第22話「ワタシは『書きたいものを書く』っていうのを曲げたくはないんです」

どれだけ綺麗に仲直りをしたって、どんな出来事があったって、人生は物語みたく『ハッピーエンド』じゃ終わらない。


つまり何がいいたいのかというと、夏祭りに自分的にはかなり綺麗な仲直りをしたものの、別に何かがはっきりと変わったわけではないし、日常は続いていくのだ。


夏休みは奏音の手伝いや、自分の課題をしていると、すぐに最後の週がやってきた。

・・・・・・編集作業以外に、奏音がシーンをイメージできないときなんかは僕に奏音の思うキャラのポーズや服装、朗読などを求められたときはさすがに驚いた。

ちなみに奏音はというと、話し合って徹夜や、無理なスパンでの執筆はやめ、どうしてもという場合僕がやめをかけたらやめるという条件付きで許可した。

普段夏休みではぐーたれる僕でも妹のためなら、と自然とちゃんとした生活態度に慣れた。

案外僕にはシスコンの素質があったみたいだ。


「今日はどんな感じ?」


クーラーがガンガンに効いていて、体調管理なんかくそくらえ、みたいな部屋で僕は、編集作業を終えて、奏音にプリントを渡してから聞く。


「うーん・・・・・・やっぱり10位内には乗らない・・・・・・」


パソコンを操作しながら唸るように奏音は返して来る。

夏休みの間ちゃんと毎日欠かさず小説を投稿した甲斐もあってか、奏音の小説は日刊ランキングで上位に食い込むくらいにはなってきていた。

しかしなぜかどうやっても最大で11位で、10位以上になれたことがない。


「あと6,7話で終わる予定ですけど・・・・・・載ってくれないかなぁ・・・・・・」


奏音は机に突っ伏して「ううん・・・・・・」と頭を抱える。


「仕方ない、僕らは毎日ちゃんと投稿していくだけだよ。今日がダメでも明日なら、明日がダメなら明後日、それでもだめなら・・・・・・って、何度もやっていこう。僕ももちろん手伝うからさ」

「ありがとうございます! それで次の小説なんですけど――」


と、奏音は事前に書いていたらしい小説のプロットを僕の目の前に出す。

差し出されたプロットの内容を読むに、どうやら次の作品はジャンルで言えば『青春ラブコメ』らしい。


「『青春ラブコメ』か・・・・・・今書いてるのってファンタジーだったよね?」

「はい、けど書いてて思ったんですよね」


奏音は一呼吸おいてから、


「『もっと男女がイチャイチャするヤツ書きたいな』って。今書いてるやつでもいちゃつくシーンっていくつか書いてるじゃないですか、けど一応シリアスとギャグメインで、あんまり書かない方がいいかなって自制していたんです」


確かに、奏音が現在執筆中の小説は、ギャグから始まりふとしたシーンから急にシリアスな話になっていく。

そこでヒロインと主人公がいちゃついている余裕なんてあまり入れられなかった。というかあまり入れない方が雰囲気を守るうえでは大事だと、話し合って決めた。


「なるほどな・・・・・・」


うなずきながらプロットの方をしっかりと読み込んでいく。

舞台はラノベではよくある『学園・学校』。主人公に恋をするサブヒロインは一切おらず、主人公とメインヒロインの一対一を中心に繰り広げられる、青春ラブコメ。

大まかな流れは、主人公とヒロインは他の学校にあるとは思えないような特殊な部活に入部し、やがてお互いのことを知るにつれ恋に落ちる。

悪くはないと思った。確かに面白いものが書けることには書けるかもしれない。


「なぁ、これ――」

「悪くはないけどサイトで読むくらいだったらすでに書籍になっているものでも似たようなやつたくさんあるんだから、それを読めばいいのでは、ですか?」


僕の言おうとしたことを遮り奏音は言う。

僕の言いたいことはおおよそ正解だった。

確かに、設定としてテンプレートに乗っかるのは悪くはない。悪くはないが・・・・・・どうしても「ちゃんと出版されてる本」としてたくさん出回っているものと似たような設定でやっても、おそらく伸びない。伸びるとしても、プロットに書かれているようなこと以外に一つでも、何かしら「この作品にしかないもの」を作り出さないといけない。


