第4話 魔女の敵

 翌日から、エイジは魔女とともに少しずつ宇宙人との戦闘を進展させていくことになった。

 そして今、エイジの視界には宇宙人の姿がある。専用のHMDのゴーグルが、AR上の光景を映し出しているのだ。

 そして手には専用のコントローラー。

 つまり頭に巨大なデバイスを被り、ゲームのコントローラーを持って住宅街の中にある公園をうろついているのが今の自分なのである。

 外からみればかなりおかしな姿をしているのは自覚している。

「まあ、タブレットの画面を覗き込みながらだとどうしても難があるからね。今日のところはそのゴーグルを付けたままでの戦闘に慣れるのを目標にしていこうか」

 エイジの横では、どこからか持ち出したアウトドアに使うような折りたたみチェアのに腰掛けた魔女が、タブレットで戦況を確認している。

 魔女はこの戦闘方法に慣れろと言っていたが、エイジには既に勝手知ったる物であった。

 違いがあるとすれば、目の前の光景が自分の住んでいる住宅街ということくらいだろう。

 スティックを小刻みに動かして照準を合わせ、距離を少しずつ詰めて撃つ。

 相手が巨大な分、的としてはイージーだ。動きも遅い。

 もちろんそれ相応に耐久力もあるはずなのだが、そこはこの魔女の持ってきた銃の威力がすべてを帳消しにしている。

 一発命中させただけで相手の身体を完全に分解してしまっては、耐久力もなにもあったものではない。

 一応は習性のようにヘッドショットを狙っているが、もしかしたら身体のどこに当てても同じ結果かもしれない。

 それは魔女の方も考えていたらしく、二体ほどの宇宙人を消滅させたあと、エイジの耳に別の指示が飛んだ。

「オーケー、じゃあ次は一度、胴体あたりにまず一発撃ち込んでもらえるかな?」

「了解です。ちょっとやってみます」

 その言葉に従い、次の宇宙人は胴体を撃ち抜く。銃の特性もわかってきたので、今度は充分な距離をとってのショットだ。

 その一発で胴の一部が消し飛ぶが、宇宙人は消滅しきらず、そのままこちらに向かってくる。

 だがそこに撃たれたことに対しての反応のようなものはなく、撃たれる前と変わらず、悠然と向かってくる。

「おっと、駄目みたいだね。大丈夫かい?」

「この程度は問題ないですよ。どうします、もう一発胴体を狙いますか?」

 一撃で倒せなかったことで魔女はいくらか慌てている様子だったが、エイジは至って冷静である。宇宙人が撃たれたことによってもっと鬼気迫る勢いとなって向かってくるならともかく、なにも変わらないままならこちらも同じように対処するだけでいい。

「いや、もう仕留めてもらって構わないよ。これが終わったら一旦戻ろうか」

「わかりました」

 そうひとこと返答して、エイジはすぐさま目の前の異形の頭を撃ち抜いた。

 頭部を失った宇宙人はそのまま消失し、それを見届けてエイジもゴーグルを外して電源を落とす。

「お疲れさん。ちょっとデータを整理したくてね。さあ、行こう」

 魔女の言葉に頷き、あとに続く。

 そして喫茶店では宇宙人に対する座学の時間である。

 エイジはまた苦くて不味いコーヒーを頼み、それをちびちびとすすりながら魔女の話を聞く。

「さっきの胴体を撃たれた時の反応は実に興味深いものだったね。あそこを撃たれても即死しないのもだけど、まったくの無反応だったのが気になるポイントだよなあ。アイツらの正体を探る上ではさ」

 魔女の言葉にエイジも頷く。どういう仕組みなのかはわからないが、あれは胴体などはじめからなかったかのような反応だった。

「たぶん頭にあると思われる本体以外は、いわゆる神経的な情報がないんだろう。だから失ったことに、いやそもそも、撃たれたことにすら気が付かない。もしかしたら、頭すらそうかもしれないな……」

