第38話「ああ、すっごく嬉しい」
「はい、それじゃうちのクラスからは『劇』を提案しますね。意義がなければ拍手をしてください」
パチパチパチパチ……教室中にみんなの拍手の音が鳴り響く。
絵里ちゃんの意見は無事、通ってしまった。通らなくてよかった。
というのも、他にこれといって意見がなかったからだ。
まあ、だいたい予想できていた。話し合いをしているときに文化祭の出し物の話をしている声なんて聞こえてこなかったから。
だからといって、この仕打ちはあまりにひどい。
まだ『劇』というだけだったよかったが、肝心の内容を『ワタシが書くこと』までも決まってしまっていた。
いや、もしかしたら他のクラスの意見が採用される可能性や、もしくは「生徒に書かせるわけには行かない」というまともな思考をしてくれる先生が止めてくれる可能性もあるかもしれない。うん、それにかけよう。というかそう合ってほしい。
なんてことあった今日の放課後。ワタシは美術室の前で人を待っていた。
というのも、絵里ちゃんが直々に「放課後、見せたいものがあるから美術室に来てほしい」と頼まれたからだ。
絵里ちゃんのせいでこんなことになったのに、不思議と断ろうという気にはならなかった。きっと彼女が可愛いからかもしれない。
なんてふざけたことを考えていたら、美術室から絵里ちゃんが出てきた。
「ありがとうございます、奏音ちゃん!」
相変わらず元気に嬉しそうに絵里ちゃんは笑う。かわいい。
「いやいや、いいよ。どうせ暇だし。それで、見せたいものって何?」
「……こ、こっちへ来てください」
ワタシが聞くと絵里ちゃんは急に緊張した面持ちでワタシのことを案内し始めた。
案内されたのは美術準備室。
様々な機材があるなか、たった一つのキャンパスが布をかけられ鎮座しており、異様な存在感を放っている。
「わっ、わたしが見せたいものは――これですっ!」
ガバッ、っとキャンパスに掛けられた布を剥がした。
そして顕になった絵に、ワタシは目を奪われた。
小説をたくさん書いているとはいえど、未だ貧弱なワタシの語彙では「美しい」という言葉以外でどう表したらいいのかわからないほど、美しい絵が現れたからだ。
絵自体は萌キャラの女の子が魔法使いの格好をして、決めポーズをしている。ただそれだけだ。
にもかかわらず、ワタシはその絵に釘付けになった。不思議と絵に引き込まれる。目を話すことができない。
「どう……ですか?」
ワタシが無言でいることを不安に思ったのか、とても不安そうに絵里ちゃんが聞いてきた。
「こ、れって……」
ワタシは、絵に釘付けになりながら、この絵の女の子が誰なのかを考え、そして一つの可能性に行き当たった。
「ワタシ「奏音ちゃんの小説の絵です」だよね?」
ワタシと絵里ちゃんの声が重なった。ああ、やっぱり。この構図になるシーンをワタシはよく知っている。
ワタシが初めてネットで連載した小説。そのメインヒロインの女の子の、最後の愛の告白のシーン。
告白をした後、照れ隠しにいつもしている決めポーズをして、ごまかすがやはり顔の赤みが抜けきらない、そんなシーンだったはずだ。
「すごい……」
「わぁっ……!ありがとうございますっ!」
「けど、なんで……」
「いったじゃないですか。わたし、奏音ちゃんの小説の大ファンだって。ファンアート、ってやつです」
絵里ちゃんの言葉に、心の奥底が熱くなるのを感じる。
こみ上げてくるものがある。
「えへへ……って、なんで泣いてるんですか!?」
「えっ……?」
言われて気がついた。ワタシは泣いていた。つう、と熱い涙が頬を伝って床に滴った。
「あ、ああ……うれし、すぎて……ワタシの、頑張りが、形になったと言うか、こんなすごい絵を書いてもらえるくらいになったんだって……うれしくて、つい……」
「そ、そんなに喜んでくれるなんてぇ……!ありがとうございます、奏音ちゃん、描いてよかったです……!」
「あ、絵里ちゃんも泣いてる……ふふっ」
「えっ、あ、ほんとだ……あはは」
ワタシと絵里ちゃんは隣の美術室にいる人たちのことなどお構いなしに、美術準備室で静かに笑いながら泣きあった。ああ、すっごく嬉しい。
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