第31話 血塗れた黒
その後結局、エリスさんはクラリスを探すなら一緒に行動したほうがいいという事で、あたしたちの旅に同行することに決まったが、依然ガクとの関係は心配であった。
ガクは相当辛いだろう。
想像することしかできないけれど、今までずっと理由もわからず差別され続けてきたのに、突然あなたには世界を救うのに協力してもらうなんて、そんな理不尽なことがあるだろうか。
エリスさんはガクがどんなことを体験してきたのかを知る由もないし仕方がないのだろうが、二人の初めての接触は最悪なものであるのは明らかだった。
彼女と出会ってからもう四日経ったが、未だにガクとの和解は見られない。
その間、彼女は弟であるクラリスがどんな人物だったか、どのようにして彼らが使命を果たしているのか等、沢山のことを話してくれた。 エリスさんとクラリスの双子には年の離れたディアナという妹がいるらしく、その子はまだ私より少し幼いため、両親の元に彼女を置いてきてしまったことを少し後悔していると言っていた。
「本当は、使命を果たす旅なんかに出ないで、ずっと同じ場所で家族と仲良く普通に暮らせたらよかったのに……」
そう言って遠くを見たエリスさんの目はどこか悲しそうで、ガクのそれと似たようなものを感じた。
そんなこと言ったらダメね、早くクラリスが見つかるといいのだけど、と笑ったエリスさんにあたしは少し切なくなったのを覚えている。
アグリア平原からペペ砂漠へと向かう道は広く見晴らしがよかったがだんだんと岩場が多くなって草木が少なくなっているように見えた。 気温も明らかに上がってきており、雪国であるディクライット出身のティリスはやはり辛いのか、暑いわね……と汗をぬぐっているのが見えた。
同じくディクライットで長らく過ごしていたスイフトも辛そうにしており、あたしたちの歩みは以前よりかなり遅くなっている。 カンカンと照る暑さと歩みの遅さのせいで魔物に遭遇することが多いため、皆一様に苛立ちがたまっているように見えた。 と、そのとき大きめのミミズのような魔物が砂の中から現れあたしたちに立ちはだかった。
それと同時に激しい砂嵐が巻き起こる。
「レーゲンヴァームよ!」
エリスがそう叫びその魔物と距離をとる。
ティリスが大きく振りかぶりそれを横に二分するように振ると、なんと剣筋が描いた場所だけ砂のように変化しその魔物は攻撃を避けたのだった。 驚いたティリスが後ろに引き続けて攻撃をしようとするチッタを制止した。
「あの魔物を倒すなら水で固めて粉砕するしかないわ!」
そういったエリスの言葉にあたしは反応し水の魔法を唱えようとしたがまっすぐ突進してきた魔物によって妨げられた。 とっさにあたしの手を引っ張ったのはガクで、彼が何かをつぶやく。
「水の精霊よ……全ての恵みの水よ、どうか俺に力を貸してください」
そう言って目をつむりレーゲンヴァームの方に手を向けると魔物の周りに無数の水玉が出現し、彼が手を握った瞬間それが一気に収束する。
また彼の瞳の色が赤く染まっていた。
甲高い悲鳴を上げて固まったその魔物の姿を見てエリスが再び強烈な蹴りを繰り出し、チッタがそれに続く。 と、そのとき突然レーゲンヴァームが弾け飛んだ。
文字通りそれは爆発したように粉砕し、吹き飛ばされたチッタとエリスが体勢を立て直すとそこには見覚えのある黒い姿、クラリスが立っていた。
いつの間にか、砂嵐は止んでいた。
「こんな雑魚に手こずるとはね」
相変わらずの嫌味な言葉を吐き出した彼にエリスが叫ぶ。
「クラリス! よかった、無事だったのね!」
やはり彼女の弟とこのクラリスは同一人物だったらしい。
しかし、彼の反応は違った。
「誰だ。馴れ馴れしく話しかけられるいわれはない」
エリスが面食らった表情を見せた。
「な、何を言っているの? あなたの姉よ、エリスよ?」
「僕に姉などいない。消えろ」
そう言って彼は彼女に向かって闇のように暗い魔法を繰り出す。
テーラの時と同じものだ。
エリスを庇って突き飛ばしたガクが足に魔法を受け、崩れ落ちる。
その足は血に濡れていた。
動けなくなったガクに近づこうとするクラリスにチッタとティリスが制止しようとするが、突然消えたかと思うと彼は一瞬ののちにティリスの目の前に立っており、意表を突かれた彼女が剣とともにその体を弾き飛ばされる。
あ、あたしも何かしなきゃ……! 恐怖で体が動かない。
「この野郎!」
激怒したチッタが狼姿で向かっていくとクラリスは真正面から何か魔法を唱え、弾き飛ばされたチッタの体は切り裂かれて血に濡れており、人間姿に戻ってしまっていた。
意識のない彼の体がグッタリと砂に倒れていた。
エリスさんはショックを受けているようで、呆然とへたり込んでいる。 あたしは……どうしたら……。
そのとき、不意にあたしの竜の証が光った気がした。
このペンダントはあたしの力を増幅してくれる……そうだ、魔法……! あたしはオリゾント族の人たちに教えてもらった呪文を唱えた。
闇には光を……!
「エーフビィ・ビアーインドュルケンデ・リヒト!」
荘厳な光があたしの手のひらから迸り、クラリスの放った魔法をかき消した。
「ふっ……光の魔法を覚えたか。これは警告だ。僕のことを嗅ぎまわるな」
それだけ言うと、彼はまた景色に溶け込むように消えてしまったのだった。
倒れた二人の血が砂に染み入って、赤黒色の染みが広がって行くのを、あたしはただ呆然と見つめていた。
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