深影の森〜ニクセリーヌ国編
第13話 深影を喰らうもの
アシッドの村を出発して東の砂漠にある遺跡を目指す前にまず、あたしたちは当初の目的地であった東のペペ山脈を越えた先にあるテーラを目指していた。
ディクライット領とテーラを隔てるぺぺ山脈を迂回するには北の水中都市、ニクセリーヌという場所を通らなければならないという。
「で、そのニクセリーヌってとこに行くにはどっちにいけばいいのー?」
チッタがぴょんと跳ねた前髪を揺らし、ティリスが地図を見ながら答える。
「ニクセリーヌはここから北に直進……なのだけれど途中に深影の森があるから、そこを通らなければならないわね」
「深影の森って、恐ろしい魔物が出るっていう、あの……?」
ガクの声が少しくぐもり、その噂の信憑性を高める。
「ええ、私もどんな魔物なのかは知らないのだけれど。まあこの四人なら特に問題はないでしょう。 騎士団では深影の森の魔物を討伐するような案件は聞いていないし……」
あまり心配してなさそうな彼女にうーん、と呻いたガクが心配そうに眉を寄せる。
「村のやつらが怖がって誰も通らないような場所なんだけど、大丈夫かなあ」
「どんな魔物なんだろ……」
未だ不安そうな彼の言葉に思わず声が漏れたあたしにチッタが声を上げる。
「どんなのが出てきても倒せばいーだろ! ユイナも戦えるしな!」
にかっと笑う彼にあたしとガクは顔を見合わせる。
尚もぬぐえない不安の中、あたし達は深影の森へと歩を進めたのだった。
深影の森は名前の通りとても暗い森で、松明を付けていても薄暗いその道を慎重に進んでいく。
「足元、気を付けてね」
ガクがそういった瞬間、あたしは木の根に躓いた。
悲鳴を上げ転びかけたあたしをチッタが支える。
「気をつけろよー!」
「あ、ありがとうチッタ……」
そういってあたしはまたよろけながら歩き出した。
特段魔物が出ると言うわけではなかったが、複雑に絡み合う木の根を避け懸命に歩を進めるため荷物を運ぶスイフトがとても歩きにくいようで、中々速度は上がらなかった。
そうしながらもゆっくり三時間ほど歩いた時、ティリスが言った。
「変ね。鳥の声がしなくなったわ」
「ほんとだー! あと何か臭い!」
チッタの言葉に訝しげに目を細めるティリスにガクが言う。
「気のせいだと思いたいけど……例の魔物じゃ……」
と、その時ティリスの背後で何か大きくて黒いものがうごめいた。
「ティリス! 後ろ!」
振り返ったティリスが凍り付き、悲鳴を上げる。
その姿を現したのはとても大きな蜘蛛で、じりじりと近づき、ティリスが後退る。
「ティリス! 剣! 何やってんだ!」
チッタの声かけにハッとした彼女が、剣を引き抜く。
少し、いつもの彼女とは様子が違う。
「あいつ、蜘蛛ダメなんだよ!」
そう叫んだチッタが彼女の腕を引き間一髪のところで蜘蛛の一撃を免れ、後ろにあった大木がもろく崩れた。
あんな太い足に殴られたらひとたまりもない。ましてや噛まれでもしたら……。
ごめんなさいと謝るティリスにしっかりしろよとチッタが励まし、あたしは叫んだ。
「あれは何なの?」
「スピィンネと言う魔物だ! でもあいつらは群れで動く魔物のはず……」
「ということは……」
肩に冷たく、ネバネバとした感触。
……嫌な予感がした。
「上だ!」
チッタが叫び、再びティリスの悲鳴が聞こえる。
上を見ると信じられない数のスピィンネが糸を伝って降りてきていた。
「あんな数、とても敵わないわ」
「泣き言言うなよティリス!」
そういってチッタは狼姿に変身し、ガクは村を出るときに持ってきた槍で応戦しているが、その長さのためにスピィンネ達が吐く糸が絡まり、思うように動けなくなっている。
この前のストーレンの時よりは戦えるが、スピィンネの固い甲羅には全く効き目がなく、じりじりと追い詰められたあたしたち四人の背中がくっつく。
スイフトが怯えたように鳴きヴィティアが唸りながら火を吹いた。
その火に、スピィンネの一部が一瞬たじろぐ。
火が苦手……?
「……エーフビィ・メラフ!」
例の如く、あたしはその両手をかざし炎の魔法を発動させた。
あたしたちの周りを囲んでいたスピィンネが一斉に後退する。
あともう少し……!
「エーフビィ・メラフ!」
前よりももっと大きな炎。
それに運よく吹いた風により炎の竜巻のようなものが巻き起こり、怯えたスピィンネ達は後ろを向いて逃げていった。
「ユイナ、ありがとう。もしあなたがいなければ……」
ティリスが声をかけるのと同時にチッタが叫ぶ。
「安心するのはまだ早いよ! もっとやばいことになった!」
見ると、あたしが生み出した炎が木に燃え移り、みるみるうちに火が広がっていく。
これじゃあ火事になっちゃう……!
「ユイナ! 水の魔法!」
チッタの問いにあたしは首を振る。
「使えない! 呪文を知らないもの!」
「エーフビィ・ヴァッサーよユイナ!」
そういったティリスも呪文を唱え発動させるが、彼女の生み出す少量の水では炎の勢いは強まるばかりだ。
「エーフビィ・ヴァッサー!」
微量の水が出たがそれでは全然足りない。
どうしよう……。
その時、炎で赤く染まる森の中に何か、人影のようなものが見える。
悠然と動くその姿に、あたしの目は奪われてしまったのだった。
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