第46話「いいか、落ち着いて聞けよ――」

「脚本、できました!」


翌日、学校から家に帰ると早々に奏音がそう言ってきた。


「お、じゃあ読む」

「はい、お願いします!」


僕は出来上がった脚本を受け取って、自分お部屋へと向かう。

部屋に入って荷物を置いて、早速読み始めた。

一度読んだということもあり、以前より早く読み終えることができた。


「……どうですか?」

「ああ、前回よりだいぶ良くなってるし、これでいいとお思うぞ」

「やった! 早速明日提出しますね!」


奏音は嬉しそうに僕から脚本を受け取って僕の部屋を出ていった。

あの奏音の様子を見ていると、出会った頃からだいぶ変わったなとふと思った。

出会った頃の奏音は、自己紹介もまともにできないくらい引っ込み思案で、ご飯を食べるときですら本を持ち込んで実の姉や妹とすら話をしなかった。

それが今は積極的に家の手伝いをするし、ご飯のときだって話題をふることだって増えてきた。……ただまあ、僕へのスキンシップが多すぎる気はするが。

奏音だけじゃない、軽音姉さんも変わった。


姉さんは最初、僕に対して不信感をむき出しにしていたのに、今では自分から僕のことを買い物に誘ってくれるようになるまで仲良くなることができた。

大したことじゃないかも知れないが、彼女たちと仲良くなれたことが本当に何よりも嬉しい。

そういえば、響佳は最初から仲良くしてくれたな。そしていつもはふわっとしているが、いざというとき背を押してくれた。彼女がいなければ奏音や軽音姉さんとここまで仲良くなることはできなかっただろう。そういう点では、一番感謝しなければならないのは、彼女かも知れない。

それからしばらくして、響佳がご飯ができたことを伝えに来て、僕は食卓に座った。


「それじゃあ、いただきま――」


軽音姉さんの声を遮ったのは、僕のスマホの着信音だった。


「あ、ごめん。ちょっと出てくる」

「もう……まあ仕方ないわね。すぐに済ませなさいよ」

「うん」


軽音姉さんに断ってから玄関の方へ出て、僕は電話に出る。着信相手は親父からだった。


「……もしもし?」

『もしもしっ!?』


電話越しに聞こえてくる親父の声から慌てて電話を掛けてきたことがわかった。


「どうしたの?」

『いいか、落ち着いて聞けよ――』


親父は間をおいてから、


『家族が増える。子供ができた』


と言った。声は震えていて、泣いているのか嗚咽らしき声も聞こえてくる。


「な……ほんと!?」

『あぁ……!』

「その、なんだろう……おめでとう?」

『ははは、まさかこんな報告を息子にする日が来るなんてなぁ……!』


そういう親父の声は本当に嬉しそうだった。

僕は……不思議な気分だ。

親父の再婚を聞いて、家族が増えたときは案外すんなり受け入れられたのに、今はなんだか現実じゃないみたいで、感情がついてこない。


「……お、男の子? 女の子?」

『それがまだわからないんだよ。妊娠してるのが今日わかったから』

「そうか……」

『ああ……ん? どうしたんだ、鈴?……わかった。勝、ちょっと鈴さんに代わるぞー』

「う、うん」

『――聞こえる?』

「はい」

『そう。良かったわ。軽音たちとは仲良くしてくれてる?』

「もちろん。3人ともいい子で……」

『あら、思いの外仲良くなってくれたのね、3人、ということは軽音とも?』

「はい。つい最近は一緒に買物にも行きました」

『まぁ……! 本当に仲良くなったのね。……さて、本題に入りましょうか』

「本題……?」


母さんとのこの会話は2回目な気がするが、気にしないでおこう。


『ええ。まあ、本題と言っても私から私の子どもたちと離したいだけなんだけれどね』

「ああ、なるほど……代わります」

『お願いね』


そう言って僕は食卓に戻る。僕が戻ってくるのが遅いので暫く掛かると思ったのか、すでにご飯を食べ始めていた。


「ごめん、遅くなって。母さんが妊娠して、3人になにか言いたいらしい……まずは軽音姉さん」

「はっ!? ちょっとまってさらっと重要なこと言わなかった!?って、ちょ、待って……!?」


珍しく……は無いかも知れないが見た目に合わず慌てる軽音姉さんに有無を言わせず僕はスマホを渡す。

なんだか圧を感じるが、気づかなかったことにしよう。


「……代わったわ。えぇ――」


それから少し軽音姉さんは母さんと話し込み始めた。


「ねえねえ、本当なの?」


僕もご飯を食べようと箸に手をつけたとき、横から響佳が聞いてきた。


「ん? ああ、本当らしい。僕も最初はびっくりしたし……なんなら今だっていまいちピンときてない」

「そっか……そっか……」


僕が答えるとそうつぶやきながら奏音は再びご飯を食べ始めた。


「男の子ですか?」


今度は奏音が声をかけてきた。


「いや、それはまだわからないけど……どっちだろうな」

「ワタシ、妹がほしいです」

「そうか、奏音は末っ子だもんな……嬉しいのか」

「はいっ!」


奏音がこんな風な反応をするのは正直ちょっと意外だった。あんまり兄妹とか興味ないのかとばかり思っていたから。


「響佳、代わって」


離し終えたらしい軽音姉さんがスマホを響佳に渡す。


「まさか本当にできたなんて……驚きだわ……」

「本当にな。ところで、何を話したの?」

「ああ、『長女だからって家のこと全部押し付けちゃってごめんね』って。あ、あと『いつものお礼に今度勝くんと2人きりの旅行を用意してあげる』って言われたわ。意味がわからなかったから断ったけど」

「そっか……」

「……? どうかした?」

「いや……」

「そう」

「うん」


いや、別に行きたかったというわけじゃないが、なんか傷つくというだけで、それだけです……。


「奏音、次!」


響佳はそう言って奏音にスマホを渡した。


「……もしもし」

「響佳は何を話したんだ?」


母さんと話し始める奏音を見ながら、響佳に話しかける。


「んとね、まあまとめると『勝くんと仲良くしてくれてありがとう』って」

「そうか」

「うん」


少ししてから、奏音が「電話終わりました!」といってスマホを渡してきた。

それからみんなで仲良くご飯を食べた。

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