第19話「ひぃっ!?なんでもないですぅ!」
夢中になって焼きそばを食べながら歩いていると、いつの間にか待ち合わせの約束をした太鼓の前まで来ていた。
ここまでくると、先ほどまでよりいっそうにぎやかになり、隣にいる響佳の声も近づかないとなかなか聞き取りづらくなってくる。
これだと軽音姉さんたちが僕らのことを見つけるのも、その逆も、なかなか難しいだろう。集合場所を間違えた、と内心かなり後悔しているとちょんちょん、と袖を少し引っ張られた。
「・・・・・・お、おにーさん、で、合ってます、よね・・・・・・?」
引っ張られた方を向くと、そこには軽音姉さんと、僕のことを不安そうに見つめる奏音がいた。
「あ、あの、助けてもらえませんか……」
奏音は僕の耳元に口を近づけると、そういって奏音が来たであろう方向に向かって指をさす。
そこで目に写ったのは、明らかに遊んでいるというような風貌をした3人の男が軽音姉さんを囲っている様子だった。
軽音姉さんは困ったように笑いながら男たちと会話をしている。
喧騒で会話は聞こえないが、男性恐怖症な軽音姉さんにとっては僕にも推し量れないほどとてもつらいはずだ。
「教えてくれてありがとう」
僕はそれだけ言うと、すぐに軽音姉さんのもとへ向かう。
「あの、すみません。僕の姉になにかごようですか?」
男たちの間に割って入り僕は言った。男たちは急に現れた僕を訝しんでいるようだったがすぐに取り繕い、
「そうなんですか、とてもきれいだったんで一緒に遊ぼうと誘ってたんですよ。あ、そうだ、弟さんも一緒に遊ぶとかどうです?」
男の一人が敬語で、丁寧そうにそう提案してきた。
男たちの下衆な考えが手に取るようにわかってむしろ笑えてくるが、今はそんな場合じゃない。一刻も早くこんなクズどもから軽音姉さんを引き離すことが最優先だ。
「いや、そういうのいいので。じゃ、僕らは妹たちとまつりを楽しむのでどっか言ってください」
僕が軽音姉さんの手を取り、移動しようとすると男たちは案外あっさりと諦めてどこかへ言ってしまった。もしかしたら新しいターゲットを探しに言ったのかもしれない。
向こうから舌打ちをしたような音が気がしたが、きっと気のせいだろう。
「ごめん、姉さん。助けるためとはいえ、手、触っちゃって」
最近話せるようになったとはいえ、僕も男だ。軽音姉さんには少しつらい思いをさせてしまったかもしれないと思い、僕は謝る。
「いいわよ、別に。それに男性恐怖症と言っても軽度で、そんな手を握ったくらいじゃなんともないわよ。それに、私を助けようとしてしたことはしっかりと伝わってるんだから」
ふふ、と軽く弾むように笑う軽音姉さん。とてもきれいな笑顔に、思わず見とれてしまいそうになったけれど、彼女の体が少しばかり震えていることに、気付かされてしまった。
「ねえ――」
「なに?」
軽音姉さんはニッコリと笑って目を合わせてきた。
その目はまるで何かを訴えているようで――そこで僕はようやく気づいた。軽音姉さんは震えていることを妹たちに悟られたくなかったんだ。
「そっか、ならよかった、のかな?」
僕は取り繕うように、できる限り自然にそう言った。
「ええ、そうね。それよりよかったー、見つかって。正直見つからないんじゃないかって、ひやひやしたんだから……ところで響佳?」
先ほどまで再会できたことに安堵していた軽音姉さんの口調が少し変化する。
これは・・・・・・そう、さっき響佳に対して怒ったときの数倍は怒っている、というのが見て取れた。
「あ、えーと、そのぉ・・・・・・」
それを察してか、響佳は両手の人差し指を合わせ、目を泳がせて言いよどむ。
「どうしたのかしら? 私は何も言ってないわよ?」
軽音姉さんは優しそうに微笑んで首をかしげる。確かに怒っていないように見えるものの、それは見た目だけで、声のトーンはマジで低い。怖い。ちょー怖い。
「その・・・・・・ごめんなさいもうしないので許してください!!」
響佳はすさまじい勢いでジャンピング土下座を軽音姉さんにした。
太鼓の音に負けないほどの大きな声だったため――おそらく、いや絶対それ以上に浴衣の女の子がジャンピング土下座をかましている異様な光景が広がっていたため――周囲の視線を完璧に集めていた。
「――よろしい。言ったからね?」
だがそんな周囲の視線はものともせず、軽音姉さんの声色、雰囲気が普段と同様のものに戻る。
「はい、ごめんなさい」
「ほら、響佳。立って。視線集めちゃうから」
せっかくの綺麗な浴衣が台無しになってしまいそうだったので、急いで僕は手を差し出して立ち上がらせる。
「まったく、謝るのはともかく、土下座までしなくても・・・・・・」
