6章 変化(1)

 キレスタール王国の王都から遠く離れた地へ、転移魔術で移動した。


 向かった先は、命懸けで戦う者たちの勝敗を賭け事の種にする闘技場、一瞬の判断で大金持ちにも所持金がゼロにもなるギャンブル――そうした夜の賑わいを中心に形成された街だった。


 街の中心にあるカジノ及びその周辺は、豪勢過ぎるほどきらびやかに飾り立てられていた。しかし大通りから逸れたら、さっきまでいたところと同じ街かと思えるくらいに、建物に汚れが目立ち道にごみが散らばっている。


 道行く者たちの印象は粗野で荒っぽく、不用意に近づくと絡まれそうな雰囲気があった。


「気をつけろよ。他の街でもそうだけど、この街では特に、知らないやつに声をかけられてもついて行かんように」


 街に入ってラズが真っ先に言ったことがそれだった。


「子供じゃあるまいし」

「セツナのようなぱっと見大人しそうな少年は、この街にのさぼる連中からしたら格好の的なんだよ」

「別に大人しくない」

「だから、この街にいる好戦的なやつらと比較してって意味で」


 もとの世界では人殺しの子供だからと遠巻きにされていたというのに、この街では悪人に目をつけられやすいタイプだと評されてしまった。


 人間の特性や立ち位置なんて、どんな集団の中にいるかどうかで変わってくるといういい見本かもしれない。


「ああ、あと、子供相手でも油断すんなよ。路上生活しているガキは、子供だからと油断させてスリを――」


 ラズが注意を列挙している間、セツナにぶつかってきた子供が跳ね返って、盛大に転んだ。


「だ、大丈夫?」

「言ってる傍から……ったく」

「この子がスリに見えるとでも?」


 助け起こそうとしたところで、地面に伏せられていた癖のある赤毛の頭ががばりと起き上がり、目が合った。耳を隠す長さの髪と男の子のような服装だが、どうやら六、七歳くらいの少女らしい。


「きみ、あたしにぶつかったね! 怪我の治療費払ってくれたら特別に穏便に済ませてあげる!」


 舌足らずな声でそう言ったかと思うと、少女は妙に強気な笑顔でセツナに手を差し出してきた。


「当たり屋か……」


 頭痛を堪えるようにラズはそうつぶやいた。


「おいガキ、そういうのどこで覚えた?」


 屈み込んでラズは少女にそう問いかける。少女は立ち上がって抗議した。


「ガキじゃないもん!」

「じゃあちびっ子」

「あたしはナジャって名前があるんだから!」

「ナジャ、言っとくけどこの街の闘技場に出場するどんな屈強な戦士よりも、俺は強いぞ。金を巻き上げたかったら相手を選ぶんだな」

「嘘だあ」


「ガキには白金の髪の勇者の話は伝わってねえか。面倒くせえ」

「勇者がこんな街に来るわけないでしょ」

「そうかあ? ここのカジノでレアなアイテム何度も引き換えたぞ」

「この世界の勇者も、カジノでレアな一品を入手するものなんだ……」


 言い合う二人の横で、セツナはそうつぶやいた。もっともラズはなんでも器用にこなすし、運にも恵まれていそうに思えた。実力だけでなく、強運もなければ魔王なんて倒せないだろう。


