記憶の断片5 力

「あなたは強い力をお持ちのようですね」


 魔術で栄えている魔術国家の街を訪れた際、魔術師の青年にリトはそう言われた。


 大通りには青年と同じような丈が長く袖がたっぷりとしたローブ姿の者が何人もいる。杖や分厚い本を手にしている者も多い。猫や烏や蝙蝠が時折視界に入ってくる。


 尖った屋根の建物が建ち並び、石畳が敷かれた街で、リトは魔術師に呼び止められたのだった。


「魔術の才能があるかもしれません。この国では常人より強い魔力を持つ者を、国が支援して育成しています。他の国よりも魔術を学びやすく、資格を取るとその後の生活は安泰ですよ」


 この街の住人の評価を聞き、ラズは瞳を輝かせてリトのほうを向いた。


「すげえじゃん。お前、剣や武術よりもそっちの才能があったんだよ」

「そうなのかな……」

「せっかくだから調べてもらおうぜ」


 強引にことを進めるラズと魔術師に、魔術師の協会に連れて行かれた。そして分厚い本や魔道具が棚に収められた部屋で、魔力を計測された。


 リトが手をかざした大きな水晶玉の中央が、紫のような黒のような色に染まり、揺らめいた。夜空の色。あるいはリトの髪と瞳の色を彷彿とさせた。


 計測結果を記録するため羽ペンを構えていた見習いらしい魔術師が、おお、と感嘆の声を上げた。

 ふむ、と魔術師の青年はあごに手を当てる。


「本来なら雷水風火に対応した黄青緑赤のいずれかの色に染まるのですが。あなたは一般的な属性に分けられないような、特殊な力を持っているようですね」


 幼い頃からリトは魔術師と時々会っていたのに、魔術についてよく知らないことに気づいた。塔に魔術に関する本はなかったし、自分で使えるとも思っていなかった。


 だが、この身体には魔力が宿っている様子で、魔術の才能があるかもしれない。そしてその力は特殊なものだという。


「そうした希少な才能も歓迎されます。古より多くの魔術師は秘された知識の深淵を覗き込んできましたが、魔術についてすべて解明されてはいません。あなたが持つ力について調べたら、魔術の解明に一歩近づくかもしれませんね」


 魔術の才能がある者を引き留めたいというよりも、若干実験動物を逃したくないといった意味合いになったように思うのは気のせいだろうか。


 しかしラズは魔術師の青年の言葉の変化など気にしない様子で、リトに素直な賞賛を送った。


「よかったな。この国と魔術師の協会なら、お前を重用してくれそうだ」


 言葉に詰まってから、なんとか返事を絞り出す。


「……そうかもね」




 返事は保留にして、二人は宿屋に戻った。

 その日の夜、リトがバルコニーに出て行くと、雲が広がる夜空に三日月が垣間見えた。しばらくそこに佇んでいると、ラズがやってきた。


「俺は魔術のことはよく知らんから、この国に寄るか迷ってたけど。来てよかったな」


 リトの将来が開けたことを、喜んでくれている。皮肉も悪意もなく、善意でそう言ってくれているのがわかった。

 だけど、そうだとしても――リトの内心は嵐のように渦巻いていた。


 風が二人の髪を揺らす中、リトは宿屋の部屋に戻ろうとするラズに声をかけた。


「僕がこの国に住むことにしたら、ラズはどうするんだ」

「しばらくここにいてもいいけど――俺は旅を続けるよ。追っ手が来て、リトやこの国の住人が巻き込まれたら大変だからな」


 予想していた答えだった。

 そしてラズの意思が変わらない以上、リトが選ぶ道も一つだった。


「魔術師協会の件は断るよ」

「なんでだよ、勿体ない」

「魔術師になりたいわけじゃないから」

「そうか? 向いてそうな気がしたんだけどな」


 あ、となにか思い出したかのようにラズは言葉を追加する。


「あと、この国は本や図書館も沢山あったじゃん。魔術関連の本だけでなく、いろんな蔵書が充実してるってあの魔術師が言ってたな」


 それに関してはぐらっと来なくもなかったが。


 塔に住んでいたときは、他に情報を得る手段もなかったので、塔にあった本やレヴィンからもらった本をよく読んでいた。


 しかし旅に出るようになってからは、本に書かれていた言葉としてしか知らなかったものを、いくつも実際に見ることができた。

 情報源としての本への執着は、以前よりも薄れているのかもしれない。


「本はこの国にいなくても読めるから」


 ふうん、とラズは返した。


「ま、お前が決めたならそれでいいけどさ」

「うん。後悔しないよ、きっと」


 この国が暮らしやすいとしても、ラズが近くにいないのなら意味はない。


 以前ラズと話していて願いを叶えてくれる神様の話題になった際に、塔にいた頃はどうしても叶えたい願いなんてないと思った。

 けれどいまは、リトの中で願いが芽吹きつつあった。

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