第16話 空腹

 ぐぅぅぅ……。と、ジェラールの腹の虫が産ぶ声を上げた。


 こうして腹の虫が鳴くのは、かれこれいつぶりの事だろう?


「…………」


 思い出せないくらい昔の事らしい。


 こうした状況を避ける為、いつも多めに多めに食事を口に運んでいたのか。


 空腹感がもたらす不快感や恐怖心を打ち消すように、せっせとせっせと食べ続けたのか。


 たかが虫一匹が鳴くのをあれほどまでに恐れて避け続けていたのか。


 そんな自分がどうしようもなく小さく馬鹿馬鹿しく思えた。


 自分はいったい今まで何をやっていたのだ? 何のために食事をしてきたのだ?


 くだらない虫一匹の機嫌をとり続けていただけか?


 考えれば考えるほどに馬鹿馬鹿しい。


 そして今、こうして考えてみるとダイエットだダイエットだと必死になって野菜を食べていた当時の自分があまりにも滑稽に思えた。


 野菜ならカロリーが低いから食べ放題?


 その分、量を食べれば何の意味もなかろう。


 そして、低カロリーだからと油断してお腹いっぱい食べ続けていては、その食材に飽きた時にその旺盛な食欲は他の食材に向けられる。パンに、お肉に、お菓子に。


 それこそが自分があれほど苦しんだ、謎の増量の正体だったのだ。


 そもそもダイエットをしたい者が、満腹になるまで食べるなんて事自体が愚の骨頂である。


 しかし、そうは言ってもやはりお腹は空く。


 そんな時に低カロリーな食品を上手く利用し、カロリーと空腹をコントロールするというのがダイエットの定石と言えるのかもしれない。


 ぐぎゅっきゅきゅう……。


 次第に鳴き声を強める腹の虫を落ち着かせるように腹部を数回撫で、囁くように語りかける。


「ーー腹にお肉がたっぷりと備えてある。とりあえずそれでも食べて昼食を待て……」


 やや口角を上げるジェラールの表情からはどこか余裕が感じられ、少しでも空腹を感じては食べ物を探していたあの頃とはまるで別人のようであった。


 どうやら、ジェラールの中で食に対する意識が変わったようである。












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