第2話 魔女の銃
「それじゃあ落ち着いたところで、いよいよ宇宙戦争の話となるわけだけど……」
魔女はまた嗤う。
エイジはただ、その笑顔の奥底にあるものに息を呑むことしか出来なかった。
「その前に、一つだけ確認しておきたいことがあるけど、いいかい?」
話を切り出そうとしたところで、魔女のマリーは真剣な眼でエイジを見つめてそう口にした。
「確認、ですか」
「そ、君はなぜ、アタシを頼ってまであの宇宙人と戦争をしようと思ったんだい?」
不意の質問にエイジは一瞬固まるが、それでも、彼の中には確固たる意志があった。
「俺は、奴らが許せないし、奴らをのさばらせているこの世界も許せないからです」
ひとかけらの迷いもなく、エイジは強くそう言い切った。
それを聞いた魔女は真顔に近い笑みを浮かべ、そんなエイジの顔を黙って見ている。
そうした数秒の沈黙の後、魔女の顔は今度はわかりやすい笑顔に変わり、再びその口が開かれる。
「なるほどね、まあ確かに、アイツらは許せないよな。好き勝手しやがってさ。それにそれを見て見ぬ振りをしている連中だってどうかしてる。君の怒りはごもっともだよ。でも、今聞いているのはそういうのじゃないんだ。アタシが知っておきたいのは、もっと根本的なこと。君は、いったいなにが許せないんだい?」
「それは……」
あらためて聞かれるとエイジも答えに詰まってしまう。
彼の中にあったのはただ怒りだ。だがそれをきちんとした感情の形にしろといわれると、エイジ自身なにを怒っているのかわからなくなってしまう。
「いや、なにもアタシはイジワルでこんなこと言ってるんじゃないんだよ。なんというか、君の怒りの根源を知っておきたいんだよね。これから一緒に『戦争』をするならさ。別にしょーもないことでもいいよ。なんで君は、あのARに引きこもっている好き勝手している宇宙人どもをぶっ潰したいのか、なにが君をアタシの元まで導いたのか。そのきっかけでもいいからさ、それを教えてよ」
「きっかけ、ですか……」
魔女の言葉にエイジはあらためて自分の中にあるものを考える。
戦争。怒りの根源。
自分の中に渦巻くそれらは、いったいどこから来たのか。
愛星心? ナメられたことへの怒り? なにも出来ないという無力感?
そのどれもが間違いではないが、もっと小さな『きっかけ』があった気がする。
そうだ。あの宣戦布告があった日、彼のささやかなAR領域があの怪物に壊されたのだ。
「……俺、AR上にメモを取っていたんですよ。メモというか的というか……。部屋の中にそれをランダムに出現させる機能で、エイムの練習をしていて、それがあの日、突然そこにあの宇宙人が現れて……俺、なにも出来なくて……」
語りながら、エイジは自分の声がかすれていくのを感じていた。
恐怖が、無力感が、怒りが蘇る。
手が震えてくる。
そんなエイジを誰かが柔らかく包み込んでくる。
あの魔女だ。
魔女はその胸の中に、エイジを抱きとめていた。
「よしよし、君の戦う理由はよくわかったよ。悪かったね。でも、それが聞きたかったんだ。君には、アイツらと戦う理由がある。ただのいきあたりばったりの感情だけじゃない、根っこにある心が大切なんだ。それなら、君は戦える」
頭を優しくポンポンと叩き、魔女はエイジを柔らかな胸から開放する。
そして、いかにも大袈裟な笑みをエイジへと向けてくる。
「ならばこそ、君には武器を与えよう。私があの宇宙人どもをぶち殺すために作った、最強の武器さ」
そうして魔女が脇においてあった鞄から取り出したのは、ゲームのコントローラーと繋がったHMD(ヘッドマウントディスプレイ)だった。
「なんですか、これ?」
「まあひとことで言えば、アイツらに干渉するための装置ってところかな。とりあえず最初は、マウント無しで試してみようか」
そう言いながら、魔女はHMDに別のケーブルを接続し、それを手元のタブレットにつなぐ。
するとタブレットにはカメラで映した店内の映像が表示され、画面の隅の方にいくつかの情報が並んでいる。これはまさに、FPSの操作画面のようであった。
「これって……」
「そう、アタシ謹製のAR装置だよ。流石にここにはアイツらはいない感じだし、ちょっと外へ出るかな」
タブレットを持ったまま魔女は立ち上がり、エイジもそれに続く。
「ちょっと、コーヒーもう入るよ」
「まあすぐ戻るって。一発ぶちかましてくるだけだから」
マスターの声をそのまま無視して魔女は店を出ていき、エイジも慌てて後に続く。
まだ陽の登りきっていない午前中の住宅街は人気も少なく、魔女が表を出歩いていても気に留めるものもいなかった。
「ほら、エイジくん、見てみなよ。あそこに宇宙人がいる」
魔女の掲げたタブレットを横から覗き込むと、その先には、住宅街を歩く大柄な宇宙人の姿があった。
全長は2メートルを超えるほどの大きさで、人型ではあるが、全身を覆う様々な色の紙束のようなものがそのシルエットを不定形にしていた。
もちろん、タブレットを通さない肉眼の視界にはなにも見えない。ただ静かな住宅街があるだけだ。この拡張されていない現実では、侵略も戦争もなにも起こっていないのだ。
「じゃあ今から、あの宇宙人をぶっ倒すとしようか。タブレットはアタシが持っているから、君はそのコントローラーを頼むよ」
「これは……?」
手に持った感覚は、実にエイジには馴染むものだった。
なにしろそれは、既製品の中でももっともポピュラーな、PC用のゲームコントローラーだったのである。
「操作方法はひとまずこの前のFPSに合わせてあるから、あ、気づかれたか、ほら、早く銃を構えて! 来るよ、早く!」
慌てる魔女に言われるがままにボタンを操作し、タブレットの中の怪物に銃を向けるべく入力する。
するとディスプレイの中にも銃を持った手が現れて、照準をその怪物に向けて合わせている。
ここまでくれば操作については勝手がわかった。だがまだ不確定要素はいくつもある。
じっくりと敵を見て引きつける。
「おい、もうすぐそこだよ、大丈夫なのか?」
「まだです。問題ありません」
魔女はパニックになりかけているが、エイジの心は無に近い静かさだった。
そうでなくてはいけない。あの大会だって少しムキになりすぎた。だから負けたのだ。
感情ではなく、自動的な機械のように狙い、撃つ。それが重要だ。
あの宇宙人がここから加速してもまだ届くまい。もし触手なんかを伸ばしても無理だ。その範囲は見えている。あとは、この銃がどの程度の射程と威力、そしてどんな弾道なのかが鍵となる。
「ああおい、はやく、早く撃てって!」
「よし、ここだ」
魔女の声など聞く耳持たず、エイジは己のタイミングでテンポよくボタンを叩き、怪物の頭部と胴体に数発銃弾を叩き込む。
これだけ大きく鈍重な的だ。エイジの腕前ならブレるタブレットと初めての操作でも外すことはない。そのためにここまで引き付けたのだ。
エイジの想定と異なっていたのは、その弾丸の威力くらいだった。
電撃を帯びた弾丸が宇宙人へ撃ち込まれた瞬間、目の前の巨体は弾け、タブレット内の拡張現実空間に紫の粒子が飛び散り、消えていく。
位置的には自分たちにも降り注ぐはずで、魔女は思わず身構えていたが、もちろん、こちらの現実にはなんの影響もないままである。
これが、地球人類が初めて敵宇宙人を殺害した瞬間であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます