第2話 眠らぬ街リス・ベガス
ヴェルデの
二人は行方を
気づくと、ミズ・リスバーンが教えてくれたトニオのアパートの近くに来ている。と、目の前をエナジードリンクを大量に買い込んだ若いリスの男が横切った。
「おい。あんた、トニオ・リスバーンじゃないのか?」
思い切って言ってやると、どさりと男は炭酸飲料を取り落した。
全くなんてことだ。ギャングの女を寝取った若い男は、あのヴェルデに逆らっておいて、一目散に国境を越えるまでもなく、普通に街に潜伏していたのだ。
「トビーがその方が安全だって言うから」
若いリスの男は肩をすくめてみせた。女のアパートは、よっぽど居心地がいいらしい。
「だと思った。どうせ、ヴェルデはあたいに興味がないのよ。何かね、会話が噛み合わないと思った」
トビーと言うモモンガのショーガールは、ずっと家にいたらしい。しかし、ヴェルデは裏切り者の線ですっかり国境に殺し屋を派遣している。若い二人にはハードボイルドな展開と言うものがいまいち理解できないらしい。
「見てよ、この
モモンガの
「あたい、冬は眠いんだ。狸みたいに、冬眠しないのは無理。だからトニオと北へ逃げたいの」
「だったらなんでモモンガなんかに整形した?」
「あたいのおばあちゃんが言ってたわ。女は、整形さえすれば後はなんでも上手くいくんだって!」
困ったもんだ。まあ面倒くさいのでこれ以上突っ込む気はない。
「トニオ、お前たちはニャーヨークへ行く気か?」
「逃げららればどこでもいいんだけど」
私がすかさず聞くと、トニオは首を傾げた。
「ある人が紹介してくれてさ。北の方へ俺らを逃がしてくれるって言うんだ」
「落ち着いて聞け。お前たちは裏切り者扱いされてるぞ」
私が話すと、二人は驚いたようだった。
「そ、そんな!俺たち、ただ冬眠したいだけだ!」
これで絵図が読めた。どうやら二人の逃避行を利用して、裏切り者の汚名を被せ、自らの悪事を彼らに被せたい人物がいるようだ。そこでだ。灰色の脳細胞じゃないが、私も裏切り者の正体が読めかけて来た。
「逃げるなら、私が手配しよう。その人物とコンタクトを取れるか?」
トニオはおずおずと頷いた。
「まさかあんただったとは思わなかったよ」
国境線から北へ三十マイル、指定された飛行場に私は足を運んだ。もちろん、二人は別の場所へ逃がした。そこにのっそりと、銃を持った殺し屋が姿を現すことがわかっていたから。
「ヴォルペの裏切り者は、お前だったんだ」
「よく分かったな」
ランスキーは銃を私に突きつけたまま、傲然と肩をそびやかした。
「おかしいと思ったんだ。お前だけ、関東のやくざ風、ハードボイルドを吐き違えてるからな。油揚げを横流しする報酬はなんだったんだ?ヴェルデを裏切ってまで」
「話す必要はない。二人の居場所を話してもらおうか。こうなったら、おれは容赦しねえぜ」
「タネは割れてるんだよ。冬眠したい二人を利用して、あんたはヴォルペへの横流しの罪を二人に着せようと思った。私の目が
「なっ、なっ!?」
嘘が下手なランスキーは後退した。私は、銃を構えたままの彼に詰め寄った。
「狸はネコ目イヌ科だが、お前は食肉目アライグマ科だ。この組織じゃ、はなから浮いた存在なんだよ。熊は犬と生きちゃあ行けない」
私が合図すると同時に、ヴェルデとその配下たちがランスキーの後ろを取り囲んだ。
「てっ、てめえはめやがったな!?」
「あんたの手間を省いてやったのさ。その飛行機で二人を事故に見せかけて、適当に始末する気だったんだろ?」
私はあごをしゃくった。その飛行機からは大量の油揚げが出てくる予定のはずだった。
「ランスキー。わしは、おのれがアライグマなのはとうに知っとった」
と呼びかけるヴェルデの目は、切なく歪められていた。
「うっ、うるせえ!」
ランスキーはついにサングラスを外した。そこには腹黒い狸とは似ても似つかない、かわいいつぶらなお目めがあったのだ。
「おれの気持ちが分かってたまるか!おれだってハードボイルドしたいんだ!こっ、こんなかわいい目めじゃ、タフな台詞も吐けやしない!」
「それで狐に乗り換えたのか?」
「ああ、ニャーヨークへ行けば整形できると持ち掛けられてな。狐の切れ長の目に。俺がヴォルペの提案に乗らねえわけがねえ!」
私はそこで肩をすくめた。
「アライグマが狐の目になっちゃ、おしまいだ」
「だ、黙れ!」
ランスキーが引き金をしぼる前に、私はすかさず頬袋の種を吹きだした。
特大のマカデミアナッツが、ランスキーの銃を跳ね飛ばした。見てますか、お嬢さん。私が常日頃、頬袋を膨らませているのは、ちゃあんと理由があるのだ。ハードボイルドなのだ。
間髪入れず私は、ランスキーの顔面にストレートを見舞った。これぞハードボイルドだ。かわいい目の殺し屋は、あごを撃ちぬかれて、がっくりと膝を崩した。
「ありがとうございます。スクワーロウさん。お蔭で弟たちとゆっくり冬眠が出来ます」
ミズ・リスバーンは、ぺこりと頭を下げた。
「めでたく事件が解決したから言うけど頬袋が膨らんでいても、素敵ですわ」
ったく現金な女だ。
北へ、二十マイル。誰も二人と、ミズ・リスバーンが街を出るのを邪魔したりはしない。飛行場には、バーニーの
「達者でやりな。この街はリスが冬眠しない街なのさ」
春になったらまた来る、と三人は言い残して北へ旅立った。
「羨ましいんじゃないのか?」
バーニーは皮肉げに言って肩をそびやかした。
「黙れ」
ハードボイルドは、死んでも眠らない。だからこそ、この頬袋に種を貯えているのだ。
それから雪が降った。
リス・ベガスもクリスマスが終われば一気に、ニュー・イヤーだ。
降りしきる雪が街を、白銀に染めていく。
私は北で冬眠するリスバーン家から、何よりの贈り物をもらった。
年越しそばだ。
私はそれに、かき揚げを載せて食べることにした。七味をたっぷりとふって割りばしを割る。ハイカラや油揚げもいいが、野菜かき揚げのそばが、毎年の私の定番なのだ。これがあるから、私は冬は眠れない。
「冬眠か」
私は北へ向かった三人のリスを想った。こんな楽しい冬を通り過ぎて、連中は一気に春なのだ。
部屋中に立ち込める寒気を吹き払って、私は熱々の年越しそばをすすった。
眠らない街のネオンの気配が今夜もする。
ここは冬でも眠らない、リス・ベガスなのだ。
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