記憶の断片3 罪人

「俺が命を狙われてる理由? 俺の故郷の国って、罪を犯したら同じ血を引く者も罪人になる可能性がある、だから一族郎党死刑っていう決まりがあってな」


 ラズが話し出したことに思わずぎょっとして、リトは周囲を見渡した。


 しかし客の話声でざわめく食堂では、他の客の話に耳を傾ける者などいはしない。食べ物や酒のにおいが充満する部屋の中で、各々が好き勝手に会話に花を咲かせていた。


「身内に罪人が出て、俺はなにもやってないのに殺されるのも癪だから、命からがら逃げてきた。それから二年ほど旅をしてる。でもあの国、国外に逃げた罪人を捕らえる役職があるらしくてさ。すごい執念だよな」


 さらりと重い過去を語られてしまった。


「引いたか?」

「いや、別に……大変だったね」

「お前だってそうだろ。人はそれぞれ事情を抱えてるもんだ」


 肉にかぶりつくラズを前に、ぎくりとした。はじめて会った日から何ヶ月か経過したが、ラズにはリトの過去とあの夜の顛末の詳細を話していなかった。


 ラズに助けられたときに、これまでの自分は死んだと告げた。リトとしてはそのつもりだった。


 だがもしこれから先、ネグロディオスの王に命じられた追っ手が、あの夜殺し損ねた災厄の予言の子供の命を奪おうと攻めてきたら。その際に、ラズが巻き込まれたら。


 言いたくなかったから知らせていなかった、で済ませていい問題なのだろうか。


「にしても、罪を犯したから死刑って、発覚したからだろ。世の中には悪いことをしてのさばってるやつなんていくらでもいるだろうに、なんだって発覚した罪人ばっかり責められて後ろ指さされんのかね」

「それは――」

「清廉潔白な金持ちや貴族なんているか? みんなどこかで自分や家族や家や国の利益になるために、後ろ暗いことをやってるもんだ」


 家族の情というものに覚えがないので、家族のために手を汚す人間がいることが信じられなかった。

 そこまで考えてふと頭を過ぎったのは、獅子の頭を持つ使い魔の姿だ。


 ――フィースは僕の親? 家族なの?

 ――わたくしは主の命であなたの世話をしている保護者です。あなたの親ではありません。見ての通り人間ではないので、わたくしに子供がいても獅子の頭でしょうね。


 子供の頃、本で知った単語について訊いてみた際に、そんな風に言われた。たまに釘を刺すように、自分も魔術師も塔に住む子供の親ではないという話をしていたように思う。


 しかしフィースは主に命じられて世話をしていた少年を、助けた。王に逆らうという重罪を犯して。


「それに、善良な街の住人を一人二人殺したら人殺しでも、戦争で敵を大勢殺したら英雄だ。なんだろうな、この違いは」


 ネグロディオスの歴史を思い出す。代々の王は北の大陸を侵略した際に、何人殺したのだろう。現王は国を動かしていくために、不要な者をどれだけ排除しているのだろう。

 それでも王は偉大な存在とされていて、現人神として崇められている。


「ま、俺の国の思想によると、俺も罪人になるかもってことだ。実際、どの国でも罪人の家族は白眼視されるもんだよな。お前は旅の連れがそんなやつでもいいのか?」

「……君が罪人なら、僕もそうだよ」


 リトが決まりを破ったせいで、最も身近にいた存在を死なせてしまった。

 予言がなされた後に黒髪黒目の子供が王家に生まれてきて、秘匿された上で生き延びたのを知ったから、王は塔に攻め込んできた。


 あの夜の惨劇は、すべてリトが原因だ。


「お前は悪くねえよ」

「そうかな」

「俺も罪人と定義されるようなことなんて、まだしてねえ。よし、この話は終了!」




 飲み物を一気に飲んで口元を拭ってから、ラズは続けた。


「ところでさ、頼みがあるんだけど」


 声音が猫撫で声に変わった。リトは半眼でラズを一瞥し、視線を逸らす。


「駄目」

「じゃあ、一生のお願い」

「君の一生のお願いはいくつあるんだ」

「今回だけ」

「そう言って僕たちじゃ勝てそうにない魔物討伐の依頼を受けて怪我をしたことが、これまで何度もあったよね」


 そうだ。あの森から出て、リトの怪我が治り旅費を稼ぐために活動し出してから、どうも妙だと思っていたのだ。


 旅の連れがやろうと決めた案件は、旅の初心者には厳し過ぎるのではないか。


 そう何度も思ったが、ラズが前向きな姿勢でこなしている姿を見て、熟練者のようにはいかないまでも足手まといにはなりたくないと、懸命に努力してついて行こうとした。


 しかし海を渡ってからもそうしたことを続けていると、華麗に魔物に止めを刺して終わり、街で起きている事件を調査して解決して終わり、とはならないことが増えていった。

 その頃の戸惑いを思い出し、リトは溜息を吐き出した。


「さすがに学習したよ。ラズは困っている人がいると、勝てそうにない相手にも突っ込んでいく。解決できそうにない問題にも首を突っ込むんだってことを」

「魔物のせいで被害を受けてる人が沢山いて、泣いてる子供もいるんだからさ」

「だからって……」

「それにお前も戦えるようになってきたんだし、戦力二倍ならいけるだろ」

「二倍になっても無理なものは無理」


 今更ながらに思う。ラズが旅の連れを欲していたのは、魔物討伐の戦力増加や、街で起きている厄介事を解決する人材補強のためなのだろうか。


 確かに魔物が跋扈するこの世界では、魔物討伐をしながら生計を立てる者もいる。どの街へ行っても、魔物の被害に困っていて倒してくれる者を求める依頼がいくつも出ている。


 ラズに最初会ったとき、森の魔物を瞬時に倒した姿に目を奪われた。本で読んだ英雄のようだと、その強さに憧れた。


 しかしところ変われば魔物も変わる。この大陸で人々の脅威となっている魔物は、塔周辺の森に出現する魔物よりも凶暴で、毒や麻痺などを使い、対策を知っていないと倒し難い存在だった。


 それなのにラズは北の大陸にいたときと変わらない調子で、魔物討伐の依頼を受けていた。

 最初にラズが怪我を負いながらもぎりぎりのところで敵を倒したときは、強い剣士でも時には失敗することもあるのかと思ったが、そうではなかった。


 単純にこの辺りの魔物が、並の剣士では簡単に勝てないくらい強いのだ。


「だってさ、困ってるときって誰かに助けてもらいたいじゃん」


 それは死刑になるかもしれなかったときに、誰も助けてくれなかったことからくる思考なのだろうか。

 時を戻せるのなら、そのとき絶望していたラズを助けてあげたかった。


「そうだけど。力が伴わないのは仕方ないよ

「ああ。でも今回は魔物の弱点をつけば倒せると思う」


 無策というわけではないようだ。


「まったく……僕は君の故郷の神様じゃないんだけど」


 瞳を輝かせてやる気に満ちた顔をしているラズに、リトは嘆息とともに返事をした。


「勝算、あるんだよね?」

「さすがリト。協力してくれるって信じてたぜ」

「こんなときばかり調子いいこと言って……なんでこう、お人好しなんだか」


 苦笑いとともに、リトはそう評した。


「照れるなあ」

「褒めてない」


 でも、そんな風に旅の連れが後先考えずに突っ込んで行くのは困るけれど。

 頑張った後で誰かに感謝されるのは、悪くなかった。

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