第10話「辛いことがあったときは、話して、頼っていいんですよ?おにーさん?」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
ワタシはそんな懺悔ざんげの声に起こされた。
勝さんは必死に、許しを乞うように、先ほどまで枕にしていたワタシの太腿ふとももに頭をグッと押し付けながら泣いている。
ワタシの太腿は勝さんの涙と鼻水で濡れてしまっていた。
ワタシは不快というより、心配になった。
どうして勝さんは、こんなにも必死に謝っているんだろうか。
「……?どうしたんですか?」
ワタシはそっと頭を撫でながら訊く。
「ああ……そうか……夢か……。いや、なんでもない、大丈夫だよ、奏音」
勝さんは顔をあげてキョロキョロ頭を見渡し、顔の涙と鼻水を拭ってから答える。
「うそ、ですよね。誰がどう見ても普通じゃなかったです。大丈夫そうじゃなかったです」
ワタシが言うと、勝さんは「いやー、あはは……」と誤魔化すように、困ったように頭をぽりぽりとかきながら笑った。
「話なら聞いてあげます。もちろん、話したくないなら別にいいですが。辛いことがあったときは、話して、頼っていいんですよ?おにーさん?」
ワタシは勝さんの頭を撫でながらニコッと笑う。
「ああ……ちょっとだけ、遠い昔の夢を見たんだ……」
勝さんはワタシの横に座って話し始める。
「偶然ですね、ワタシも見ました」
「そうなんだ、不思議だな」
勝さんはぎこちなく少し口角を上げて笑ってみせる。
「……僕にも昔、血の繋がった実の母がいたんだ」
「うん」
ゆっくりと口を開いて勝さんは言葉を紡ぐ。
ワタシはそれを一つ一つ飲み込んでから相槌を打つ。
「母さんは僕のことをいい大学……に通わせようと、小学2年生の頃から僕に勉強することを強いたんだ」
「うん」
「当時の僕は必死に頑張っているつもりだった。だけど僕の成績は一向に上がらなかった。それに母さんは激怒した」
「うん」
「親父は僕のことを庇ってくれたけど、そのせいで離婚することになったんだ……」
「うん」
勝さんはまた泣き出しそうになりながら言う。ワタシはただ相槌を打って、次の言葉を待つ。
「最愛の人と別れることになるなんて、想像するだけでも辛い。それを親父に強いてしまった……それが申し訳なくて、家族が壊れていくのに、その中心にいるのに、何もできなかった自分の無力感が嫌で――」
「うん」
勝さんの夢の話は終わりに見えたけれど、まだ何か話したいことがある様子だった。
ワタシは黙って話し始めるのを待つ。
「――……だけど実はさ、親父たちが離婚してからも僕は頑張ってたんだ。『僕の成績が良くなればきっと復縁してくれる』って信じて」
「うん」
やっぱり、まだ続きがあった。
「けど母さんは……僕が小学六年生中になる頃に……再婚したんだ。別の人と」
「うん」
勝さんは悔しそうに言った。
「僕の今までの努力は無駄だったんだって、そう思った。もう努力しなくていいなって救われたような気もした」
「うん」
「だけど見ちゃったんだよ,知っちゃったんだよ。……親父が、再婚の話を聞いて、泣いてるところを。とても母さんのことを愛していたことを」
「うん」
「僕は僕を助けてくれた人を悲しませてしまった……辛い思いをさせてしまった……僕はそれが何よりも辛かった……」
「うん」
「それから、中学生になったあたりから努力が実ってしまったのか、成績が驚くほど伸びた。一番ではないけれど、かなり上の成績を納めてしまった」
「うん」
「僕は僕を呪ったよ。『どうしてもっと早くに実らなかったんだ』って。『もっと早く実ってれば、親父に辛い思いをさせずに済んだのに』って」
「うん」
勝さんの瞳からぼろぼろと涙が溢れる。
「それでっ……それでっっっ……!!」
ワタシは耐えきれなくなって、勝さんのことをギュッと抱きしめる。
勝さんの表情は見えない。
驚いているだろうか。まだ泣いているだろうか。
ワタシは勝さんを強く抱き締めながら頭を撫でる。
「よく――よーく、頑張りました。あなたの辛さは、努力は、伝わってきました――。勝さん、少なくともあなたが頑張って手に入れた力で、ワタシは救われました」
少しだけ涙が溢れる。
「えっ……?」
耳元で勝さんの驚いた素っ頓狂な声がする。
「ワタシ、初めてだったんです、感想をもらったの。今までネットに上げても感想が来たことなんて、あんなに細かく感想をもらえたことなんて、なかったんです。ワタシはすごく嬉しかった。『ああ、ちゃんと読んでくれてる』って」
「そう……なんだ……僕は……僕の頑張りは、親父じゃなかったけど、君を喜ばせられたんだね……それなら……よかったかもしれない……」
ワタシ達は、二人抱き合って長いこと泣いていた。
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