「ワタシもおにーさんの意見はわかりますし納得もできます。けどやっぱりワタシは『書きたいものを書く』っていうのを曲げたくはないんです」

「そうか・・・・・・じゃあどうするつもりなんだ?」

「そうですね、ワタシとしてはシリアスでメインを進めつつ、ヒロインとの絡みの時は存分にいちゃつかせる、という方向性で行こうかなと」

「シリアスメインか。確かに悪くないかもしれないな」


奏音の意見は悪くないかもしれない。サイトの感想とかでもシリアスの作りこみよく褒められてたし。まあ素人の僕がどう思おうと、大したものではないのだが。


「よし、そうと決まればさっそく取り掛かるか?」

「ああいや、まだ書かないです。というか・・・・・・書けません」

「え?」

「だってワタシ・・・・・・学校あんまり行ってなくて、どんな風に進めたらいいのかまったくもって想像できないので」


あっけらかんとした様子で、奏音は伝えてきた。


「だってワタシ・・・・・・学校あんまり行ってなくて、どんな風に進めたらいいのかまったくもって想像できないので」


あっけらかんとした様子で、奏音は伝えてきた。


「行ったとしても生活態度がひどかったので授業中ずっと寝てましたね」


と奏音は付け加えた。

確かに夏休みの間友達と遊びに行くことなかったな。軽音姉さんとか響佳とはたまに友達と遊びに出かけていた気がするけど…・・・僕と奏音はこの夏家から出ること自体が少なかった。別に友達がいないとか、そういうのでは決してない。


「え・・・・・・奏音って不登校だったんだ」

「はい。まあ、いろいろあったので」


そういって笑う奏音の笑顔にはどこか諦めすら感じられた。


「けど、それじゃあ奏音は夏休み明けから学校に通うつもりってこと?」

「はい。学校に通ってみるからこそ見えるものって絶対ありますし。それとさすがにこのまま中学校に行かないという選択を選べるほどメンタル強くないです」


奏音は同じように笑って見せるが、不登校気味だった人がいきなり毎日登校してきたら周りの反応ってどうなるんだろうか。

幸か不幸か僕の周りには不登校の人はいなかったのでそこら辺はよくわからない。

ただ、よくない反応もあるのかもしれないとは思う。


それに、奏音が不登校になったのにはその原因を解決することができなかったからこそ、不登校になったわけで。

要するに奏音が心配なのだ。


「それって大丈夫なの?」

「え? 何でですか?」

「それは、その・・・・・・いろいろ?」


僕は直接不安に思っていることを聞くことができず、笑ってごまかしてしまう。


「まあまあ! いいじゃないですか、ワタシは大丈夫ですよ」


パチン、と両手を叩いて奏音はこの話を終わらせようとする。

僕はこれ以上言葉を尽くすことができず、奏音に従った。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「・・・・・・姉さん、奏音って不登校だったんだね」


夜、ご飯を食べ終わり洗い物を手伝いながらつぶやくように小さな声で尋ねた。


「・・・・・・聞いたのね」

「うん。まあ友達と遊んでる姿を見なかったり、そもそも出会った時からそんな感じはしてたけど・・・・・・」

「あら、友達と遊んでるところを見ないのはあなたもおんなじじゃないかしら」

「いや、僕は別に友達がいないとかそういうのでは決して」

「そう?ならいいけど」


軽音姉さんは洗い物から目をそらさず、けれどくすくす、と笑う。

案外冗談を言うんだなと思った。


軽音姉さんは初めて会ったときに母さんから『軽度の男性恐怖症で、男性不信』だと聞かされて、仲良くするのは難しいかもしれないと思っていたし、夏休みの途中まではほとんど話すことなどはなかった。


