第32話 慮外の再会

「これはまずいな……」

 長くボサボサに伸びた髪の毛をかきあげた男が眉間にしわを寄せた。

 彼の名はクンメル。クラリスとの戦闘の後、大怪我を負ったチッタとガクを治療するため、彼らを運び込んだレイネルという村であたしたちを受け入れてくれた男性で、 魔法の研究をしているという。

 みるとチッタの受けた傷は化膿しているのか変色しており、苦しそうに繰り返す呼吸と噴出す汗がその状況の悪さを物語っていた。

 ガクは右足の痛みがひどくそのおかげで精霊の力が使えないようで、あたしたちは彼らの怪我を癒す術を失っていた。

 多少の止血はしたがチッタの全身に刻まれた切り傷が痛々しく、そしてそれがクラリスの力の大きさを表していた。

「アクナ、あいつを呼んできてくれないか。もしかしたらどうにかなるかもしれん」

 真剣な顔をして助手のアクナさんに声をかけたクンメルはうつむいた。 彼女が部屋を出て行き、部屋の中にはベッドの上に横たわるチッタと、足を固定しソファに座るガク、そしてクンメルとエリスとティリス、あたしが残された。

「ごめん、俺のせいだ……力を使えればチッタは……」

「いいえ、私の責任よ。もしあの時私を庇わなければあなたは……」

 ガクの発言に、初めて見るエリスさんの傷ついた顔だった。 巻き込んだことに対する責任を感じているのかもしれない、とあたしは思った。

「誰の責任というわけではないわ。私がもっと強ければ誰も怪我なんてしなかったとも言える。今はチッタが助かることだけを考えましょう」

 ティリスの言うことはもっともで言葉を失った二人は再び沈黙する。

 

 と、その時扉を開けてアクナさんが戻ってきた。

 そのあとに男性が続けて入ってくる。

「怪我をした旅人というのはその子か?」

 見覚えのある声、その顔を一目した瞬間、あたしは驚愕した。 元の世界にいた時からずっと行方を心配していたあの人……。

「お父さん……」

 彼の栗色の瞳が仰天の色に染まる。

「結衣菜どうしてここに?」

「それはいろいろあって……」

 思いもよらぬ再会に涙が溢れそうになるがあたしは必死で我慢した。

「それより、お父さん、チッタを助けて……!」

 あたしの言葉に、彼は頷いた。




「呪いがかかってるな」

 あたしの父、春樹がチッタを診始めてから数分、彼はそんな言葉を発した。

「呪い?」

 ティリスが聞き返す。

「ああ、幸いこれは解呪し易いものだが最悪、死に至る。早めに処置をしないと。クンメル、儀式に使う物を書き出すから用意をしてくれないか」

 頷くクンメルは渡されたメモを見てアクナさんを連れ、部屋を出て行った。

「お父さん、チッタは良くなるの?」

 頷く彼に、あたしは安心したがそれとは裏腹に彼は表情を曇らせる。

「しかし一体何があったんだ。こんな呪いが付加される魔法なんて、相当修練を積んだ魔導師でないと使用することはできない」

「それは……説明するね」




 あたしはこの世界に突然飛ばされてしまったこと、帰る方法を探していること、そのためにカル・パリデュア遺跡に向かっていること、クラリスという魔導師のことなどを話した。

 お父さんは普段は植物学者をやっているのだが、植物の採集に出かけた際にあたしと同じくこの世界に飛ばされてしまい、それからずっとこのレイネルでクンメルさんに協力をしてもらって帰る方法を探していたのだという。

 お父さんもオリゾント族が〈空渡り〉をする種族だということ、カル・パリデュア遺跡が世界の扉を開くのに関係がありそうだということまでは掴んでいたらしい。

「しかしこれがどうにも解読できなくてね。遺跡を建造したクワィアンチャー族の古書なんだが」

 クンメルが持ち出した古ぼけた本は何やら難しそうな文字が羅列しており、到底あたしには何が何やらわからないものだった。 ちょっと見せて、と先ほどの古書を手にとったガクが興味深そうに眺める。

