第21話「なあ奏音」「おにーさん」

「あら、もうすぐ花火じゃない」


お互いに持ってきたものを見せあっていると、スマホを見ながら軽音けいね姉さんは呟いた。

花火か。懐かしいな。最後に見たのはいつだろうか、と考えてみるが、すぐには思い浮かばない。ただ、ぱっと頭の中に浮かんだのは、親父と、母さんと、僕とのの3人で手をつないでみた、あの空に大きく咲いた炎の華だった。


「花火かぁ・・・・・・いいネタになりそう」


僕が思い出に浸っている中、奏音かのんのつぶやきが聞こえた。

本当に小説を書くことが好きなんだなと、改めて思い知らされる。

それと同時に、早く仲直りをしないとな、と思う。

花火があがるということは、こんなにも楽しかった夏祭りも、もうすぐ終わる。

軽音姉さんがくれた、奏音と仲直りをするチャンスを失うわけにはいかない。

いつまでも、かわいい妹を泣かせるわけにはいかない。

なんて事を考えるけれど、具体的な案はすぐには浮かんでこない。こんなことなら夏祭りが始まる前にちゃんと計画を練っておくべきだった・・・・・・なんて悔やんでいると。


『・・・・・・・パァン』


空から、大きな音が響いた。

見上げると、そこには次々と様々な色をした炎が大輪を咲かせている。

思わず、見入ってしまう。


「・・・・・・綺麗、だね」


僕はふと呟く。


「そうだねえー・・・・・・すっごくきれー」


僕のつぶやきに、響佳きょうかが同意してくれる。

響佳に続くように、軽音姉さんも「そうね・・・・・・本当に、すごくきれい」なんて、空を見上げる。


「ねえおにーちゃん」ふと、僕のことを響佳が呼ぶ。


「手、つないでもいい・・・・・・かな?」


珍しくちょっと不安そうに響佳が聞いてくる。


「もちろん、いいよ」

「わぁ・・・・・・!ありがとっ!」


響佳は本当に嬉しそうに、右手で僕の左手をぎゅっと、力強く繋いできてくれた。

小さくて、柔らかい。なんとなく守ってあげたくなるような気持ちにさせてくれるような、そんな感触が左手に伝わってくる。・・・・・・ロリコンとかじゃないよ?


「軽音おねーちゃん、手!」


響佳は自分の空いた左手を差し出す。


「はいはい」


仕方なさそうに、でも嬉しそうに笑いながら。軽音姉さんは手を握る。


「奏音はおにーちゃんの右手繋いでね!」

「へえぇっ!?」


こっそり軽音姉さんの手を繋ごうとしていた奏音がびっくりしたのか、急に大きな声をあげる。


「もしかして嫌だった?」

「えっ、い、嫌とかじゃなくて! むしろ嬉しいというか、ああいやえっと・・・・・・おにーさんは嫌じゃない・・・・・・ですか?」


軽音姉さんに隠れるようにして僕に聞いてくる。

暗がりでも奏音が少し不安がっているのがはっきりとわかった。


「もちろん、嫌じゃないよ。ほら」


僕は空いていた右手を差し出す。

奏音は差し出された右手を恐る恐る、といった様子で握ってきた。


「・・・・・・えへへ」


花火はあがり続ける。

その美しさは段々と豪華なものになっていく。


「こうしてるとさ――」


左の方から、声がした。

僕は花火を見上げながら、「うん」と言う。


「なんか、『本当の兄妹』って感じがするよねー・・・・・・」


『本当の兄妹』。確かに、今のこの手を繋いだ僕らを見た人たちは本当に仲のいい兄妹に見えるかもしれない。

けど、僕と3人は血なんか繋がってなくて。

親父の再婚がなければ、きっと、知り合うことすらなかった。

『家族になる』なんてこともなかった。

そう考えると、僕たちが今こうして手を繋いで花火を見ていることは、すごい奇跡だと、そう思えた。


「『本当の兄妹』なのよ。私たち。血は繋がってないけど――これから、きっとたくさんぶつかることもあるだろうけれど――そういうのを経て、本当の『兄妹』で『家族』になっていくのよ」


さらに奥の方から、花火の音が耳をつんざく中、はっきりと聞こえた。

ああ、そうだ。僕たちは本当の兄妹なんだ。一つ屋根の下で暮らす、普通の家族。

だから、いちいちこんなふうに夏祭りに行かなくたって仲直りできたはずだったんだ。たった一言、言えばいいだけなんだから。


「なあ奏音」「おにーさん」


僕と、奏音の声が重なる。奏音の声は、やっぱり軽音姉さんと同じようにはっきり聞こえた。


「「ごめんね」」


僕は奏音の方を見て、奏音は僕の目を見て、笑った。そして、


「「あははっ・・・・・・いいよ」」


夜空に、今日一番の、大きな大きな、紅蓮の華が、咲いた。

僕らの夏祭りが、終わった。

それと同時に、初めての兄妹喧嘩にも、決着がついた。

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