第30話「あの……あーん……」

石上総司は、響佳が記録していた映像のおかげもあり、奏音の通っている中学校からかなり遠くの中学校へ転校させられることが決まった。

もっとも、再び問題行動を起こさないか、しばらくの間は厳しい監視の目が付き、自由はないと言っても差し支えない状態になるらしいが。

今回あったことは、もちろん僕らの両親にも伝わり、様々な処理をするために一時的に帰ってきた。

そういうわけで、3ヶ月にも満たない間だが、久しぶりの再開を僕らは喜んでみんなで一緒に食卓を囲う事になった。


「家族全員揃ってご飯なんて久しぶりね! せっかくだしカレー食べましょう、カレー!」


という母さんの熱い希望により、家族全員での久しぶりの食卓には初めてのときと同じようにカレーが並んだ。

母さんは嬉しい事があったときはカレーを作ると奏音がこっそり教えてくれた。今回は別に嬉しいことばかりではなかったような気もするが、奏音にこれといった怪我や心的外傷がなく、安心した母さん的には「家族揃ってご飯が食べられる」という喜びが勝ったのかもしれない。

ちなみにカレーの辛さは、辛いカレーを食べられないという親父のことをしっかりと考え甘口のカレーを作り、それを親父の分としてよそってから辛口にするという手法を提案したところ却下された。

理由を聞くと親父は、


「一人だけ違うのは仲間はずれ感があって嫌だ」


と言っていた。なかなか子供っぽい理由で思わず笑うと、親父はちょっとばかし恥ずかしそうな反応をした。だがそういうのは求めていない。

右から軽音姉さん、響佳、奏音、僕、対面に親父と母さんという並びで席を決めてから僕ら子供組は席についた。

カレーを親父と母さんが並べるのを横目に、軽音姉さんがいきなり、


「今日は今回の一番の功労者である勝が『いただきます』って言って頂戴」


なんてことを言い出した。


「おお、そうだな!鈴さんもそれでいいか?」

「ええ、いいですよ。二人もいいわよね?」

「うん!アタシもそれがいいと思う!」

「わ、ワタシも……」


そして勢いで誰一人反対せずに僕が言うことになってしまった。


「ええ……みんながいいなら、するけど……」

「けどなに?」


僕のつぶやきにいつの間にか席を離れ、僕の横に来たニコニコしながら軽音姉さんが問いかけてくる。これはあれだ、夏祭りのときに見たあれと同じやつだ。絶対に拒否させないという意思。


「わ、わかったよ。やるよ、やる」


しかたなくそう返すと、軽音姉さんは満足したように自分の席に戻っていった。

カレーを並べ終えた両親も席に付き、みんな揃って手を合わせて僕の方を見る。そんなに見られると緊張してしまう。


「ほら、早くしなさいよ」


緊張から何も言えずに黙っていると、軽音姉さんが急かして来た。


「え、えとじゃあ……いただきます」

「「「「「いただきます」」」」」


僕が言うとみんな揃って頭を下げ各々カレーに手を伸ばす。

親父は相変わらずカレーの辛さにやられそうになっていたが、母さんが甲斐甲斐しく親父の世話――といってもむせ返った親父に的確なタイミングで飲み物を渡すだけだが――をしている。提案を採用しておけばそうはならなかったろうに、とは思ったが世話をされる親父がなんだか再婚する前よりも幸せそうに見えたので僕はちょっぴり嬉しくなった。


「おにーさん、おにーさん」


親父の様子を見ながらカレーを食べていると、右から服を引っ張られる。

右に座っているのは奏音だった。


「なに?」


僕が聞くと奏音は少し恥ずかしそうにうつむいてから、覚悟を決めたように顔をガバっと上げる。


「あの……あーん……」


奏音は自分の使っていたスプーンに自分のカレーを乗っけて僕に差し出してきた。


「あらあら」

「やるなあ、勝」

「兄妹恋愛ー?」

「ちょ、それはだめじゃないかしら!?うらやま……じゃなくて、だめよ、奏音!」


ちょっぴり頬を赤くしてスプーンを差し出す奏音の頬の赤みは、カレーを食べて熱くなっているからだけではないことは僕でもわかった。というか外野がうるさい。響佳、違うから。多分奏音は小説のネタにしようとしてるだけだと思う。あと軽音姉さんってシスコンの節あるのか……?


「奏音さん、これはどういう……?」

「今回助けてくれたたご褒美ですかね?」

「なぜ疑問形……」

「い、いいから!小説のネタになるかもしれませんし!」


それを使い続けてたら、いつか僕に何かをする理由としていいように使われそうでちょっと怖いです奏音さん。


「あ、もしかして」


奏音は少し瞳を濡らして、


「嫌、だったりしますか……?」


かわいい!それはずるい!兄的には可愛くてとてもいいけどもうそれされたらもう全部の要求飲んじゃう。


「そ、そんなことないって!」


僕は言ってスプーンの上に乗ったカレーを口の中に入れた。

普通こういうのって照れて味がしない、みたいな描写があるけれど、まったくもってそんなことはなく、カレーの辛さがダイレクトに伝わってくる。

辛さは味覚ではなく痛覚、みたいな話もあるしそれのおかげで味がしっかりとしたのかもしれない。


「わあ……!」


奏音はと言うと、嬉しそうに再びカレーをスプーンの上に乗せて――僕に差し出した。


「一回で終わりじゃない!?」

「え、やっぱり嫌でした?」


そうすると奏音はまた瞳を――ええいもうヤケだ。

僕はまたカレーを口に入れる。

するとまた奏音はスプーンにカレーを……と、それを何度か繰り返してから、満足したように。


「ありがとうございます!」


と謎の感謝をされてしまった。


「い、いえ……?」


ちなみに奏音が自分のカレーを食べるときには奏音はまた頬を赤らめて「あうう……!?」とかわいい唸り声を上げて、そして軽音姉さんが食い気味に「奏音、奏音が食べたらひとくちくれないかしら?」とか言っていた。軽音姉さん、隠す気がなさすぎませんか。

とまあ、久しぶりの家族での食事は、にぎやかで楽しいひと時だった。

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