「ほら、嘘ばっかり! ここのカジノは、お金をどれだけつぎ込んでも当たらないことで有名なんだから!」


 ナジャが眉をつり上げて抗議した。現地人からしたら、賭け事は当たらないものらしい。


「お前は子供の癖に、カジノや博打で金を一瞬で失ったことでもあるのかよ」

「あたしはないけど、うちのおっさんがたびたびすってくるんだよ!」

「おっさんって……」


 誰だろう、とセツナが思いかけたところで、後ろから声がかけられた。


「おい、なんか揉め事か? そいつはうちのガキなんだが」


 声をかけてきたのは、四十手前くらいの長身の男だった。いかつい顔立ちに癖のある栗色の髪。あごに髭を生やし、いかにもこの街の住人らしいくたびれた服装と風貌だ。


 うちの子供になにをした、といった主張から揉め事になるのではないかと危惧したセツナだったが、近づいてきた男はナジャの半ズボンから覗く膝小僧を指差した。


「ナジャ、怪我」

「あ」

「ったく、子供はすぐ怪我を増やしやがって」

「これは、そこのお兄ちゃんがぶつかってきたから!」


 一瞥してくる目つきの悪い瞳と目が合った。が、すぐに逸らされる。


「おまえ、裏路地にたむろしてるようなガキとはもう付き合うなっつったよな? この間はスリの真似事をしようとして失敗したんだったか。今度はなんだ? 当たり屋か?」

「この街で子供がお金稼ぐなら、できて当たり前だって教わったから!」

「偉そうに言うな」

「あたっ」


 男がナジャの頭を小突き、ナジャは額を押さえる。

 そして男が振り返ってきた。


「あんたら新入りか? それとも――」

「旅人だ」

「悪かったな、ガキが迷惑かけて」

「いえ……」


 散々この街の住人の特性を聞いた後だったから、素直に謝罪されたのがなんだか意外だった。


「旅人なの? この街の法則を知らない旅人は絶好のカモだってみんなが……」


 ナジャの口を塞ぎながら、男は少女を軽々と抱き上げる。


「最初にぶつかってきたのがこいつでよかったな。有り金巻き上げられる前にさっさと用事を済ませて、こんな街から出て行きな」


 まだなにか言いたいことがありそうな子供を押さえつけて立ち去ろうとする男に、ラズは声をかけた。


「聞き込みも用事の一つなんだよ。話が通じそうな街の住人と知り合えたことだし、ちょっと話が聞きたいんだけどさ、おっさん」


 男は露骨に眉をしかめた。


「……こいつの真似か? おっさんって呼ぶな。おれはゲルトだ」




「ほら、あたしが頑張って痛い思いをしたからおいしい料理にありつけることになったよ!」

「馬鹿、これは情報料だ」


 ナジャが目を輝かせ、ゲルトが訂正する。そんな二人を前にして、ラズは半眼になった。


「ったく、最初は酒一杯飲ませてくれるなら、とか言ってた癖に」


 なぜか話の流れの中で、ラズが二人にご馳走することになってしまっていた。珍しくラズが振り回されている図を前にして、セツナは目を細めた。


「いい情報、教えてくれるといいね」


 四人は食堂に移動していた。テーブルには濃い味付けの料理が並んでいて、香ばしいにおいを漂わせて食欲をそそっている。


 飯時から時間がずれていて空いているはずだが、そこかしこからざわめきが伝わってくる店内で、遅い昼食をとりながら話をすることにした。


「で、旅人がわざわざこんな街まで来て、知りたいことってのはなんだ?」


 麦酒を一気に飲み干してから、ゲルトは問いかけた。


「どうにも怪しい品物が出回ってるって話を聞いてな。珍しい品をこの街の商人から買ったら大惨事になったとか、貴族の家で起きた事件の原因がこの街から流通している品物だとか」

「呪いの絵画や壷の類か?」

「呪いというよりも、闇の力を宿したものだな」


 ラズの説明に、ゲルトは甘辛い味付けの肉を頬張りながら頷いた。


「確かにこの街でも、闇による事件はたびたび起こっている。快楽や刺激や暴力を求める連中が集まる街は、行き過ぎた欲望が悪いものを呼び寄せるからな」

「で、なんか怪しい商人や組織に心当たりは?」

「……そうだな。裏路地にある店なんかが怪しいな」


 聞き込みをはじめて早々に手がかりが得られた。ナジャに体当たりされた甲斐もあっただろうか、とセツナは思う。


「ところでおっさんは事件の首謀者じゃないよな? ナジャはおっさんの子供じゃなさそうだけど」

「誰が誘拐犯だ。そしておっさんって呼ぶな」

「おっさんは親に捨てられたあたしを拾ってくれたんだよ。悪人面で賭け事狂いの駄目人間だけど、いいところもあるんだよ!」

「おまえは黙ってろ」


 二人のやり取りに、セツナは笑みをこぼした。


「二人とも、仲がいいんだね」

「はっ、誰がこんなガキ――行くとこがないっつーから仕方なく面倒を見てやってるだけで」

「あたしがうだつがあがらないその日暮らしのおっさんの世話してあげてるんだよ!」


 ナジャは堂々と断言し、ゲルトはやれやれと肩をすくめた。

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