国々からどういう目で見られているんだろう。


 いや、そもそも。


 人間の国がすでにあるのに、どうして新たに村を発足させるんだ。そう考えると不自然に思える。ここの人たちは……。


「この村の人たちは獣人のことをどう思ってるんだろう」

「聞いてみればいいだろ。お前は人間なんだから」


 サジールが言った。人間という言葉にはもう、皮肉の意味はこもっていなくて、僕は素直に頷くことができた。




 昼食を求めて小屋をでると、僕らを呼び止める声があった。きのう機織はたおりの家にいた女性だ。コル爺が呼んでいるというので向かうと、森帝鳥アリフメデューの干し肉を渡された。五日間では食べきれないくらいの量をだ。どうやら丸々二匹分を調理したものらしい。二日間かけていぶした肉は香ばしいにおいを放っていた。


「こんなにたくさんもらっても……」

「なにも一日で食べろというわけではないのだよ」コル爺が笑った。「また旅に出るんだろう? その時のために取っておくといい」

「ありがとうございます。コル爺」

「なんの。むしろお礼を言いたいくらいでな。君たちがあれだけ倒してくれたおかげで、この村も当分肉には困らんわ」


 コル爺の家にはほかの住人も集まっていて、大量の干し肉を分け合っていた。ファロウが退治したのは二十匹くらいだっただろうか。この村なら十分な保存食になるだろう。


 肉を受け取った人々が口々に僕らへお礼を言う。倒したのは僕たちではないのだが……。他人の報酬を受け取っている気がしてなんとなく気が引けた。


「あの、コル爺」


 人々が肉を分け切って解散したころ、僕は獣人と人間の戦争について尋ねようと口を開いた。

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