第44話「とりあえずやってみようの精神」
勝さんが家を出て行ってから、ワタシは真剣に脚本作りに取り掛かった。
正直これと言ってまともに物語が浮かび上がってはいないものの、これだけたくさんのテーマがあれば、それなりのものを書ける自信はある。とりあえずやってみようの精神だ。
そうして書くこと約2時間。どうにか諸侯が完成した。書き上がったのと同じくらいの時間に、勝さんとおねーちゃんは買い物から帰ってきた。少しするとすぐに階段を上る足音が聞こえてきて、勝さんの部屋の扉が開かれた音がして、ワタシは勝さんが今部屋にいることを確信した。
ワタシは急いで印刷したばかりの脚本を封筒に詰め、勝さんの部屋のドアをノックする。
「どぞー」
と、気の抜けた返事を聞いてからワタシは恐る恐るドアを開き、入ろうとして――なぜか顔だけを覗き込ませてしまう。おかしい。ただ部屋が入るだけなのに、なぜだか鼓動が高鳴る。心臓が脈打つ音が止まない。心臓がうるさい。
変な緊張感が全身を支配している。
2人きりのときはこんなことなかったのに、今になって、なぜ。
とりあえず、入るのをためらったのを誤魔化そうととっさに、
「あの、時間大丈夫ですか?」
と聞いてみる。
「大丈夫だよ」
と笑って言ってから、勝さんはベッドから降りて床に座りこんだ。
その笑顔にふっと唐突に満たされた気分になって、「そうですかっ」と弾んだ返事をしてしまった。
とりあえず部屋に入ることにする。少し前まではただの物置だったのに、勝さんがいるというだけでここまで変わってしまうのか。
もちろん、先程まで感じていた緊張たちが解けたわけではない。
未だに心臓はバクバクといつもより早く血を回しているし、不思議とにやけそうになっている顔を必死になって抑え込んでいるだけだ。小説を書くときにうまく行かないとキャラになりきって演技をする癖がここで役に立っているかも知れない。
「奏音の部屋じゃなくて大丈夫?」
部屋に入ると、勝さんはそう言ってきた。
ワタシはつい早口になって、
「大丈夫です! 今さっき出来上がった脚本を読んでほしくて持ってきたので!」
と言ってしまう。1やらかしポイントかも知れない。後で1人反省会の開幕開幕だ。
勝さんは驚いたような顔をして「早いな……」と言っている。やっぱりバレたか!? と少し焦ったものの、すぐに脚本のことだと思い至り内心ほっと胸を撫で下ろす。
「はい、テーマがごちゃごちゃで悩みましたが、悩むよりとりあえずやってみようの精神で書き上げました!」
これは紛れもない本心だ。悩んでいる暇があったら行動に移す。小説を書くようになってから身についた精神だけれど、結構重要だと思っている。
「すごいな……」
勝さんの感心したような声に、なんだか恥ずかしくなってしまう。
しかし、正直言うと今回書いて来たものは、自身を持って面白いと言えるものではないので、お腹が痛くなってくるが、ぐっと堪える。
「どうぞ……!」
「はい」
ワタシから封筒を受け取ると、勝さんは躊躇いなく脚本を取り出して読み始める。
どうでもいいかも知れないが、勝さんはなにかに集中して取り組むときは眉間にシワが寄る癖がある。ほぼ毎日顔を合わせて、集中しているところを見ているワタシだから気がついた癖かも知れない。そう思うと、なんとも言えない充実感と言うか、優越感と言うか、こう、こみ上げてくるものがある。
人によっては良くないと思うかもだけれど、個人的にはこの癖は大好きだ。かっこいいと思う。
だからワタシは部屋を見渡したりはせず、じっと勝さんの顔を見つめてしまう。
30分もすれば勝さんは脚本を読み終えてしまう。
ただただ勝さんの顔を見ていたワタシは、せっかく勝さんの部屋に来たのだから、少しは漁ったりしたほうがよかったかな……? とは思ったものの、不審がられたら嫌だし、しなくて正解だったかも知れない。
なんてことを考えているのはバレはしないだろうが、ずっと黙っているのは不自然かもしれないし、何より勝さんが脚本を読み終えたのがわかったので、話しかけることにする。
「どう……でしたか?」
勝さんは少し悩む素振りを見せてから、ゆっくりと口を開く。
「そうだな、正直言って微妙だ。文字数に制限があるからなのか、奏音の文章の良さみたいなのが活かしきれていないし、終わり方にも引っかかりが残る。スッキリしない。あと脚本なのに地の文が多すぎる」
酷評だった。それはもう今までにないほどの。少し傷ついたものの、勝さんが真剣にワタシの書いた脚本に向き合ってくれていることが伝わってきて、嬉しさのほうが勝ってしまう。
そうして脚本を勝さんにチェックしてもらう事になったのだが、ワタシは自分でも信じられない言葉を口にしていた。
「それでしたら、ここにいてもいいですか?」
何言ってるのワタシ!?
「え?ああ、うん。別にいいけど……」
ほら、勝さんもちょっと困ったような顔してるし! 絶対不思議に思ってるよ!
欲望が先走っているのが自分でもわかる。
自分が自分じゃないみたい、なんてレベルじゃ済まない。
くう……もうこうなったら、あれだ。毒をくらわばなんとやらだ。やれるだけやりたいことをやってやる。
「奏音?なにしてるんですか?」
ワタシはあぐらをかいている勝さんのふとももを枕にして横になる。やばい、めっちゃいい。思ってたよりいい景色だし勝さんの匂いめちゃくちゃ近くに感じるしうわあ、うわあ。
毒をくらわばーとか言ったけど、これ毒とかじゃない。甘味レベル。
調子に乗って上に見える勝さんの顔をじっと見つめる。太ももにワタシの頭の感触があるのも相まってか、集中しきれないみたいだ。
「あの、奏音さん……?そこまで見つめられると、気が散るといいますか……」
勝さんの困ったような顔が更にワタシの嗜虐心みたいなものを刺激してくる。もっと困らせたい、ワタシのことを少しでもたくさん考えてほしい。
「え?おにーさん、集中するの得意だって言ってませんでした?」
そう言って意地悪な笑みを浮かべてみる。
すると勝さんは更に困った様子で、
「いや、集中しようにも、集中できないといいますか……」
と、抗議してくるが本気で嫌がっているというわけでもなさそうだ。
「えー、いいじゃないですかー」
ワタシは余計調子に乗って、勝さんのお腹に顔を埋める。うへへ、やばい。しあわせ。
鍛えているわけではないから、腹筋が硬いとかそういうのは無いけれど、ワタシなんかよりずっとしっかりしたお腹で、男の人なんだな、と思える。さらにうずめているから匂いも強く感じる。これやばい
「どうしたんだ、奏音?」
ワタシのおかしな行動に本当に困ったように聞いてくる。
「……」
「奏音?おーい?」
ワタシが黙っていると、頭に優しい手の感触。頭なでられた!?
鍛えてなくても高校生の男の子、ということか、それなりにがっしりと力強さを感じる手に頭を撫でられて、メチャクチャなまでに満たされていくのを感じる。
がしかし、すぐにその手の感触は離れてしまう。
ワタシは、もっとなでて欲しくて、
「……もっと」
と要求する。
「え?」
「もっとなでてください」
恥ずかしいけれど。
「え?でも……」
「いいから」
どうしてもなでてほしい。普段頑張ってるんだし、少しくらいご褒美が会ってもいいともうのだ。
「はい」
勝さんは諦めたように頭をなでてくれる。ああ、幸せなこの時間がずっと続けばいいのに。
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