第42話「姉さんと買い物」ぱーと2

買い物からの帰り道。あたりはすっかり暗くなっていて、頬に当たる夜風が心地良い。

僕と姉さんとともに並んで住宅街を歩く。もちろん僕が車道側で、荷物は重い方を持った。どこかの家からは子供たちの笑い声らしき声が聞こえてきて、どこかからは夕食のいい匂いも漂ってくる。


「ありがとうね、付き合ってくれて」


不意に隣と歩く姉さんがうつむきがちに言う。


「別に感謝されるほどのことでもないよ。せっかく姉さんが誘ってくれたんだし、断る理由もないし」

「……勝さ、勝くんって、彼女いないの?」

「んっ!?」


姉さんが唐突に変なことを言ってくるから僕は素っ頓狂な声を上げた。あと、地味に呼び方が少し変わったことにも驚いた。姉さんなりに距離を詰めてくれているのかも知れない。


「……なんでそんなことを」

「いや、ね?結構……いやかなり紳士然としてるから、モテるんじゃないかな?って思って……」


姉さんは恥ずかしそうにもじもじ點せながらそんな事を言う。かわいい。


「紳士然としてるって、別に普通のことだよ」

「そうなの?」


姉さんはかなり驚いた様子で僕のことを見る。確かに、姉さんの男性経験からしたら僕みたいなタイプは初めてで、珍しいのかも知れない。男友達もいないらしいし。


「少なくとも僕は普通、だと思うけど……彼女ができない理由は、多分女の子と殆ど話さないからじゃないかな」


と、僕なりの分析を述べてみる。……まあ、女友達どころか、男友達もいないけど、ハハ。


「あら、そうなのね……確かに、勝くんから友だちの話なんて聞いたことないわね」

「うっ……」


姉さんはサラリと僕の心にダメージを与えていく。


「あ、ごめんなさい。傷つけるつもりはなかったの。男の子とこうして、話をするのって久しぶり……なんなら初めてかも知れなくて、慣れないのよ。ほら、さっきは何を買うかとかで話題があったけど、今は話題あんまりないじゃない!?」


僕がちょっと傷ついたことに気づいた姉さんは慌てて早口で弁明をする。

普段落ち着いているイメージのあった姉さんだが、意外とこういう、慌ただしいこともあるんだな、と思った。


「大丈夫だよ、姉さん。そこまで傷ついてないし……」

「本当に!?かなりわかりやすく苦笑いになってるわよ!?」


僕は笑って言ったつもりだが、本心は隠しきれなかったらしい。くそう、僕だって好きで友達を作ってないわけじゃないんだ。友達はほしいけど作れないだけなんだ……。

と、心のなかで言い訳をしておく。


「ごめんねー……」


未だに何度も謝ってくる姉さん。もしかして、僕が怒ったりするのが怖かったりするのだろうか。


「姉さん、もしかして、僕のこと怖がってる?」

「へっ?」


僕の質問に、姉さんは本当に驚いた様子だった。見当違いな質問をしていたかも、と言う予感がよぎって恥ずかしくなってくる。


「いや、怖がってはいなかったけれど……そうね。もしかしたら、気づかないうちに恐れていたのかも知れないわね」


姉さんは頬に手を当てて空を見上げて考えるような仕草をしながら答える。


「……まあ、ただ。別に、勝くんのことは嫌いじゃないから、そこは安心していいわよ」

「……ありがとう」


本当に照れくさそうに姉さんが言うものだから、僕も照れくさくなってしまう。

しばらく、僕と姉さんの間に静寂が訪れる。

なんだか少し気まずい……。

なにか話題はないかと必死に頭を巡らせてみるが、なかなか浮かんでこない。


「ねえ」


考えていると、話題が思いつくより先に姉さんが静寂を破った。正直少し助かった。


「奏音のこと、どう思ってる?」


前言撤回。全然助からない。首を絞められる。


「え、えと、どういう意味ですかね……」

「わかってるでしょ?」


どうやら言い逃れをすることはできないらしい。


「いや、その……」

「どうなの?」


僕が言いよどんでいると、両手で荷物を持ち、ぐっと上目遣いで顔を近づけてくる。

整った顔立ちに正直、すこし……いやかなり見とれてしまいそうになる。

ムッとしているが、怖いと言うより、可愛いという感想しか浮かんでこない。


「そのう……ですね、嫌いじゃない、といいますか」

「と、いいますか?」

「距離が近いな、とは思いますね、ハイ」

「そうよね、あの子、勝くんには異常に距離が近いわよね」


なんだか姉さんは突然不自然気味になる。


「私にさえあんなふうに間接キスを求めてきたこと無いのに……」


いや不機嫌になってるのってそういうこと!?


「……かわいい妹がポッと出の男に取られるかも、とか思ってる?」


「うぐっ」


あからさまな反応をする姉さん。どうやら図星らしい。


「大丈夫だよ。きっと恋愛感情とかそういうことじゃないだろうし」


多分、あれは小説の取材の一種だろう、とあの件は僕の中でそういうことにしている。もし恋愛感情だったとしても付き合うとかそういう気は、少なくとも、今は無い。


「どうかしら……怪しいわよ、あれは」

「そうかなぁ……」

「ええ、そうよ。絶対そう」

「それを僕に伝えてどうしたいんだよ、姉さん」

「え?えっと……どうしようと思ってたのかしら」


まさかのノープランで話を始めらたらしい。


「ま、まあいいじゃない。おかげで楽しく?会話できたわけだし。ほら、家についたわよ」


そう言うと姉さんは、家の方へ駆けて行く。

楽しい会話かどうかはともかく、気まずかったのは確かなので、そこに関しては感謝をしておこう。

思いながら僕は走らずに、玄関を開けないで待ってくれている姉さんのもとへ行った。

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