 魔女はそうせわしなく語りながら、タブレットとノートパソコンの二つで何度も今日の戦闘の録画映像を再生し、一瞬一瞬を目に焼き付けるように見続けている。

 特に胴体を撃った時とその後の反応、そして頭部への攻撃の際の映像を念入りに確認し、宇宙人の状態をチェックしているようだった。

 真剣な表情の濁った眼が、せわしなく二つの画面を行き来する。

 これが魔女の眼かと、エイジは感心しながらその様子を見つめている。

「よし、だいたいわかった。こんな感じってことか」

 だがそんなチェックもあっという間で、魔女は画面を止めてエイジを招き寄せる。

 画面はまさにヘッドショットを決めた瞬間で停止している。

 エイジの顔のすぐ真横に、魔女の顔が並ぶ。

 顔にかかりそうな程近い魔女の髪からは、かすかに石鹸のような匂いが流れて来る。

「ほら、見てごらん。ここに情報のノイズが出ている」

 魔女の言葉がエイジの耳をくすぐる。

 それをなんとか振り払って、魔女の言葉そのものに集中する。

「おそらくこれがこのAR宇宙人の『本体』の可能性が大ってわけ。いわゆる私たちの使っているARは空間に情報を貼り付けているわけだけど、コイツらはそこに便乗して画面に姿を表し、動いている。前にも言ったけど、この宇宙人は既に地球全土を自分たちの電波的なもので覆っているからね。ようするにアタシたちのGPSと原理は一緒さ。それが喰い合っている、というか一方的に喰われていたのが今の状況だったんだよね」

 魔女の語りを、エイジはただ黙って聞いている。

 コーヒーの味にだってもう慣れた。まあ、美味くはないが。

 この魔女の考えていること以上のことなど思い浮かぶ気もしなかったし、それは自分の役割ではない気がしたのだ。

 自分はただの、この魔女の銃であればいい。

 二人で宇宙人と戦っていければいい。

 そんな気分だった。

 だが、夢のような時間は、長くは続かない。

 こんな戦争でも、戦争の影はエイジに迫りつつあった。


 が現れたのは、エイジが魔女とともに戦うようになってから三日目のことだった。

「なんだ、こいつは……」

 いつものように画面の中に宇宙人を捉えるが、この日現れたのは、これまでとまったく異なる姿をしただった。

 バラバラになった人の手足、そして丸く大きく歪な、まさしく人間の頭部のようなものが、胴体である黒いヘドロの中から飛び出している。

「に、人間……?」

 思わずゴーグルを外して確認するが、もちろん現実の空間にはないもいない。

 あの宇宙人はAR空間にしか存在しないのだ。

 つまり、目の前の怪物に取り込まれた人体も本物の人間のものではなく、あくまで電子的な存在でしかないということ。

「おい、嘘だろ......こいつは……」

 一方で魔女はなにか心当たりがあるようで、絞り出すようなつぶやきを漏れ聞こえた。

 魔女の反応にエイジはただならぬものを感じたが、目の前に敵がいる以上、今はそれを聞いている場合ではない。

 すぐさまゴーグルを戻し、再び銃を構え直す。

「くそっ、もう近いな……!」

 そのタイムラグによって敵はかなりこちらに接近していたため、エイジは迷う暇もなく目の前の怪物に銃弾を撃ち込む。

 もちろん難なく命中。

 これまでと同じように怪物は粒子となって消え失せ、後にはなにも残らない。

 本来ならこの後もしばらく戦闘を続ける事になっていたのだが、魔女からの指示がないため、エイジは再びゴーグルを外し、背後の魔女に顔を向けた。

「マリーさん?」

 そこにいた魔女は真っ青な顔で、エイジの声にも反応せずただ呆然と立ちつくしている。

 なにかに怯えているかのようにかすかに震え、焦点の合わない目は、先程まであの怪物がいた空間をぼんやりと見ているだけだ。

「マリーさん! どうしたんですか、マリーさん!」

 エイジもさすがに慌て、駆け寄ってその肩を揺らす。

 それでようやく少しは落ち着いたのか、魔女はゆっくりと息を吐くと、もう一度、今度はしっかりとした目つきで怪物の消えた場所を睨みつける。

「……今日はここまで。店に戻ろう。少し話したいことがある」

 エイジの方を見ることなく、魔女はただ、必死に感情を殺した抑揚のない声でそう言って、喫茶店へと歩き出す。

 エイジもただ、その後に続くしかなかった。

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