第2話 眠らぬ街リス・ベガス

 ヴェルデの恫喝どうかつは抑えたが、困った。


 二人は行方をくらましている。ギャングも私立探偵もつなぎはとれない。中々堂に入った逃げ方だ。


 気づくと、ミズ・リスバーンが教えてくれたトニオのアパートの近くに来ている。と、目の前をエナジードリンクを大量に買い込んだ若いリスの男が横切った。


「おい。あんた、トニオ・リスバーンじゃないのか?」


 思い切って言ってやると、どさりと男は炭酸飲料を取り落した。


 全くなんてことだ。ギャングの女を寝取った若い男は、あのヴェルデに逆らっておいて、一目散に国境を越えるまでもなく、普通に街に潜伏していたのだ。


「トビーがその方が安全だって言うから」


 若いリスの男は肩をすくめてみせた。女のアパートは、よっぽど居心地がいいらしい。


「だと思った。どうせ、ヴェルデはあたいに興味がないのよ。何かね、会話が噛み合わないと思った」


 トビーと言うモモンガのショーガールは、ずっと家にいたらしい。しかし、ヴェルデは裏切り者の線ですっかり国境に殺し屋を派遣している。若い二人にはハードボイルドな展開と言うものがいまいち理解できないらしい。


「見てよ、この飛膜ひまく。あたい、元々トニオと同じ地リスなのよ。ヴェルデがそうしろって言うから整形したってのに、今度は狸になれって言うんだから」


 モモンガの飛膜ひまくを、トビーはそびやかした。確かにこの街では無茶な整形手術が横行している。にしても恐れ入った。リスがモモンガになり、果ては狸になれと言うんだから、無茶な話だ。


「あたい、冬は眠いんだ。狸みたいに、冬眠しないのは無理。だからトニオと北へ逃げたいの」

「だったらなんでモモンガなんかに整形した?」

「あたいのおばあちゃんが言ってたわ。女は、整形さえすれば後はなんでも上手くいくんだって!」


 困ったもんだ。まあ面倒くさいのでこれ以上突っ込む気はない。


「トニオ、お前たちはニャーヨークへ行く気か?」

「逃げららればどこでもいいんだけど」


 私がすかさず聞くと、トニオは首を傾げた。


「ある人が紹介してくれてさ。北の方へ俺らを逃がしてくれるって言うんだ」

「落ち着いて聞け。お前たちは裏切り者扱いされてるぞ」


 私が話すと、二人は驚いたようだった。


「そ、そんな!俺たち、ただ冬眠したいだけだ!」


 これで絵図が読めた。どうやら二人の逃避行を利用して、裏切り者の汚名を被せ、自らの悪事を彼らに被せたい人物がいるようだ。そこでだ。灰色の脳細胞じゃないが、私も裏切り者の正体が読めかけて来た。


「逃げるなら、私が手配しよう。その人物とコンタクトを取れるか?」

 トニオはおずおずと頷いた。




「まさかあんただったとは思わなかったよ」


 国境線から北へ三十マイル、指定された飛行場に私は足を運んだ。もちろん、二人は別の場所へ逃がした。そこにのっそりと、銃を持った殺し屋が姿を現すことがわかっていたから。


「ヴォルペの裏切り者は、お前だったんだ」

「よく分かったな」


 ランスキーは銃を私に突きつけたまま、傲然と肩をそびやかした。


「おかしいと思ったんだ。お前だけ、関東のやくざ風、ハードボイルドを吐き違えてるからな。油揚げを横流しする報酬はなんだったんだ?ヴェルデを裏切ってまで」

「話す必要はない。二人の居場所を話してもらおうか。こうなったら、おれは容赦しねえぜ」

「タネは割れてるんだよ。冬眠したい二人を利用して、あんたはヴォルペへの横流しの罪を二人に着せようと思った。私の目が誤魔化ごまかせると思うな。あんたはそれっぽいが、狸じゃない。実はアライグマなんだろ?」