「ところどころ挿絵のようなものがあるところは見当がつくのだけどな」

 そういった父はチッタの解呪のための儀式を始めたようで、何やら複雑な呪文を唱え出す。

 一瞬周りが暗くなったと思うと明るくなり、 父が微笑んだ。

「これでこの子は大丈夫だ。あとは安静にしていればじきに治るだろう」

 一同の安堵した声が部屋の中に漏れていた。




 それから五日後、チッタの回復力は恐るべきもので、ガクの足が良くなってからは彼の力のおかげで、治療も一気に終わったようであった。

 三日も意識を失っていた彼は目を覚ました瞬間お腹が空いた! 肉が食べたい! と言って相変わらずの元気でみんなを笑わせた。

 古代の文字の羅列の何が面白いのか、ガクは療養中ずっと例の古書を眺めていたようで、ある時神妙な面持ちでみんなに話したいことがある、と持ちかけた。

「話したいことって?」

 エリスさんが尋ねる。 クラリス襲撃の一件以来、二人は少しだけ打ち解けたようであった。

「ユイナとハルキさんが元の世界に戻る方法がわかったんだ」

 驚愕する一同に彼は続けた。

「読めるんだ、なんでかわからないけど、細かいところまで全部。まるで最初から知ってたみたいに」

 また一つ謎が増えた彼の言葉に、皆が注意を示した。

「一体なにがわかったの?」

 急かすティリスに今話すから、と彼は例の古書を開いた。


「ユイナたちが帰るためには世界の扉を開くことが必要だって言われてたろう? その方法がこの、カル・パリデュア遺跡の章に書いてあったんだ」

 彼が指差した場所を眺めてはみたが、相変わらずよくわからない文字が羅列しているだけであった。

「これによると遺跡は九つあって、その本殿である儀式をすることによって扉が開くらしい。 儀式に必要なものは薬草が数種類、ぺぺ砂漠の砂が少量、魔宝石を九片。そこまではいいんだけど……」

 そう言って彼は少し苦い顔をした。

「ほかにはなにがいるのー?」

 明るい声を出したチッタに彼は答えた。

「クワィアンチャー族とパリスレンドラー族。彼らがいないと扉を開けることができないらしいんだ」

 そういった彼にあたしは疑問を投げかけた。

「ガクとエリスさんがいるよ?」

 そうなんだけど、と彼は言葉を切った。

「パリスレンドラー族が問題なんだ。対になる二人、ないしは三人と書いてある。ということは……」

「クラリスの協力が必要不可欠ということね」

 ティリスの言葉に彼が頷く。

「そんな……」

 落ち込むあたしに父が大丈夫、きっとどうにかなるさ、と肩を叩いた。

「それはそうとして、カル・パリデュア遺跡は九つあるんだろう? 一体どこが本殿だってわかるんだ?」

 父の言葉にガクが恐らくだけど……と、いつも首から下げているがあたしたちに一度も見せたことのないペンダントを外した。

 円をかたどっているがところどころに穴が空いている不思議な形をした金色のペンダントだった。

「遺跡の位置はクワィアンチャーの王位継承権の証であるペンダントに記される、と書いてある」

 彼が指差した古書の一説には先ほどのペンダントと酷似した模様が記されていた。

「王族? クワィアンチャーの王家の姓名はキュレン……もしかして、ガクは本当に……」

 察したようにつぶやくティリスにガクは続けた。

「俺が王族かどうかはわからない。でも、もしこれが本当にそのペンダントだったら、この呪文を唱えれば遺跡の位置がわかるらしいんだ」

 彼は一呼吸おくと目をつむり、クワィアンチャーのものであろう今まで聞いたことのない発音の言葉を発した。

 するとペンダントの端々から光が漏れ、文字が刻まれるように赤く発光した。

 驚く皆を見て自分でも半ば半信半疑だったのか、言い出した本人のガクが本物だったんだ……とつぶやいた。

「これが遺跡の場所?」

 魔宝石が浮き出した場所を指差してエリスさんが言った。

「ああ、恐らく、この真ん中のものが本殿だろう。まって、何か文字が……ソノ 遺跡、……天 カラ 賜 リシ ……力 ヲ 祀 ル。……王家 ノ ……血筋 ヲ 引 カヌ 者、 ……ソノ 扉 ヲ 開 ケル コト 叶 ワズ ……?」

「王族以外は遺跡の扉を開けられないってこと?」

 そういったティリスにチッタが返す。

「ガクがいるから大丈夫だろ!」

 ニカッと笑った彼にガクは微笑んだ。


 こうして、あたしたちは父を仲間に加え、ぺぺ砂漠にあるカル・パリデュア遺跡へと歩を進め始めたのだった。

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