第14話 焔に揺れる人影
あんなところにいたら助からない……!
燃え盛る炎の中、その人影はまるで安全な場所へ動物たちを誘導しているように見えるのだ。
一体どういうこと……?
と、その時先ほどからガクの姿が見えないことに気がつく。
「……ガク?」
辺りを見回すが、煙に隠れて見えないようだった。
と、先ほどの場所に再び目線を戻すと先ほどのあの人影は消えていた。
なんだったの……?
そう思った刹那、突然頭に冷たいものを感じた。
いつの間に雲が出てきたのだろうか。
「雨だ! 助かったぞ!」
チッタが叫び、ティリスもよかった……と安堵の声を漏らし、安心する彼らに先ほどまで姿が見えなかったガクが当たり前のように口を開いた。
「スピィンネが追いかけて来ないうちに早く森を抜けよう。出口はもうすぐだ」
降り注ぐ雨に濡れながら笑った彼の服の端が少し焦げているのが見えた。
火に引っ掛けたのかな……?
そんなことを考えながらあたし達はまた歩を進め始めたのだった。
その後、雨が止んだ深影の森では運よく魔物には出会わずスピィンネも追いかけては来ていなかった。
ただネバネバとくっつくスピィンネの糸はなかなか取ることができず、ティリスが少し落ち込んでいるようだった。
「あともうすこし!」
そう言って走り出したチッタを追いかけ森を抜けると、突然目の前一面に美しい海が広がる。
「すごい! 海だ!」
「私もこんなに近くで見るのは初めてだわ……こんなに広いのね……」
微笑む彼女の隣でガクは少し怪訝な顔をしていた。
「どうしたの? ガク」
あたしが問うと彼はハッとしてこちらを見る。
「あ、いや……。来たことないはずなのになんだかこの景色、見たことある気がして。おかしいなぁ」
「忘れてるだけじゃねーのー?」
そう言ったチッタにガクはそうかな……と尚も訝しげな表情を変えない。
と、その時、日が高く登った海の上に何かキラキラと光るものが見えた。
「あれは何?」
あたしが尋ねるとティリスが答えた。
「あれは多分、ニクセリーヌの名物、浮き水よ。日を反射して輝いているのね」
「水が浮いているの?」
「ええ、そう聞くわ。なんでも、魔法の一種なのだとか」
へぇー、と一呼吸置いた後にチッタが言った。
「じゃああの水の玉のとこまで行けばニクセリーヌに着くってことだな!」
その言葉にティリスが頷き、競争! と走り出したチッタをあたし達はゆっくりと追いかけていった。
ニクセリーヌはとても美しい国だった。
広がる透明度の高い海の中には色とりどりの魚が泳ぎ、海の奥には建物のようなものが続いている。先ほど見た通りの水の玉が海面の上を浮き、その中にも泳ぐものがあった。人の姿の上半身に魚のヒレを持った下半身……。
「人魚!」
「ニンギョ?」
チッタがきょとんとした顔で聞き返す。
「あの人たちは?」
「彼らはそう、おそらくニクセリーヌの人たちね。果たして歓迎してくれるかどうか」
ガクの問いに答えた彼女は少し心配しているようだった。
「というかどうやってこの国を通り抜けるのー? ここを通らなきゃテーラにはいけないんでしょ? 水の中だぜー?」
そう言ってチッタが水の中に続く美しい街を見やる。
「あたし泳げない……」
そう呟いたあたしにガクがえっ! と反応する。
「泳げなかったの?」
「うん……」
鍾乳洞の一件を言っているのだろう、謝る彼にあたしは大丈夫と返事をした。
「そういやティリスはもう大丈夫なの? 蜘蛛」
「えっ。あ、ええ……大丈夫。ごめんなさい、全然役に立てなくて」
心配するチッタを見て申し訳なさそうにするティリスにガクがしょうがないよと声をかける。
「ところでなんで蜘蛛が苦手なの?」
あたしの問いにティリスはえっと……とくちごもる。
「昔ディランと俺と遊んでた時にあんな感じの魔物に襲われたんだよっ。あれよりもっとちっちゃかったけど」
チッタの言葉にガクがディラン? と聞き返す。
「ディランはチッタと同じ、私の幼馴染で……」
「ティリスと結婚するの!」
被せたチッタの言葉にガクとあたしは驚きの声を上げる。
『恋人?』
「うん、この前手紙きてた! あれ、もうしたんだっけ、まだだっけ?」
「ちょ、ちょっと待ってチッタ! ディランは今行方不明で……」
ティリスの言葉にチッタが目を丸くする。
「いないの?」
「ええ、なにがあったのか……」
うーん、とチッタが口を開く。
「まぁあいつなら大丈夫だろ!」
そういってニカッと笑うチッタにティリスはなおも心配そうな視線を投げかける。
「でも意外だな。怖いもんなんてなさそうなぐらい強いのに」
そういったガクにチッタが返す。
「ティリスは雷も苦手だぜ! 耳塞いじゃうの!」
「ちょっとチッタ! 余計なこと言わないで!」
顔を赤くしていうティリスを見てガクが笑い、少し和やかな雰囲気が流れた時どこからか男の人の声が聞こえた。
「助けてください!」
皆、一瞬顔を見合わせたが、すぐにどこからの声なのか明らかとなった。
海だ。ニクセリーヌの街が続いているその方向、あたしたちのすぐ近くに、彼はいた。
「旅人さん達、どうか僕を助けてください!」
真っ赤な髪に褐色の肌、そして深い碧色をした瞳とそれと同じ色味を帯びた魚の尾。半身をこちらに乗り出したニクセリーヌ族の彼は再び、あたし達にその声を向けたのだった。
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