ただ、家族なのに全く話さないというのもどうかと思い、ある日から洗い物を手伝うようにしている。まあ、手伝うのだって最初は若干嫌がられていた節はあったし、洗い物をするだけで会話なんて全くと言っていいほどしてこなかったが。


ということで、軽音姉さんが笑いながら僕と話してくれることが正直ちょっと嬉しかったりもする。


「・・・・・・あの子ね、趣味が趣味だからそもそも学校に友達があまりいなかったの」


会話が途切れ黙々と洗い物をしていると軽音姉さんが話し始めてくれた。


「それだけなら、まあ、別段奏音が気にしている様子がなかったからよかったのだけれど・・・・・・ある日言われたらしいのよ、『そんなエロ本を学校に持ってくるな』って。同じクラスの男子だったらしいわ」


エロ本。話の流れから察するにライトノベルのことを指しているのだろうが・・・・・・なかなかひどい言われようだ。

確かにエッチなシーンはいくつかあるが、ラノベの大半が別にそれがメインという訳ではない。・・・・・・エッチシーン極振りみたいなやつもないわけではないが。


「それに便乗したクラスの子たちから、ライトノベルのことを馬鹿にされたみたいで・・・・・・耐えきれなくって、ふさぎ込んでしまったの。今でこそああやって一緒にご飯を食べてくれるけれど、最初は本当に部屋から出てこなかったのよ? 出てきたとしても本を読んでるばっかりで、一言私たちと話したらいい方だった」


軽音姉さんはちょっと懐かしむように話す。

割と、どこにでもありそうな話ではある、と思った。

ライトノベルは最近こそ読む人は増えてきたけれど、それでもまだ偏見だったりそういったものを忌み嫌う人がいなくなったわけじゃない。多分一生なくならないような気さえする。

特に中高生だと、そういうのが多かったりする。本当、オタクは生きづらい。


「けど、変わったわ。あなたのおかげで。だから、そこら辺はあなたのことを信用しているのよ」


軽音姉さんは依然洗い物から目をそらさずに本当に嬉しそうに笑う。


「そう、だったんだ」


奏音と仲良くすることが軽音姉さんから評価されているとは思ってもみなかった。


「ええ。・・・・・・それで、私の話は以上だけれど、あなたはどうする気なのかしら」


最後の洗い物が終わり、手を洗ってから僕の方に向き直り目を見つめられる。こうしてちゃんと見るとやっぱり軽音姉さんはかなり美人だ。・・・・・・じゃなくて。


「どうするって・・・・・・」

「奏音は学校に行くつもりみたいだけれど、正直言えば私はかなり不安よ。また心を閉ざしてしまわないか、とか」

「その気持ちは、わかります。けど奏音は昔とは大きく違うところが、一つだけあります」

「へえ?」

「僕が――『兄』が、いることです」

「そう・・・・・・そうね」


軽音姉さんは目線を外したと思うと、急に「あはは」っと笑い出した。


「な、なんですか」

「いや、だってそんなキザなセリフを吐くもんかねー普通、と思ってしまって。ああいやごめん、馬鹿にしたわけじゃないわ」


なおも笑いをこらえきれない様子で、僕は恥ずかしさで頬が赤くなっているのが分かった。


「ほんと、ごめんね。――信じているのは本当よ、『おにーさん』?」

「・・・・・・絶対馬鹿にしてますよね」



姉さんは笑ったものの、「信じている」と言ってくれた。

姉さんからの信頼を裏切らないためにも、どうにか奏音の抱えている問題を解決してあげたいとあのやり取りの後考えてみたものの、一向にいい案は浮かばずとりあえずはいつも通り奏音と接して、助けを求められたときにいつでも対応できるようにしておくことに決めた。

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