第29話「だから、僕はお前を絶対に許さない」
「くぼおあぁあああああああ!?」
かなりの勢いがついていたのか、彼はかなりの距離転がり吹き飛ぶ。
「けほっけほっ、ううううう……い、いきなり何するんですかね……うぅ」
服やズボンについた砂を払いながら言う。ちょっとだけイラついているのが見てとれた。
「それはこっちのセリフだ! 僕の妹に何しようとした?!」
兄さんは立ち上がろうとしていた彼を再び地に伏せさせ馬乗りになり襟を掴む。
気が動転しているのか、語気が初めてみるくらいに荒い。
「……あなたは、奏音ちゃんのお兄さん、ですか?」
それでも、彼はおにーさんに対して一切動じる様子も見せず、ただそう返した。
「ああそうだ。奏音の兄、河口勝だ、それだけは教えてやる」
そう言う兄さんの顔には明らかな怒気を孕んでいる。
「それで?僕の妹に何をしようとしてたんだ?」
「……襲おうとしてました」
彼の言葉に、兄さんの手に力がまた少し篭ったのが見えた。
ワタシはワタシで、さっきまであった感触を思い出しそうになって、吐きそうになったのを必死に堪えた。
今はダメ、今兄さんの注意をこちらに逸らせてしまうと、彼が何をするかわからないから。
「なぜだ」
「ボクがこんなにも好意を寄せていると言うのに、周囲の人間が彼女を冷たくあしらう中ボクだけが優しく接してあげているというのに、ボクのことを見向きもしないからですよ」
瞬間、ボゴッ!と鈍い音が校舎裏に響いた。
「ふざっけんじゃねえぞ!てめえのその自分勝手な思いで、行動で!奏音がどれだけ傷つき、辛い思いをするのか考えなかったのか!」
「それは……」
「好きな女のことなら、自分の行動が相手にどんな思いをさせるかキモいくらい考えろよ!」
兄さんの顔は必死で……少し、泣いていた。
「……ごめん、なさい」
そこでようやく、彼は俯きながらも謝罪の言葉を述べた。
「謝るのは僕じゃない。奏音にだ」
兄さんは彼から降り、まだしゃがみこんでいたワタシに謝るよう催促する。
「ごめんなさい奏音さん……あなたの気持ちも考えずに、こんなことをしてしまって……」
ワタシはすぐに言葉が出なかった。
いろんな思いが交錯して、罵倒すればいいのか、許せばいいのか、どうするのが正解なのかわからない。
ただ、言えることがあるとすれば。
「二度と、近づかないで。今回のことは、一生許さない。けど……あなたが二度とワタシに構うことなく、また他の女の子にこんなことをしないと言うのであれば、誰にもこのことは伝えない」
ワタシは必死に言葉を紡いだ。
本当は警察や教師に相談することが正解なのだろう。けれど、ワタシにそんなことをする勇気なんてなかった。
「ダメだ、奏音。このことは教師にも警察にも伝える」
けれど、ワタシの兄はそれで良しとはしなかった。
今にも彼を殴り飛ばしてしまいそうな拳を抑制するように、ぐっと力を込めながら。平静を装い、ゆっくりと言った。
「え……?」
「こいつが奏音にした行為なら、証人も証拠もある」
兄さんの来た方向から、人が走ってくる。
見知った人達だ。ワタシの大切な人たちだ。
「ごめんね、奏音……私が学校に行かせたばっかりに、とても辛い思いをさせたわね……」
軽音姉さんが、駆け寄ってきて、ワタシのことをぎゅっと力強く抱きしめる。
かけられる優しい言葉に、涙が溢れた。
「ううっ……ぐっ……っ!」
ごめんなさい。助けを求められなくて。ありがとう。ワタシを助けてくれて。
「アタシ、先生に伝えてくるね」
遅れてやってきた響佳は、一言そう言うと走っていってしまう。
兄さんはただ一言、「ああ、ありがとう」とだけ返事をした。
「さて……最後に、なにか言いたいことはあるか?」
兄さんは石上くんに問う。
石上くんは一呼吸おいてから、「一つだけ――」と口を開く。
「あなたは一体、奏音さんの何なんですか。確か、奏音さんに兄はいなかったはずでしょう」
「兄だよ。まだまだ未熟で、奏音だけじゃなく、軽音姉さんや響佳について、知っていることはとても少ない……だけど、胸を張って言える」
言うと兄さんは、先程まで握りしめていた拳をドンッ!っと力強く自分の胸に叩きつけた。
その様子を見ていたワタシ含め全員がビクッとする。
「だから、僕はお前を絶対に許さない」
そう言う兄さんの瞳には、なぜだか雫が溜まっているように見えた。
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