第18話「・・・・・・あ、おにーちゃんも食べる?」

会場は少し歩いたところにある。もうすでに会場への人の波は出来上がっており、このまま波に乗ればきっと迷うことなく会場に到着するだろう。はぐれることがないよう、響佳とつないだ手に少しばかり力を籠める。

会場が近づいてきて、次第に太鼓による明るい音色が鼓膜を叩くようになってくる。

また少し歩くと、会場がはっきりと視界に入ってきた。

日は傾き、あたりは暗くなってきており、会場を照らすのは出店のあかりと地域の小学生たちが作った手作りの提灯である。

子供向けアニメのキャラクター、仮面ライダー、プリキュア、ゆるキャラなどなど……提灯には三者三葉に個性豊かな絵が描かれていて、どれを見ていても楽しい。


「おー・・・・・・! 始めてきたけど、こんなに賑やかなんだね!」


隣で僕の手を握る響佳があたりをきょろきょろと見渡す。


「見てみて! ステージがある! あ、綿あめ! おいしそー・・・・・・ねえおにーちゃん、買ってくれない?」


響佳は勢いよく僕の手を引いてぐんぐんと祭り会場の中を進んでいく。よく浴衣姿でそんなに早く歩けるなぁ・・・・・・と、ちょっと進みすぎかもしれない。


「ちょ、ちょっと待ってよ響佳・・・・・・軽音姉さんたちのことおいていっちゃ・・・・・・ったな・・・・・・」


さっきまで近くにいた気がしたものの、あたりを見渡すと二人の姿は見当たらない。


「あ・・・・・・ごめん」


「いやいや、いいよ。大丈夫。いざってときはスマホもあるし」


響佳がばつが悪そうにうつむいて謝るので、僕は慌ててそう言って励ます。


「そ、そう・・・・・・?」


申し訳なさそうに僕のことを響佳は見つめる。


「うん、そうそう・・・・・・とりあえず、二人で回ろうか。軽音姉さんにはメッセージ送っとくから」


「うん!」


僕が言うと、響佳はぱぁっ、と明るく笑う。

とりあえず僕はメッセージアプリを開き、軽音姉さんに


『はぐれてしまってごめんなさい。お互い二人組でちょっと回ってから後で中央にある太鼓の前で待ち合わせしませんか?』


と送っておいた。やっぱ家族とは思えないくらい硬い文章になってしまったが、軽音姉さんとは普段話さないのだから、許してほしい。


「よし、じゃあ綿あめ買うか?」


「うん!」


ひとまずは響佳が興味を示していた綿あめを購入することにする。


「おっ、お二人さん、カップルかい?安くするよ?」


綿あめ屋で注文しようとすると、人のよさそうなおっちゃんが言った。きっと、手をつないでいたからそう見えたのかもしれない。


「い、いえ、僕らは兄妹なので・・・・・・安くしなくていいですよ」


「は、はい・・・・・・」


『カップル』と呼ばれたことでなんとなくお互い照れ臭くなって、固くなって、手を放してしまう。


「へーぇ・・・・・・仲睦まじい兄妹もいたもんだ。おっちゃんからしたらカップルにしか見えねえなぁ。いくついるんだい?」


うーん……、とおっちゃんは唸りながら言う。僕は「一つでいいですよ」と答える。

するとおっちゃんは慣れた手つきで目の前で器用に機会を操り、あっという間に綿あめを完成させた。ただ、確実に前に買っていった人より量が多い。


「な、なんか両多くないですか・・・・・・!?」


響佳が目を丸くして僕と同じような感想を口にする。


「そうかい?まあいいからいいから。おっちゃんからのサービスだと思って。300円ね」


僕はポケットから財布を取り出し300円と綿あめを交換する。

受け取った綿あめを響佳に渡す。


「えと、ありがとうございました」


「おう、また来年も来なよ」


僕が言うとおっちゃんはにこやかに笑って送り出してくれた。

響佳は、綿あめをかじりながら歩く。

食べながら歩く、というのはとても行儀が悪いことはわかっているが、祭りの日くらいは許してほしい。

ぱく、ぱく、と一生懸命に食べていく響佳を横目で見ていると、響佳はその目線に気が付いたのか、


「・・・・・・あ、おにーちゃんも食べる?」


と僕に綿あめを差し出してくれた。


「え、いいの?」


「いいの。だって買ってくれたのおにーちゃんだし」


「それなら・・・・・・ん、甘い。うまい」


差し出された綿あめをパクっと一口もらう。口の中でじわっと溶け、砂糖の甘みが口の中に広がる。当たり前と言えば当たり前だが。


「あ、ねえねえ!焼きそばあるよ!せっかくだし買っていこうよ!」


響佳が指をさした方向をみると、頭にタオルを巻いたダンディなおっさんが鉄板の上で器用に焼きそばを作り上げている姿が目に入った。

さっきまでは気づかなかった、ソースのいい香りが僕に空腹を感じさせる。


「そうだね。二人分買っていこうか・・・・・・焼きそば2つください」


「はいよ」


注文すると、既に出来上がっていたパックに入っている焼きそばを渡される。すでに出来上がっていたものと言っても、つい先ほど出来上がったものらしく、まだ熱い。

看板を見るとここも一つ300円らしいので、600円を近くに置いてあった、『お代』と書かれた張り紙のある箱に入れてから焼きそば屋を去る。


「ん、うまい」


焼きそばを口に入れた瞬間、口の中にソースの味が広がった。麺は硬すぎず柔らかすぎず、ちょうどよい硬さだ。こういった夏祭りなどのイベントのときだけ開いている出店というのは、麺が変に粉っぽかったり、ちょっと上手いこと解凍ができていなかったりと、どこか不完全なものが多いイメージだったが、この焼きそばはそんなことはなく、普通に夏祭りでなくても食べたくなる。


具材に関しても申し分なく、人参、たまねぎ、ピーマンと言った焼きそばには欠かせないものをたっぷり使われていて、本当に食べていて飽きることのない味だった。


「うん!すっごくおいしー!」


僕の言葉に響佳は美味しそうに焼きそばを口いっぱいに頬張りながら返事をしてくれた。

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