第5話 魔女の娘

「まず一つ確認したいんだけど、君はなぜ、あの怪物を撃ったんだい? これまでの奴らとは明らかに様子が違ったのは、君だってわかっていただろう」

 魔女の言葉はこれまでにないほど静かで重く、そしてなにより、どこか寂しげであった

「……撃たなければ、こっちがやられていたからです。あの距離まで迫られてはもう迷っている猶予はありません」

 一方のエイジはただ、彼の中のありのままの言葉を並べる。

 撃たねばやられる。

 それだけのことだ。

「……壊れるのはあくまで銃というかシステムだけじゃないか。そこまで必死になる必要なんかなかったんだよ」

「マリーさん」

 相変わらずなにかを避けているかのような言葉を続ける魔女に、エイジはこらえきれず言葉を返す。

「あの宇宙人の手足、いったいなんだったんですか? マリーさんはなにか知ってるんでしょう。まずはそれを話してください」

 あの宇宙人を見たときから、魔女の様子がおかしくなったのだ。

 確かにアレは異常だった。

 あの怪物に刺さった人体のパーツ。それが意味するものはいったいなんなのか。

 本物の人間?

 そんなはずはない。アレはAR空間内にしか存在しなかったものだ。その証拠に、怪物を倒したらそのまま一緒に消滅した。

 だが、あのような人体を、宇宙人が持っているはずがない。

 では、あれはなんなのか?

 マリーはその問いに対して、明らかに口ごもっているようだった。

「マリーさん」

 エイジがもう一度の名前を呼ぶ。

 魔女の澱んだ瞳と目があった。

 エイジの視線を避けるように魔女は目を伏せ、そしてこれまでの彼女からは考えられないような、ボソボソとした声で重い口を開く。

「……あれは多分、アバターのパーツだよ。……そういうソフトがあるんだ」

 そうして一つ一つ説明を続けていく。

 魔女によれば、スマートフォンで自由にアバターを作るソフトがあり、内蔵のカメラを使えば、AR上でその作ったアバターを、まるでその場にいるかのように表示させる事ができるのだという。

「じゃあ、そのアバターもAR上に表示されていたということは……」

「……まあ、そういうことだよ」

 魔女は沈痛に、小さく首を振った。

 あの宇宙人は、取り込んだ情報を無造作に自らの表面に表示する。

 これまでメモ帳や家具の成れの果てを纏った宇宙人を何体か見てきており、今回はそれがそのアバターだったということだろう。

 だが、それにしても魔女の様子はおかしい。

 エイジにはそれが気になってしょうがなかった。

「それはわかりました。でもようするにただのデータの残骸なんでしょう。これまでと同じただの情報で、同じように倒していけばいい。それでいいんですよね」

「同じなものか!」

 狭い店内に魔女の叫びが響き、エイジは思わず身を竦めてしまう。

「いや、すまない……。でも、そうじゃないんだ、同じじゃないんだよ」

 どこか煮え切らない魔女の態度に、エイジはもどかしさとともに、わずかな危機感を覚える。

 この戦争を続けられなくなるような、そんな気配。

「じゃあどうするんですか? あのアバターのパーツが付いている宇宙人は倒すな。そう言うんですか!?」

 くすぶる不安を打ち消そうとして、エイジの口調も険しくなる。

「そう、なるかもしれないな……」

 だが魔女は、ただ力なくそう答えるだけだった。

 エイジは感情を抑えきれずさらになにか言おうとしたが、それを阻むように、魔女の口はもう少しだけ言葉を続いた。

「あのアバターは、アタシの娘だったかもしれないんだ……」

「娘……?」

 その重みに、今度はエイジが口を閉ざす。

 魔女も流石にその反応には困り果てたようで、エイジを安心させようとしてか、無理に笑顔を作り、つとめて穏やかに説明をしようとする。

「ハハッ、そこまで深刻にならなくてもいいさ。別に本当の娘ってわけじゃないんだ……。アタシはずっとこんなだからね。そういった経験はないよ。娘というのは、ただのたとえさ……。アバターは、アバターだよ……」

 それを口にしながら、魔女の目から涙がこぼれた。

 認めたくないことを認めてしまった。

 そんな風に、彼女の中でなにかが壊れたかのように涙が止まらない。

 それでも、魔女はまだ話を続ける。涙を拭くこともなく己の感情を吐き出し続ける。

「バカバカしいだろ、たかがデータを娘なんて呼んでさ。でも、あの子は、あの子はたしかにアタシの娘だったんだよ……」

 震える声をこらえながら、魔女は自虐的に笑ってみせた。

 その笑顔が痛々しくて、エイジは口の中に言葉にならないものを感じながら座っている。

「アタシは、あの子の仇を討ちたかったんだ。だからこの戦争を戦える手段を作った。あの宇宙人どもを殺せる兵器をでっち上げた。そこに君が来てくれた。アタシは単に、君を利用して自分の復讐ための戦いをしてただけなんだよ……でも」

 笑顔のまま、笑ったまま、魔女は涙を流して言葉を続ける。

「そうだな、でももう終わりにしようか。このままだと、アタシは君を恨んでしまう。あのアバターを撃ったとき、アタシは君が許せないと思ってしまったんだ。もうあの子は死んだとわかっていて、あの宇宙人に取り込まれていたのが自分の娘かどうかもわからないのに、それなのに……」

 それ以上先を続けることもできず、魔女はそのまま机に崩れ落ちた。

 震えた嗚咽が漏れる。

 エイジはなにもかけるべき言葉を見つけられず、動くこともできず、その場に座っていることしかできない。

「帰ってくれよ……」

 伏せられた顔から声が漏れ聞こえてきた。

「アタシたちの戦争は終わりさ……。アタシは、あの子を撃てないし、撃たせない。ここまでだよ……」

 絞り出されたその宣言に気圧されるように、エイジは静かに席を離れる。

 入り口でもう一度、伏せたままの魔女を見る。

 言葉を見つけなければと思い、エイジは必死に感情を絞り出す。

「……俺はまだ、戦います。もうあなたの……魔女の力がなくても、少しずつ、一歩ずつでも、この戦争を続けます……。だから、あなたがどう思っていても、その邪魔だけはしないでください。……戦う決意と方法を教えてくれて、ありがとうございました。たとえ利用されていただけだとしても、それは間違いなく俺の本心です」

 そして大きく頭を下げて、エイジは店を出て行く。

 魔女は最後まで、その顔を上げることはなかった。

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