「なっ、なっ!?」


 嘘が下手なランスキーは後退した。私は、銃を構えたままの彼に詰め寄った。


「狸はネコ目イヌ科だが、お前は食肉目アライグマ科だ。この組織じゃ、はなから浮いた存在なんだよ。熊は犬と生きちゃあ行けない」


 私が合図すると同時に、ヴェルデとその配下たちがランスキーの後ろを取り囲んだ。


「てっ、てめえはめやがったな!?」

「あんたの手間を省いてやったのさ。その飛行機で二人を事故に見せかけて、適当に始末する気だったんだろ?」


 私はあごをしゃくった。その飛行機からは大量の油揚げが出てくる予定のはずだった。


「ランスキー。わしは、おのれがアライグマなのはとうに知っとった」

 と呼びかけるヴェルデの目は、切なく歪められていた。

「うっ、うるせえ!」


 ランスキーはついにサングラスを外した。そこには腹黒い狸とは似ても似つかない、かわいいつぶらなお目めがあったのだ。


「おれの気持ちが分かってたまるか!おれだってハードボイルドしたいんだ!こっ、こんなかわいい目めじゃ、タフな台詞も吐けやしない!」

「それで狐に乗り換えたのか?」

「ああ、ニャーヨークへ行けば整形できると持ち掛けられてな。狐の切れ長の目に。俺がヴォルペの提案に乗らねえわけがねえ!」

 私はそこで肩をすくめた。

「アライグマが狐の目になっちゃ、おしまいだ」

「だ、黙れ!」


 ランスキーが引き金をしぼる前に、私はすかさず頬袋の種を吹きだした。


 特大のマカデミアナッツが、ランスキーの銃を跳ね飛ばした。見てますか、お嬢さん。私が常日頃、頬袋を膨らませているのは、ちゃあんと理由があるのだ。ハードボイルドなのだ。


 間髪入れず私は、ランスキーの顔面にストレートを見舞った。これぞハードボイルドだ。かわいい目の殺し屋は、あごを撃ちぬかれて、がっくりと膝を崩した。


「ありがとうございます。スクワーロウさん。お蔭で弟たちとゆっくり冬眠が出来ます」


 ミズ・リスバーンは、ぺこりと頭を下げた。


「めでたく事件が解決したから言うけど頬袋が膨らんでいても、素敵ですわ」


 ったく現金な女だ。


 北へ、二十マイル。誰も二人と、ミズ・リスバーンが街を出るのを邪魔したりはしない。飛行場には、バーニーの飛行機バードが、エンジンを轟かせているだけだ。


「達者でやりな。この街はリスが冬眠しない街なのさ」

 春になったらまた来る、と三人は言い残して北へ旅立った。

「羨ましいんじゃないのか?」

 バーニーは皮肉げに言って肩をそびやかした。

「黙れ」

 ハードボイルドは、死んでも眠らない。だからこそ、この頬袋に種を貯えているのだ。


 それから雪が降った。

 リス・ベガスもクリスマスが終われば一気に、ニュー・イヤーだ。


 降りしきる雪が街を、白銀に染めていく。

 私は北で冬眠するリスバーン家から、何よりの贈り物をもらった。


 年越しそばだ。


 私はそれに、かき揚げを載せて食べることにした。七味をたっぷりとふって割りばしを割る。ハイカラや油揚げもいいが、野菜かき揚げのそばが、毎年の私の定番なのだ。これがあるから、私は冬は眠れない。


「冬眠か」


 私は北へ向かった三人のリスを想った。こんな楽しい冬を通り過ぎて、連中は一気に春なのだ。


 部屋中に立ち込める寒気を吹き払って、私は熱々の年越しそばをすすった。

 眠らない街のネオンの気配が今夜もする。


 ここは冬でも眠らない、リス・ベガスなのだ。

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