第43話「あの、時間大丈夫ですか?」

「おかえりー! 2人で買い物なんて初めてだったよね? どうだった?」


家に帰ると響佳がそんなことをいいながら出迎えてくれた。


「別に、これといって特になかったよ。普通に買い物をしただけ」


そう言って、僕は買ってきたものが入っているエコバッグを台所の空いているところに置いた。


「そうね。あ、でも少しは勝くんのことを知れたと思うわ」

「へー、どんなこと?」

「そうね――」


と姉さんは響佳とともに話し始める。

自分の話を聞くのはなんだかむず痒くて好きになれない僕は、冷蔵庫に入れるものは冷蔵庫へ、冷凍庫行きのものは冷凍庫へとしまいこみ、常温で大丈夫なものは、いつも置いてある場所に並べ終えて、すぐに2階の自分の部屋へ行った。


「ふぅ……」


と、ベッドで一息ついたところでコンコン、とドアがノックされる。


「どぞー」

「あの、時間大丈夫ですか?」


ドアを開きこちらを覗き込んできたのは、奏音だった。

僕はベッドの上においてある電子時計に目をやる。だいたい19時だ。普段なら夕食を食べ終えている時間。今日は買い出しに行ったからまだだけれど、これから作るにしても、姉さんがあの様子だったので、まあまあ時間がかかるかも知れない。


「大丈夫だよ」

「そうですかっ」


奏音は嬉しそうに部屋に入ってくる。


「奏音の部屋じゃなくて大丈夫?」

「大丈夫です!今さっき出来上がった脚本を読んでほしくて持ってきたので!」


そういう奏音は両腕でA4サイズのプリントがちょうど入るほどの封筒を抱えている。

早い。異常なまでに、早いと思った。

家を出る前は色々問題がありそうで、「少し時間がかかるかも知れない」と言っていたはずだから、家を出ていたたった2時間程度で書き上げたということだろう。劇の脚本ということで普段よりは短めでも大丈夫なのだろうが、それにしたって早すぎる。


「早いな……?」

「はい、テーマがごちゃごちゃで悩みましたが、悩むよりとりあえずやってみようの精神で書き上げました!」

「すごいな……」


こういう、「悩んでいる暇があったらとりあえずやれ」の精神が染み付いているところなんかは、奏音のいいところだと思っていて、僕は心から尊敬している。とてもじゃないが、僕は何かをしようと思ったときとりあえずでもすぐに行動できない。


「どうぞ……!」

「はい」


どこか緊張した面持ちの奏音から、脚本の入った封筒を受け取り、すぐさま中身を出す。

やはりいつもより薄い。

ともかく、僕は脚本を読み始めた――。



☆ ☆ ☆ ☆



読み始めて30分足らずで僕は奏音の脚本を読み終えた。

いつもより分量が少ないということと、集中して読んだため、まあまあ早く読み終えた。

内容は……正直言って、微妙だった。

普段奏音が書いている文章と比べてみても、明らかに見劣りするレベルで。

原因は読んでみるとすぐに分かった。圧倒的に文字制限に自由を奪われている。

普段文字制限とはほとんど縁のないネット小説を書いているからか、気づかなかった。


「どう……でしたか?」


読み終えた僕の顔を不安そうに上目遣いで見てくる奏音。最近目に見えて可愛さがマシているような気がするのは、僕がブラコンを患いがちだからだろうか……?

とりあえず僕は、奏音に思ったことを率直に伝えた。オブラートに包もうにもあいにく僕はそういうことが苦手で、奏音にはすぐに見破られてしまうだろうし、奏音が頑張って書いたものに対して、僕が真剣に感想を伝えないわけにはいかないと思ったからだ。


「そう、ですか……」


奏音はほんの少し凹んでいるように見えるが、折れたわけではなさそうだ。むしろやってやる、という気持ちが芽生えているような気もする。


「確かに、文字制限のあるもの……短編とかはあんまり書いてこなかったので、気づかなかったです……」

「うん、けど今から文字制限のあるものの練習をしてもなぁって感じもある。とりあえずこれを修正していって、いいものにしよう」


今から字数制限の練習をしたり、これと言って案がないのに新しく書いたりするのは時間がもったいないし、それにそれを実行できるほど時間がないかも知れないと考えた僕は奏音に総提案した。


「そうですね、劇は脚本が書き上がれば終わりというわけじゃなくて、書き上がってからが本番でしょうし……そうしましょう」

「よし、じゃあ僕はこれをチェックするから、戻ってていいよ」

「あ、それでしたら、ここにいてもいいですか?」

「え?ああ、うん。別にいいけど……」


正直驚いた。奏音が僕の部屋に入って来るという事自体が珍しいのに、更に長居をしようとしたことに、だ。

まあそういう日もあるか、ということで許したものの……。


「奏音?なにしてるんですか?」

「え、寝てるだけですよ」


僕は今床の上であぐらを書いて脚本に手を加えていたのだが、奏音は右の太ももあたりをいい感じに枕にして横になった。

膝枕をしてもらったことがあるというものの、ここまで距離が近いのも珍しい気がする……それこそ、あの日の間接キスの「あーん」の一件以来かも知れない。

とりあえず気にしないように編集作業に取り掛かるが、下からじっと見つめれられている事に気がついた。


「あの、奏音さん……?そこまで見つめられると、気が散るといいますか……」

「え?おにーさん、集中するの得意だって言ってませんでした?」


と、意地悪な笑みを浮かべる奏音。こんな表情もできたんだな、とか感心してる場合じゃない。


「いや、集中しようにも、集中できないといいますか……」

「えー、いいじゃないですかー」


ぐるん、と僕のお腹の方に顔を向けてそのままうずめてくる。

やばい、めちゃくちゃ可愛い。頭なでてあげたい。

じゃない、おかしい、なんかおかしい。

普段の奏音なら、ここまで距離を詰めてこないというか、こんなに甘えることはない。

絶対何かがおかしい。疲れて夢でも見ているのかも知れない。


「どうしたんだ、奏音?」

「……」

「奏音?おーい?」


ほんの少し頭をなでてやる。

奏音はビクリと小さく反応を示したが、特に変化は無い。

何かあったのかも知れない、そっとしておこうと判断して、撫でるのをやめて編集作業に集中しようと手を離す。


「……もっと」

「え?」

「もっとなでてください」

「え?でも……」

「いいから」

「はい」


奏音の有無を言わさない感じに圧倒されて、僕は右手で頭をなでながら、左手で作業をどうにかこなす。効率は落ちるものの、実は両利きの僕はそれでも作業はある程度こなすことができた。

奏音の髪の毛って意外とサラサラしてるな、結構いいにおいするな、という思いが湧いてくるが、どうにか気にしないようにするのは骨が折れた。

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