「お、おにーちゃんは知らないだけだよ・・・・・軽音おねーちゃんの真の恐ろしさを・・・・・・」
僕の手を取り立ち上がりながら、小さい声で言う。
「何か言った?響佳。おねーちゃん全然聞こえなかったんだけど」
響佳の声が聞こえていたのか、軽音姉さんが反応した。というか声色がさっき怒ってた時のものに戻ってるんですけどどうしたんですか。
「ひぃっ!?なんでもないですぅ!」
響佳が慌てて取り繕い、僕に「ね?」という表情を向けてくる。確かに恐ろしい。軽音姉さんだけは絶対に怒らせないと心に刻んでおくことにする。
「さてと・・・・・・お説教はここまでにして、お祭りを楽しみましょうか!」
ぱちん!と両手を合わせて明るい声で言う。
「そ、そうだね。どこから回ろうか・・・・・・奏音、行きたいお店とかってある?」
軽音姉さんに合わせて僕も奏音に話題を振る。
「わ、ワタシ?・・・・・・き、金魚すくいとか・・・・・・あ、あと射的とか!」
「よしじゃあまずはそこに行こうか。ところで僕と響佳はさっき焼きそばと綿あめ食べたけど……軽音姉さんたちはどう?」
「食べてないわね・・・・・・まあ、道中おいしそうなものを見かけたら食べることにするわ」
「わかった。じゃあ行こうか」
「そうね」
僕と響佳、軽音姉さんと奏音はそれぞれ改めて手をつないだ。
地図を見ながら、目的地へとわいわい話しながら歩く。
やはり祭りの雰囲気というものは、それだけでテンションを高め、楽しい気持ちになるらしい。先ほどまで怒っていた軽音姉さんも、どこかバツが悪そうにしていた響佳も、今では楽し気に笑って話している。
「そういえっば、3人は金魚すくいって、したことあるの?僕はないんだけど・・・・・・」
「ワタシはない、よ」
「私もないわね」
「アタシも初めて―!」
それは・・・・・・一匹も捕まえられない、なんて事にはなりませんように。
道中見つけたたこ焼き屋でたこ焼きを買い、食べながら話をしていたら、いつの間にか目的の金魚すくいの店までついていた。
「らっしゃい。金魚すくい、一人300円だよ」
また300円か!ここの出店は全店300円とか決まりでもあるのか!?
「奏音と僕と・・・・・・響佳、軽音姉さん、する?」
「「する!」わ」
割り勘するかどうかわからなかったので、とりあえず僕が全額支払うことにする。1200円・・・・・・地味に痛い。
「ありがとさん。ほれ、ポイだ」
4人ともにポイと金魚を入れる水の入った容器を受け取り、いざ金魚すくいが始まる。
まず真っ先に始めたのは響佳だ。
「よっ・・・・・・っと? あ、できた」
見事な手際の良さでサクッと一匹捕まえていた。初めての割にすごい。
その後も2匹、3匹と順調に捕まえたものの、4匹目を引き上げたタイミングでポイが破けてしまった。
「あーあ・・・・・・まあいいや。おじさん、これいらないから返してもいい?」
「おう、そっちの方がこっちとしても助かる」
容器に入った金魚を見せておじさんに言うと、おじさんは笑ってそう答えてくれた。
響佳は許可がもらえるとすぐに、優しく金魚たちを水槽の中に戻してやった。
戻したのを見てから、僕らも金魚すくいを始めたものの、すぐに破けてしまう。
響佳は簡単そうにこなしていたように見えたが、実際そうでもないらしい。僕と奏音は諦めたものの、あきらめていない人物がまだ一人。
「おじさん。ポイ、もう一個頂戴。はい、お金」
軽音姉さんだ。姉さんはためらいもなく300円を払い、ポイを破く。そしてまた300円を払い・・・・・・って
「どれだけ使う気!?もうやめといたほうがいいよ!?」
一家の長女が金魚すくいで破産したなんて、正直ちょっと笑えない。しかも大学生だし。
「はっ!?私いくら使って・・・・・・!?で、でも響佳に負けたままなのは悔しいし・・・・・・」
「いや、勝負なんてしてないよね・・・・・・?」
思わず僕は突っ込む。
「してない、してないわ・・・・・・ええ。けど気分的には負けたような気分なの・・・・・・」
そういう軽音姉さんの目は確かな覚悟が宿っていた。金魚すくいでここまで覚悟の決まったような眼をできる人初めて見たよ、姉さん。
「いいから、射的で勝てばいいんだよ。だからさ、もうやめて、やめてくださいお願いします」
「そこまで言うのなら・・・・・・わかった。次で最後に――」
「そういうのもいいのでやめてくださいお願いします!」
僕が必死に懇願すると、軽音姉さんもわかってくれたのか、素直に諦めて射的屋を目指すことにする。
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