第36話「おー。おにーさん、ウブだー!」
下駄箱で上履きから靴に履き替え、急いで校門前に走る。
放課後になって少しの間先生に怒られていたので、部活動生以外の生徒はチラホラとしか見受けられない。
「あ、おにーさん!遅いー!」
校門へ着くと、すでに待っていた響佳が大きく手を振って声をかけてきた。
声が大きいせいでまばらにいる下校中の生徒たちの目を引いている。
「ちょ、響佳。目立つからやめてくれ」
「えー?なんでー?」
「いや、だって、響佳可愛いから学校内でも有名だろ?ただでさえ目立つやつが、更に目立つことしちゃうと、僕が見られてるみたいで恥ずかしくなるし……」
「んー……おにーさん、気づいてない?」
響佳は顎に手を当て、少し考えるような素振りをしてから言った。
「え、何が?」
「やっぱり気づいてないんだー。おにーさん、結構女子……特に下級生から人気急上昇中だよー!」
響佳はパッと明るく笑う。
「なんで……って、まさか。奏音の一件が?」
「そう!今下級生の間で有名だよ!『妹想いのかっこいい先輩』だって!よかったね!」
「なるほど……」
どうやら先程一年生の会話は僕の幻視でも幻聴でもないようだ。喜んでいいのだろうか……。いや、女子から噂にされるのは正直嬉しいけど……学校での一挙手一投足がある程度噂になると考えると少しばかりこう、荷が重くなると言うかなんというか……。
「いやーいいね!おにーさんがモテてアタシ鼻が高い!」
「あ、ありがとう……」
「もー!おにーさん、せっかくモテ期が来たっていうのに何その反応!」
「いや、モテる、有名になるってことは人から注目を集めるってことだろ?そういうの経験なくて、なんだか緊張してしまうというか……」
「あははっ、なにそれ!そんなんじゃおにーさん、この先『学校行きたくない!』って言っちゃうかもよ?」
僕の悩み?を響佳は笑い飛ばしてわけのわからないことを言う。なぜそうなるのか。
「いやだって、今はまだ下級生の間だけだけど、いづれその熱?みたいなものは上級生……2年、3年の先輩方に伝播して、今よりもっと注目を集めるようになると思うよ?」
「そんなことないって。人の噂は七十五日っていうし、すぐに僕のことなんて忘れちゃうだろ」
「どうだろうね?この学校、特に『この人イケメンだよね』とか、『この人めっちゃいいよね』って人あんまりいないし、おにーさんが思ってるより長いこと噂になると思うけど」
響佳は楽しそうに続ける。
「そろそろ、彼女とかほしいでしょ?せっかくだし作ろうよ!おにーさん、好きな人とかっていないでしょ?」
「おい、決めつけるな」
「え、じゃあじゃあ!いるの!?」
響佳が僕に詰め寄って上目遣いで尋ねる。
僕はその質問に、あの日の奏音の顔が浮かんだ――が、すぐに首を振り、
「いない!いないから離れてくれ。というかそろそろ帰ろう、結構見られてる」
気づけば周囲の誰かを待っているのであろう生徒たちから注目を集めていた。
こんな目立ち方はしたくない。悪目立ちみたいなものだ。
僕は響佳の手を引いて歩き出す。
「わっ……そっかそっか、いないんだ。奏音とひょっとして?とか思ったけど違うんだね?」
「そうだよ」
手を引かれながら響佳は僕の図星をついてくるが、必死に隠して前を見る。いや、違うから。妹に恋するとかありえないから。兄失格だから。
「よっ……と。じゃあいいじゃん、彼女作ってもー」
僕と歩幅を合わせた響佳は僕の顔を覗き込んで聞いてきた。
「いや……僕は僕が好きな人と付き合いたいんだよ」
「おー。おにーさん、ウブだー!」
「誠実って言ってくれないかな……」
いや、今まで誰とも付き合ったこと無いし、初心なのは認めるけどさ……。
というか好きな人以外と付き合ったとして、果たしてそれは楽しいものなのだろうか……苦しいだけのような気がする。
少なくとも、今の僕には「好きでもない人と付き合う」という行為をすることが理解できない。
「……その心、忘れないでね」
「……」
前を見て僕と並んで歩く響佳の小さく、真剣な声は、僕の耳に届いたけれど、聞こえないふりをしたが、心には刻んだ。
沈みゆく夕日に向かって一人心のなかで響佳の願いを決して忘れないよう誓う。
ほんの少しの沈黙の後、僕らは他愛もない雑談を始めて、一緒に帰った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます