第3話 魔女の眼

「いやー、やっぱり凄かったんだな、君は。動画なんかには一通り目を通していたつもりだったけど、実際に見るとまったく別物だ。百聞は一見にしかずとは昔の人はいいことを言う。それだけ人間がどの時代も変わっていないということかもしれないけどね。いやまあ、今回はどちらも『見て』はいるんだけどさ」

「まあ、あの程度は……」

 店内に戻ってくるなり興奮覚めやらぬと行った具合に饒舌にエイジを褒める魔女に対し、当の本人は漠然とした表情で椅子に座っていた。

「それより、いったいあれはどういう仕組みだったんですか? どうやってあの宇宙人に弾を当てられるようにしたんです?」

 それが出来ないから、現在の地球全体の対応が後手に回っているともいえるのだ。だがこの魔女は事も無げにそれをやってのけた。

「まあ、原理そのものは簡単な話だよ。向こうがAR空間に干渉できる原理を考えて、そこから逆算していけば答えは出るさ。ようするに相手は電子か何かみたいな『情報態』なんだ。アタシらが空間にタグをつけるのと同じように、アイツらはそのネットワークに対して干渉する存在ってわけ。おそらくこの地球上をアイツらの電波か何かが覆っていて、それがAR空間に作用しているんだろうね。まあそういう意味では、もう地球はとっくにアイツらの手に落ちてるってことになるわけさ。ARで見ればわかる通りね。簡単に言えば、地球上のすべてのARがあの宇宙人にハッキングされ続けている状態という感じかな。あの宣戦布告からずっとそういうことが続いているってこと」

 魔女はそう言って机の上のタブレットを叩いてみせる。

 エイジもなんとなくその言葉で宇宙人が存在している方法は理解できたが、それでもわからないことだらけである。

「アイツらの正体……みたいなものはわかりました。でも、それをどうやって倒したんですか? アイツら、電波の中だけの存在なんでしょう?」

 引き金を引いたのは確かにエイジだったのだが、彼は自分が何もわかっていないのを自覚していた。

 つまり、彼がこれまでプレイしてきたゲームと同じで、全ては画面の中の出来事でしかないのである。ゲームが内部ではどう動いているのか理解できていないように、宇宙人を倒すことが出来た理由も理解できていないのだ。

「なーに、正体さえわかれば簡単さ。向こうがこちらに干渉できるなら、こちらも向こうに干渉できるようにすればいいだけだよ。それでまあ大雑把にいえば、アイツらの使っている帯域を見つけ出したってわけ。そうすればこちらからもそこに干渉ができる。あとはそれに合わせてシステムを組んでいけばいいだけだからね。おかげで昨日は丸一日アイツらに対する誘導と解析で潰すことになったんだけど」

 魔女は軽い口調で言っているが、それがどれ程難しいのことなのかはそういった技術に疎いエイジにも理解できた。

 なのでエイジは一つだけ、気になっていることを口にする。

「このゲームというか、システム、マリーさんが組んだんですか?」

 それを聞いた魔女は実に得意げな笑顔を向けてきた。

「そりゃそうさ。それがアタシの本職だからね。君が言っていた空間にランダムに出現する機能のついたARメモ、多分それもアタシの作ったやつだよ。そんな酔狂な機能、他のソフトには入っていないだろうしね」

 思いがけない言葉に、エイジは勝ち誇った魔女の顔を二度見した。

 既に、この宇宙戦争が始まる前から、自分は魔女の魔法の手の中にあったということか。

「想定以上の使い方をしてくれてアタシも嬉しいよ。まさかこんな近所に使いこなしてくれている子がいるとは思ってもいなかったけど。そうさ、アタシの魔法の正体はただのプログラミングというか、まあ設計の類だね。それが出来る眼を持っているから、魔女なんて呼ばれているわけよ」

「眼?」

 エイジは思わず魔女の顔をまじまじと見つめてしまう。黒に近い薄茶色の瞳は魔女らしくどこか濁っているかのようであったが、特に紋様も不思議な光もなく、ごく普通の眼であるようだった。

「いやー、そんなに見つめてもらってもなにも見えないって。この眼の秘密は、どちらかと言えば脳とか認識の話だからね」

 そう言われて見つめ返され、エイジは思わず顔を背けてしまう。

「脳、ですか……」

「そう、脳ミソの話。アタシは子供の頃からなんか場や物事の違和感とか間違いを見つけるのがやたら上手くてさ、小学校のときにそれに気付いてから、それでなにが出来るのかをずっと考えてきたわけ。そりゃそんなことしてたら変な目で見られるし、なんか嫌がらせとかもされそうになってけど、そもそもそういう連中のほころびも見えちゃうからすぐになんとかなっちゃったんだよね。向こうが勝手に崩壊してくれてさ」

 そう語りながら楽しげに嗤うその様は、中学生であるエイジからすればまさに魔女と呼ばれるモノのそれだった。

 やはり住む世界が異なっているのだ。

「で、そのまま大学を出て、プログラマーになったのが六年前。なにしろこの眼があるからね、人のコードとかを見ていればどこに問題があるのかすぐにわかったりしたわけ。いやー天職だったね。一時間くらいコードを見て、あとの三十分で企画書と他の作業を見ていれば問題解決できていたんだから。でもまあ、結局独立しちゃったんだけど。で、今はこうして魔女をやってるのさ。こっちのほうが圧倒的に儲けもいいしね」

「はいはい、マリカちゃんは放っておくとすぐ自慢話をするんだから。若い子はこんな大人になっちゃ駄目だよ」

 魔女の語っていることはエイジにはほとんど理解できなかったが、マスターのいうように、これが手本になるような大人の姿でないことは嫌でも理解できた。

「だから本名で呼ぶなって。まあアタシの『眼』は特別だから真似できないだろうけど、君は君で大したものを持っていそうだからね、可能性だけは潰さないでいてくれよ」

 魔女にそう言われたものの、エイジはなんと答えていいのかわからず、ただ曖昧な表情で目の前のコーヒーに口をつける。

「……うわっ……」

「はは、いわんこっちゃないだろ」

 エイジの想像を超えて、そのコーヒーは苦くざらついていた。


 その日はその後、様々な操作方法のレクチャーを受けて解散となり、エイジは苦いコーヒーをなんとか飲みきって家へと戻った。

 そうしてスマホを開き、あの日以来開いていなかったARのメモを見る。

 それを起動した途端に、気配を感じ取ったのか、画面の中の壁から宇宙人が現れ、エイジのメモにヘドロの腕を伸ばす。

 メモはそのヘドロのような体液で溶かされ、宇宙人は新たな標的を求めて画面の中を動き回ったあと、やがてまた画面の外へ消えていく。

 この戦争が始まってから、幾度も見てきた光景だ。

 だが、今のエイジの目に映るそれは、ただ無力感だけを煽り立てるだけのものではない。

 今日の昼、エイジは確かに、画面の中の宇宙人を倒したのだ。

 もう、ただ蹂躙されるだけの時間は終わった。

 それを思い出すと、言いしれぬ高揚感が奥底から湧き上がってくる。

 それに、あの魔女は自分を必要としてくれているのだ。

 別れ際、エイジは一つ魔女に質問をぶつけてみた。

「どうして、あなたが自分で宇宙人を倒さないんですか?」と。

 それは実にまっとうな質問で、それを聞かれた魔女は、思わず苦笑いを作り、ただひとことこう言った。

「いやー、アタシはこの手のゲームが大の苦手なんだよ」

 それはエイジにもなんとなく理解できた。

 宇宙人と対峙した時、画面越しでありながらもこの魔女は慌てふためいていた。

 それまでのキャラ作りが台無しと思えるほどに。

「もちろん、もっとシステムをいじれば楽に倒せるようにも出来るんだろうけどさ。調節が難しいし、ちょっと考えがあってね。君のようなちゃんと戦える人材が欲しかったんだよね」

 強がりなのかはわからないが、魔女はエイジに対してそんな言葉もかけてきた。

「とにかく、少なくとも明日は君とアタシでもう少しアイツらと戦ってみることにしょう。もちろん、その先は国家的なものも含めて君以外にも戦える人物を探す必要が出てくるだろうし、どこかで同じようなシステムを作る奴も現れるだろうけど、少なくとも今この段階で、こうやってあの宇宙人どもと戦えているのは君とアタシくらいだろうからね。君にはそのテストケースなってもらいたいわけだ」

 そう言われてエイジも悪い気はしなかったが、同時に、自分が最後までこの戦争を戦うわけではないことも感じ取っていた。

 当然といえば当然だ。

 自分はただの中学生だし、宇宙人は自分の目の前だけではない。世界中ありとあらゆるところに存在しているのである。

 それこそ魔女が言っていたように、地球は既に宇宙人によってその全域をハッキングされているのだ。一人で目の前の宇宙人を倒していてもなに一つ問題は解決することはあるまい。

 ただそれでも。

 エイジは、あの魔女と一緒に戦っていけばそれが不可能ではないというような錯覚を抱いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る