4・半年前
半年前。妹が亡くなった。
急性心不全。
僕が大学一年になってまもなくの出来事だ。
夏休みの早朝だった。
八月十一日だった。
午前四時二十六分だった。
物音がして目を覚ました僕は、音の発生源である一階へ向かう。
「沙那?」
家の中は緊張するほど静かだ。
人の気配がない。嫌な感じだ、と思う。
「沙那」
呼び掛ける。返事はない。
階段を降り切って、そっと台所を覗く。誰もいない。麦茶でも飲みに行ったのかと思ったけれど。
今度はトイレをノックする。反応なし。開ける。誰もいない。
ぞくりと鳥肌が立った。
どこだ。どこに行ったんだ。
「沙那!」
強く呼ぶ。返事はない。
僕は家じゅうを探し回ろうと振り返って、
縁側の沙那と目があった。
床に投げ出された華奢な足と。
寝間着に包まれた上半身と。
白く浮かび上がった鎖骨と。
紫に変色した唇と。
血の気の失せた頬と。
その真っ暗な瞳と。
縁側に、倒れている沙那と。
「……」
静かな数分間だった。
目の前には輪郭だけが浮かび上がったリビング。
視界の端には観葉植物。テレビ。座椅子。仏壇。掛け時計。窓。ゲーム機。障子。縁側。妹の死体。
──終わってしまった。
そう思った。
何もかも終わってしまった。
幸福になれる可能性のすべてを否定された気がした。
生きる意味を亡くした。
僕はようやく沙那の傍に近寄った。
頭を撫でようと手を伸ばして、逃げていく温度に驚く。
それでも沙那に触れた。その頬と髪に触れた。
人形遊びのような空虚さが襲う
そのうちに空が白み始めた。沙那の死体が明るく照らされていった。やめてくれ。頼むから。
涙があふれた。声を抑えられなかった。
泣き叫んだ。
天井を見上げた。
視界が滲んでいる。
コツ、と音がした。
涙の向こうで、掛け時計の長針が一つ針を進めた。
八月十一日。午前四時二十六分。
僕は知った。
何をどう頑張ろうが、幸せにはなれない。
それならいっそ、なにかを夢見ることさえやめるべきだ。これ以上失うことに耐えられなかった。
もっともらしい理由をつけて、自分を納得させている。
それでいい。
僕は生きるのを諦めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます