第12話 再びの旅立ち
闇に溶けるように消えていった男、彼の言葉を半信半疑ながらも確かめてみることにしたあたしたちはストーレンに別れを告げ、洞窟の奥を進んでいた。
「あの男には気を付けたほうがいい」
そういったストーレンの言葉が不気味に脳裏をよぎる。
本当に元の世界に戻る方法が東の遺跡にあるのかな……。
考え込みながら歩くあたしにチッタが声をかけた。
「もうすぐ出口だぜ!」
「なんでわかるの?」
匂い! と元気よく言った彼は半ば走りながら前を進んでいき、危ないんだからと悪態をつきながらもあたしたちは引きずられるように洞窟の外に出たのであった。
強い光が目に入り、思わず目をつむる。
再び瞼を開くと、そこには一面の花畑が広がっていた。
美しすぎるその光景はどこか幻想的なものを感じさせ、花畑の中には薄紫色の葉を持った木が生えている。
その中の一本、とりわけ鮮やかな葉を持った木の下に人影が見えた。気づいたガクがその少女のもとに駆け寄り、あたしたちもそれに続く。
「チャチャ!」
抱き起こし言葉をかけるガクの声にその子が目を開いた。
「ん、ガク兄……」
「チャチャ! 怪我してない? 怖くなかった? 大丈夫?」
重ねるように問う彼の姿は本当に少女を心配しているようにしか見えなかった。
こんな人が自分のためにこの子を利用するなんてこと……絶対、ないよね。
そんなことを考えながらあたしは先刻の村長さんの彼に向けた辛い言葉を思い出していた。
「……さて」
少し落ち着いた頃、ティリスが口を開く。
「チャチャさんの無事も確認できましたし、アシッドの村へ戻りましょうか」
そうしてあたしたちは帰路に着いたのだった。
再びあたしたちは村長の家を訪れていた。
村長さんはチャチャちゃんのことを大変心配していたようでその目には涙が浮かんでいた。
どうやら連れ去られた本人はほとんど何も覚えていないらしく結局あの漆黒の男は何が目的でこんな事件を引き起こしたのかは依然不気味な謎として残っているのだった。
一通りの説明が終わった後、村長が口を開いた。
「すまなかった。ガク」
その声は少し委縮しているように感じた。
「私は、今までお前の種族のことを快く思っていなかった。同胞を殺し、至福の糧とするあの連中のことを私は憎んでいた。だがお前は違った。 私は長い人生の中で人を見る目を濁らせてしまったのだ。もう一度言おう。すまなかった、どうか許してくれ」
その言葉を受けたガクは少々困惑しているようだったが、やがて口を開いた。
「俺は……いいんです。仕方のないことですから。俺があなたたちの立場ならそうしたでしょう。それより、お話したいことが」
彼の言葉に安堵したのか村長は少し落ち着いた表情になっていた。
「なにかね、私たちにできることならいくらでも……」
「この村を発とうと思います」
彼のその言葉に村人たちはどよめいた。
彼は自身の種族について自分がいかに無知であるか、そして漆黒の男が語ったことの真意をどうしても確かめたいことを皆に話した。
尚も収まらない村人たちの動揺を村長がいさめる。
「彼が決めたことだ、私たちに口出しはできない」
やっと静まった彼らを見て村長は今までとは違う穏やかな表情で笑った。
「今日はゆっくり休みなさい。旅の支度もあるだろう」
その言葉にあたしたちは再び旅の支度を開始したのだった。
その後、ティリスが騎士団の任務の関係で忙しく出入りする中、チッタとあたしはガクが住むという家を訪れていた。
少し大きめの家の隣にあるその小さな小屋がそれだという。
家、というよりは大きめの物置といった印象である。
「隣はアンとチュンの家なんだ。ほら、昼間会った子供たち」
そういって彼がドアを開けた瞬間、何かが中から飛び出してきた。
「ヴィティア!」
ガクに飛びついたそれは彼の肩の周りをぐるぐると周りその長い髪の中からひょこっと顔を出した。
猫のような容姿に薄緑色の毛並、白いふわふわとした尻尾。
そしてその背中には鳩のような翼がついていた。
「かわいい!」
つい口をついたあたしの言葉に、ガクがはにかむ。
「いいやつなんだ」
