第11話「――なあ、奏音はどうしてラノベ作家を目指してるんだ?」

窓から外を見ると、起きた時には沈みかけだった日は既に沈んでおり、時刻は7時を回っていた。もうすぐご飯ができる頃かもしれない。

僕たちは二人で抱き合って泣いた後、なんとも言えない空気になり、ベッドの上で互いに背を向けて座り込んでいた。

長いことなんとも沈黙が続き、部屋には時計の針が進む音が響くのみ。


「――なあ、奏音はどうしてラノベ作家を目指してるんだ?」


『カッ、カッ、カッ』と急かすような時計の針の音に耐えきれなくなった僕は、とりあえずその場凌ぎのような質問をする。


「――その、憧れたんです。何かに全力で取り組む物語の登場人物……主人公に」


少し間を置いてから、奏音は少し恥ずかしそうにそう答えた。


「そして考えたんです。『あの主人公みたいになるにはどうしたらいいのか』って。思いついたのはたった一つ。『小説を書くこと』。小説を書いて主人公達に触れることで、主人公に近づける気がしたから――」

「それで、主人公に近づくことはできたか?」


僕の質問に、奏音はスッと黙り込んでしまう。


「……どうした?」

「――その、すごく言いづらいんですけど……」

「いいよ。なんだって聞いてやろう。手伝ってやろう。僕はお前のおにーさんだから」

「ワタシ、小説を書くのに夢中になりすぎて、それ以外のことを全部放り出してやってきてしまったから、いつの間にか、家族達の、姉さん達の、母さん達との間に、距離ができてしまって……どうやったら、昔みたいに戻れるかなって、こんなんじゃ主人公なんて夢のまた夢だなって……」


奏音は言いながら泣いているようだった。

僕は少し考えてから口を開く。


「わかった。僕がどうにか――いや、手伝ってやろう」


『どうにかする』のはなんだか違う気がして言い直した。

だってこれは、冷たい言い方かもしれないけれど、奏音自身の問題だから。


「ありがとうございます……」


まだ泣いている奏音の頭を僕はさっきしてもらったように、そっと、優しく、撫でる。

さっき話を聞いてもらった時は、どっちが年上かわからなくなってしまうほどまでに甘えてしまったが、甘えてばかりではいられない。


「かのーん?おにーちゃーんいるー?いたらご飯できたから降りてきてねー」


不意に、コンコン、とドアが叩かれドアの向こうから響佳の声がする。


「ああ、いるよ。すぐにいく」


僕は答えない奏音の代わりに返事をする。


「わかったー」


響佳が下へ階段を降りる音がした。


「さて、行くか」


僕は立ち上がって奏音に手を差し出す。


「また黙っちゃった……」


奏音は俯きつぶやいて僕の手は取らずにスッと立ち上がる。

そして本棚から小説を取り出してーーって。


「おい、なんで本?」

「だって、ご飯ですから」

「え?」

「え?」


僕は奏音の答えに唖然とし、奏音は僕の返事に唖然とする。


「いやいや、おかしいだろ?!家族でご飯食べる時間っていうのはこう、団欒みたいなもので、今日あった出来事とか色々、話す時だろ?」

「え?そうなんですか?ワタシいつも小説読んでますけど……」


奏音の返事を聞いて、なるほど。だいたいわかった。


「お前自分から家族と関わる時間潰しちゃってるんだよ。自分の趣味とか興味を優先しすぎて。それは本来悪いことではないけど、度を過ぎると相手に『こっちに興味は無いんだ』って思わせちまう。まずはそっから改善していこう」

僕は奏音の手からそっと本を取り、小さいテーブルの上に置く。


「さ、いこう。家族のとこに」


僕らは階段を降りて行った。

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