第17話「僕らは、夏祭りの会場に向かって歩き出す」
夏祭りの日はあっという間にやってきた。
奏音と喧嘩のような状態になっているからか、若干の居づらさを覚えながらも毎日家で課題とか課題とかをしていたらやってきた。別に長期休み中に遊ぶ相手がいないとかではない。本当に。ボッチじゃない。修学旅行で一人だったとか、ないし。
・・・・・・ともかく。夏祭りの日はやってきたのだ。
前日に浴衣は家からではなく、祭り会場の近くにある、浴衣をもっていけば着替える場所をタダで提供してくれるという、気前のいい浴衣を貸し出してくれる店で着替えようと話し合った。ただ、軽音姉さんたちの分はあったものの僕は浴衣を持っていなかったうえに、男物の浴衣なんて女性ばかりで暮らしていた家にあるわけもなかったので、僕だけはそのお店で浴衣を借りることにした。ちなみに、こちらはさっきと違って有料だ。
長いこと選んで軽音姉さんたちを待たせるもの悪いと思い、店に入ってすぐに目に留まった、紺色の無地で、帯は黒色のものを借り、着付けをしてもらって店を出たものの、誰一人としていない。やはり女性は男性より着替えに手間がかかるのだろう。
「あ、おにーちゃんもう着替え終わってたんだー! 早いね!」
祭り会場の近く、それも浴衣を貸し出す店の前ということもあり喧噪でにぎわっていた道に、聴きなれた、明るい声が響く。響佳の声だ。
「ちょっと、そんなに走ると転ぶわよ?」
勢いよく店から飛び出た響佳を咎める、軽音姉さんが軽くたしなめる。
「よい……しょ、おっ……と」
軽音姉さんの後ろから転ばないように、ゆっくりと、カツ、カツ、と心地のいい下駄の音を奏でながら歩く奏音。
「ねえねえ、どう? アタシたちの浴衣!」
くるりと軽快に回り、袖を持ち上げてから響佳が聞いてくる。
響佳の浴衣は、白色の生地の上に薄い紫色の綺麗な花の模様が施してあり、明るい、ピンク色に近い色の帯をしていて、響佳によく似合っている。
また、普段は何もつけていないショートカットには綺麗な花のヘアピンがさしてあって、より響佳の美しさを引き立てているように感じる。
「・・・・・・うん、よく似合ってると思うよ。とても綺麗だ」
「そう!? ありがとー! おねーちゃん! アタシ綺麗だってー!」
響佳は振り返り、こちらに近づいてきていた軽音姉さんに軽く走り寄って抱き着く。
「わわっ、ちょ、ちょっと響佳。うれしいけど、今は危ないからやめて頂戴?」
響佳の勢いで少しよろけつつも、何とか響佳を抱きとめた軽音姉さんは、困ったように笑いながら響佳の頭を撫でる。
軽音姉さんの浴衣は、生地は黒色で響佳と同じ薄い紫の花だったり、淡い青色の花だったりが飾られている。そして襟は水色で、帯はそれに合わせて水色を基調としたものになっている。普段以上に、『大人の女性』という感じがして、なんだか緊張してしまう自分がいる。
さらには日本人でもなかなか見ないであろう、長く伸びた綺麗でつやのある黒い髪を後ろでまとめ、花のかんざしをしていて、それがまた彼女の魅力を引き立てているのがオシャレなどをあまり気にしたことのない僕でも分かった。
「・・・・・・? どうしたの、勝?」
じっと見ていたのがばれてしまったのか、首をかしげて軽音姉さんが聞いてくる。
「いや……ちょっと、ああいや、かなり綺麗だったから……正直見蕩れてた」
「ふ、ふーん、そう」
軽音姉さんは何でもなさそうに返事をしたが、顔はうっすらとではあるがわかりやすく、赤くなっていた。
「・・・・・・」
「どーしたの、奏音。ほら、奏音もちゃんと浴衣姿おにーちゃんに見てもらいなよ!」
「ちょ、ちょっとおねーちゃ……っきゃ!?」
軽音姉さんの後ろの方でもじもじとしていた奏音の背中を、響佳が押して奏音は体勢を崩して僕の方に倒れこんできた。
僕は奏音がケガをしないように慌てて手を取る。
「あっ、ぶな……大丈夫、奏音?」
奏音をしっかり立たせてから聞く。
「だ、だいじょうぶ、です……」
奏音は少し震え、うつむいて答える。正直本当に大丈夫なのか不安だ。
「ごめん! 力入れすぎちゃった!」
「『力入れすぎちゃった』じゃあないでしょ、響佳?……家帰ってからちょっとお話しましょうね?」
外の目もあるということもあり、静かに笑って軽音姉さんは言う。・・・・・・その目と声は確実に怒りをはらんでおり、とても笑っている、とは表現しづらかったが。
「あの、その・・・・・・ゆ、浴衣、どう・・・・・・です、か?」
恐る恐る、といった様子で僕の顔色を窺うように上目遣いで奏音は僕に聞いてくる。
きっと、まだあの日のことを引きずっているのだろう。当然僕も引きずっている。仲直りだってまだちゃんとしていない。
けれど今だけ……今日だけは、と言われてから僕は改めて奏音の浴衣姿をじっくり見てみる。
奏音の浴衣は緑色を基調としていて、袖の下や足元のほうに白い花が彩られている。そして特徴的な白い髪には黒色のリボンのついたカチューシャをしており、響佳や軽音姉さんたちとはまた違った良さがある。
「・・・・・・うん、綺麗だよ。響佳や軽音姉さんとは浴衣のベクトルは少し違うけど、すごく似合ってる」
「似合ってる・・・・・・?」
「うん、とても」
「・・・・・・そっか…………そっか、えへへ」
奏音は恥ずかしそうに顔を少し赤くして俯く。そして、再び上目遣いになって、
「・・・・・・ありがと」
とつぶやいた。
僕のことを上目遣いで不安そうに揺れていた瞳が、今は安堵を浮かべているように感じられた。
「さて、そろそろ行きましょうか。夏祭り会場までは歩くから、ケガをしないようにね?」
「じゃーアタシおにーちゃんと手―つなぐー!」
さっと僕の右手を響佳が握る。
「えへへー、なんかちょっと恥ずかしいね?」
響佳は僕の方をチラッと見て照れ臭そうにはにかむ。かわいい。
「・・・・・・アタシが転ばないように、エスコート、してね?」
「あ、ああ……うん」
ちなみに、店から出るときから危なっかしかった奏音の方はというと、軽音姉さんと手をつないでいた。
僕らは、夏祭りの会場に向かって歩き出す。
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