3・夏夜の縁側にて


「ねぇ。楓」


 母が死んで二週間後。真夜中のことだ。

 その日は蒸し暑かったことを覚えている。


 電気も消えた縁側で、妹の沙那さなが僕を呼んだ。こちらに背を向けた真っ暗なシルエットは今にも夜に溶けて消えてしまいそうだった。


 沙那までいなくなってしまう。

 一人になってしまう。

 そんな不安にかられ、隣に座る。


 しばらくあいだが開いて、妹はぽつりと呟いた。


「楓はいなくならないで」

「……うん。大丈夫だよ」


 沙那も、同じように不安なんだろう。


 妹の頭を撫でた。

 しだいに彼女は涙をこぼし、声をあげて泣き始める。僕も声を押し殺して、瞼から雫を落とした。


「お願いだから死なないで」


 お願いだから、お願いだから。

 祈るように何度も言われた。


「大丈夫だから」


 僕は何度もそう返した。


 もう決して失いはしまい。




 僕は沙那を、過保護なほど気遣った。


 学校に行く日は、必ず一緒に登校した。

 自転車通学だったので、必ず歩道側を走らせた。万が一にも階段で足を滑らせたりしないよう、上履きのすり減りを定期的に確認させたし、手すりを掴める位置で上り下りするよう何度も言った。


 友人関係で悩み事があればなんでも相談に乗ったし、テスト勉強も一緒にした。


 僕は幸せだった。段々幸せになっていった。

 彼女のためになんとか生きていける気がした。


 ここからリスタートを切れる気がした。

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