第33話 光と星の決意
その夜、なんだか眠れなかったあたしは寝床から出て、魔結界の中で少し散歩をしようと歩き始めていた。
あたし達はレイネルを出た後、ペペ砂漠の道中にポツンと存在するオアシスで野宿をしていたのだった。
昼間の暑さは夢だったのかと紛うほど、ぺぺ砂漠の夜はそのイメージとは変わってとても寒く、アズルフとロイドが新しく用意してくれた長袖の旅着の意味を伺うことが出来る。
ふと寝ているスイフトの横を通った時、その向こうから誰かの声が聞こえてきた。
「それにしてもハルキさんに出会えてよかったよな。ユイナも安心だろう」
ガクの声だ。
そういえば今日の見張りは二人だったか、どうやらエリスさんと話しているらしい。
「そうね。とても考えられないような偶然だけど……いいえ、全ての事柄は必ずどこかで繋がっているのよね」
意味深な言葉を発するエリスにガクがどんな表情をしているのか、スイフトの影からは伺うことができなかった。
「繋がっている、ね。……クワィアンチャー族の俺とパリスレンドラー族の君が出会ったこともきっと必然だったんだろうな」
呟くように言った彼のその言葉は小さいながら、静かな夜のオアシスではよく聞き取ることができる。
「突然どうしたのよ。いままでずっとその話題は避けていたようだったけれど……」
少し面食らったような声だった。
「……俺はもう逃げないことにするよ、エリス。自分自身の運命から、使命から」
「ガク……ありがとう」
完全に出て行くタイミングを失ったあたしはそこから動けず、オアシスの水を求めてやってきたトカゲが、あたしの足元を歩いて行った。
「あと、話さなくちゃいけないことがあるんだ」
「話さなくちゃいけないこと?」
聞き返したエリスにガクが返す。
「ああ、クワィアンチャー族の本を読んでてわかったことなんだけど」
何か新しいことがわかったのかな?
ガクがレイネルを出る際にクンメルさんから例の古書を貰っていたのをあたしは思い出した。
「ああ、あの本……それで、何がわかったの?」
「世界の扉を開ける方法の話だ。ユイナたちに伝えてないことが二つある」
「……隠していたの?」
ガクが隠し事? 一体何を。
「きっと言ってしまえばユイナは別の方法を探すと言い出すからね。あの子は優しい子だし。でも、他の方法もないんだ。ユイナたちが自分の力を制御できるようになるのに一体どれほどかかるのか……そもそも制御できるようになるという保証もないし。だから言わなかった」
「そう……それで、それはどんなこと?」
砂漠の夜の風が少し鈍ったように感じた。
「扉を開けるために必要なもの。この前言ったものの他に、クワィアンチャー族の時とパリスレンドラー族の魂が必要と書いてあった」
「時と魂……」
どういうこと……エリスさんとガクは……。
「俺は……一体どうなるのか、俺自身の”時”を失うらしい。本来はその儀式をする際、何人ものクワィアンチャー族が協力をするから犠牲は少ないらしいけど、今回は俺一人だからどのくらいの時間を失うのかわからない。パリスレンドラー族の方は……」
「魂ね……覚悟はできているわ。元より、光の御子として生まれ落ちた時から、この魂は世界のもの。それに、今崩れかけている世界のバランスを戻すことができたとしても、その代償として私達双子は息絶えるでしょう。パリスレンドラー族は生まれるときも死ぬときもその時を同じくするの。それも、私達の宿命」
思い沈黙が訪れ、暗闇に広がる砂漠の砂だけがサラサラと音を立てて風に舞った。
空には月が白く強く輝いていて他の星々はそれに遠慮するように瞬く。
なぜかそれがとても悲しいもののように感じられた。
「なぁ……エリス」
重い口を開けたのはガクで、なぁに、と返したエリスさんの声が少し柔らかく感じた。
「すごいくだらないことだけど……俺、今の旅、びっくりするほど楽しいんだ。アシッドが嫌いなわけじゃないけど、やっぱり虐げられて暮らすのは辛かったのも、あるかもしれない。たまたまユイナとチッタ、ティリス、あの三人と出会って。決して楽じゃなかったけれど、いろんなところを旅して。なんだか少しだけ、救われた気がするんだ。自分の過去のこともわからない俺を、暖かく受け入れてくれたあいつらにすごく感謝してる。ティリスこそ初めは戸惑ったと言っていたけど、彼女も歩み寄ろうとしてくれた。だから、俺がこれからの時全てを犠牲にしようと、それまでの時間はいままで以上に大事にしたいと思うんだ」
そう……と、エリスさんは返した。
それは興味がない返答ではなく、彼の意思を認めた声のように感じた。
エリスさんもふと思い出したように話し出す。
「私は……私にとって話し相手なんて、弟と妹しかいなかったわ。光の御子として生まれた私を、両親はまるで精霊でも見るかのように崇めた。私はそれが気持ち悪かった。その両親が、普通の子として生まれてきた妹に、まるで不必要だというように接していたことも、私は気づいていた。でも私は光の御子として、使命を優先した。……後悔しているの。妹を置いてきたこと、弟の変化に気付けなかったこと。いつだっていい姉でいようと、尽くしてきた。でも……ダメだったのね……どこで間違えたのかしら……私は、一人の人間じゃなくて、御子……なのよ」
震えた声でそう絞り出すように言った、彼女にガクが返す。
「大丈夫だよ、俺もみんなも、ただ御子として君のことを見ているわけじゃない。君はパリスレンドラー族でもあり、光の御子でもあるけど、それ以前にエリス・ベンチャーなんだよ」
その言葉に彼女が笑みを漏らしたのが聞こえた。
「ふふ、そうね。ありがとう。だからきっと私……。いいえ、まずはクラリスよ。あの子をどうにかしない限り、この世界はバランスを崩して滅びてしまう。きっと彼は誰かに操られているわ。あの時見たあの子の目は魔法をかけられているように見えた。……そしてその術者も、おそらく遺跡にいるわ」
「そうだね。俺もそう思う。クラリスはきっと一筋縄ではいかないだろうな。何か考えないと」
ガクの言葉に、人並みではないクラリスの強さを思い出しあたしは恐怖した。
遺跡に行ったらまた彼と対峙することになるのだろうか。
ぶるっと身震いをしたあたしは急に怖くなり、寝床に戻ることにした。
扉を開くための犠牲……彼らが話していたことを、あたしはどう考えたらいいのだろうか。
美しく輝く月だけが、冷たく夜空を照らしていた。
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