頭をなでる彼の手にじゃれるヴィティアはとても愛らしい。
「こいつなに? 魔物?」
そういってつつこうとするチッタにその子が気付き、すると突然ヴィティアが口から火を噴いた。
驚いて尻餅をついたチッタにガクが手を差し出す。
「驚かせてごめんな、こいつ、ヴィティっていう種類の魔物の子なんだ」
自分のことだと気付いているのかいないのか、その小さな魔物は機嫌よさげにミャァと鳴いたのだった。
その晩ガクの家に一泊していたあたしたちは村の出口に向かって歩いていた。
夕飯はガクが振舞ってくれたのだが、思いもよらぬことに彼の料理はとても美味しく、まるで元の世界の物を食べているような感覚だった。
正直、ディクライットの料理は蒸かした芋を潰したものにウインナーのような腸詰を添えたりするものが多く、初めこそよかったが三日もすれば飽きてしまっていたのだった。
ティリスが野宿になるなら保存食を持っていかないとと干した食べものを用意していたが、あったかい食事にありつけるのは非常にうれしいことだ。
あたしは故郷で食べたポトフのような煮込み料理に感激したが、一人でいるとそのぐらいしかやることがなくてね、と言った彼の笑顔に少し陰りがあったのを覚えている。
ガクの頭の上に乗っかったヴィティアは今日も機嫌がよさそうで、彼の髪の毛をいじってはやめろと言われることを楽しんでいるようだった。
昨晩みんなで相談した結果、東の砂漠にある遺跡、その目的地が同じということで彼もあたしたちの旅に同行することになったのである。
「いい天気ね」
そういったティリスの言葉通り空には一面の青。
新しい旅を始めるにはいい天気だ。
と、その時後方からガク兄ー! とかけてくる子供たちがいた。
チャチャちゃんとアンくん、チュンちゃんである。
「どうしたんだ三人とも」
そういう彼にアンが口を開く。
「ガク兄、もう行っちゃうの?」
その目には涙が浮かんでいた。
つられて目を細める彼はああ、と一言返す。
「私たちね、ガク兄、の、お見送り、しにきたの」
少しとぎれとぎれに話すチュンに続きチャチャも口を開く。
「あのねこれ、持ってってほしいのっ」
そういって彼女は後ろ手に持っていた何かを取り出し、ガクに手渡す。
「これは……ピアの実じゃないか! こんな貴重なもの、もらえないよ」
『いいの!』
そういった三人の声が重なった。
「ガク兄よわっちいから、しんじゃうと、だめだから……これ食べれば、ちょっとだけ、元気出る」
チャチャのその言葉にガクはニコッと笑い彼女の頭を撫でた。
「ありがとうね」
「うん……っあとね! もう一つあるの!」
チャチャがそういいアンに目くばせをする。
気づいた彼は重そうに何かを差し出した。
「チャチャのおじいちゃんが、必要になるだろうからって」
「村長さんが……」
ガクが受け取ったのはそんなに長くはない剣で、引き抜くと綺麗に磨かれた刀身が露わになった。
「これでガク兄も強くなれるね!」
そういってにかっと笑ったアンにガクも微笑み返す。
「ほんとお前たち、ありがとうな。それじゃあ俺、もう行くよ」
別れを告げようとする彼に子供たちが抱き着いた。
「ガク兄、いっちゃやだよおー」
「私、ガク兄のお嫁さんに、なるって、決めてたのにぃーっ」
「ガク兄ーっガク兄ーっ」
わんわん泣く子供たちに彼はしゃがみ込み抱き寄せた。
「大丈夫、絶対戻ってくるよ」
その言葉にアンが聞き返す。
「本当?」
「本当だよ」
そういって笑う彼に安心したのか、子供たちはそれぞれガクの額に口付けると再び立ち上がる。
「旅人さんたちも、元気でね!」
「ばいばい!」
小さな手を精一杯に振る子供たちの声がだんだんと遠ざかり、ついには聞こえなくなくなるまでガクは決して振り向くことはなく、あたしたちはその理由をなんとなく察していた。
先導を切る彼の後姿はどこかさみしそうで、高いはずの彼の背が昨日よりも小さく見えた。
青く澄み渡った空がどこまでも続き、それがなぜかとても悲しく見える、そんな再びの旅立ちであった。
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