第八十五話「迷走」
黒の賢者はライルを奪われた後、念話で部下たちに指示を出していく。
『一ヶ所を除き、階段を封鎖しろ! 手段は問わん。土属性で壁を作ってもよい……』
封鎖を命じたものの、自分一人ではライルに対抗できないと感じていた。
(隷属状態から脱したのであれば、暗黒魔術を使う私は不利だ。他の賢者の力を借りるのは
黒の賢者は他の5人の賢者に念話でそのことを告げる。
『確かに逃がすわけにはいかぬな』と赤の賢者が答えるが、灰の賢者からは否定的な言葉が返ってきた。
『この王都に彼が命を捨てるほどの者がいるかしら? 彼を捨てた家族では無理だし、友人もいなかったはずよ。あなたの作戦のお陰で孤立していたから』
その言葉に黒の賢者は怒りを覚えるが、事実であるため、怒りを抑える。
『スタウセンバーグに一緒に暮らしていたエルフがいた。その者ならブラウニングと同じ価値があるはずだ』
『今から転移魔法陣を使って連れてくるとでも言うつもり? この状況で自分だけ安全な場所に行くつもりなのかしら?』
他の4人の賢者からも同じような念話が届く。
『ならば、逃げられてもよいというのか! せっかく手に入った
『あなたが強引な手に出なければ、協力関係も築けたと思うのだけど』
灰の賢者の言葉に黒の賢者が咆える。
『今はそのようなことを言っている場合ではなかろう!』
そして、他の4人の賢者に向けて念話を送る。
『灰の賢者以外に問いたい! このまま逃がすのか! 人類最高峰の研究者たる
その言葉に赤の賢者が『賢者を名乗るならみだりに興奮するな』と一喝するが、
『確かに面白くはないな。よかろう。我は黒の賢者に助力する』
赤の賢者がそういうと、緑、黄の2人も同意した。しかし、青の賢者は即座に首肯しなかった。
『黒の賢者を含めた5人で当たるべきだ。あの者の力がどの程度か分からぬ以上、最大の戦力で当たるべきだろう。それ以前に自分だけ安全な場所に行くというのは納得できん』
その言葉に他の賢者も同意する。
『よかろう。エルフは部下に連れてこさせる』と黒の賢者は冷静に答えるが、内心ではどう対処すべきか頭を悩ませていた。
(あの者をどうやれば封じ込められるのか……無詠唱が使える者の魔術を封じるには精神を操らねばならぬ。だが、我が魔術では抵抗されれば終わりだ。あの魔法陣を使うにしても、短時間なら抵抗され、逃げられてしまう……)
彼の懸念は他の賢者も感じていたことだ。
『お困りのようね』と灰の賢者が笑うような思念を送る。
『手を貸してもいいわよ。私なら何とかできるから』
そこで黒の賢者があることを思い出した。
『時間を操るのか?』
灰の賢者が得意とする時空魔術は“空間”だけでなく、“時”も操ることができる。ライルの魔銃に使われている“加速”も“時”を操るものであり、その逆も可能であると思い至ったのだ。
『そうよ。でも、完全に時間を止めるには膨大な魔力と時間が必要になるわ。それにはあの魔法陣が必要よ。あまり遠くだと魔術の射程から外れるから、研究棟の地下で足止めしてもらわないといけないけど、あなたたちにできるかしら』
『地下ということは魔法陣の部屋でなくともよいのか?』と黒の賢者が問うと、
『もちろんよ。私があの魔法陣まで行く必要があるけど。それに座標を固定する必要があるから、縦横高さが5メートルくらいの空間に5分ほど足止めしてもらう必要があるわ』
『それだけの場所に5分か。なかなかに難しい注文だな』と赤の賢者がいうと、
『この研究棟を多少壊しても構わんのなら可能だ』と黄の賢者が自信ありげな思念を放つ。
『あの者が手に入るなら構わぬ』と黒の賢者が言うと、
『私が最下層にいることは考慮に入れてもらえるのかしら? 時間を止める前に生き埋めになるのは遠慮させてもらいたいわ』
『そのようなことはせんよ』と黄の賢者が笑う。
その後、簡単な打ち合わせの後、それぞれの賢者は準備を始めた。
■■■
魔法陣の部屋を出た僕たちはすぐに障害にぶつかった。
地下3階に上がるが、地下2階に向かう階段が岩で完全に埋められていた。
その階段を諦め、別の階段を探していると、20人ほどの集団が襲い掛かってきた。ローブや仮面の色から判断する限り、白の賢者以外の賢者の部下のようだ。
M4カービンをフルオートで撃ち、敵を排除する。
しかし、5人ほど倒したところで、それぞれの魔術師が防御魔術である魔力障壁を発動し、銃弾を防ぐ。更にその隙間から火属性や風属性の魔術師が攻撃魔術を放ち、暗黒属性の魔術師が視界を遮る黒い霧を作り出すなど、それまでにない連携を見せてくる。
幸いなことにレベルは400程度と僕たちより100以上低く、こちらがダメージを受けることはなかった。
10分ほどで全滅させ、先に進むが、すぐに同じように敵が現れ、攻撃してくる。
それもさっきの戦いの様子を知っているようで、M4での奇襲は全く効果がなかった。
「鬱陶しい!」とローザは言いながら、縮地を使って相手に肉薄し、魔力障壁ごと魔術を纏わせた刀で叩き切っていく。
アメリアさんは壁を蹴るようにして飛び上がり、天井付近からナイフを投げて相手を倒し、宙返りをしながら着地する。
その動きはモーゼスさんのタブレットで見たニンジャそのものだ。
僕も身体能力を生かして接近し、至近距離から複数の銃弾を撃ち込んで障壁を破壊し、敵を倒していく。
魔術も使えるようになったのだが、まだ制御が甘く、動きが激しいローザやアメリアさんと上手く連携できないので使っていない。
2つ目の集団を20分ほどで全滅させたが、すぐに3つ目の集団が現れる。
さっきの集団より防御を重視し、ローザの刀でも一撃で倒せない。アメリアさんも隙が見つけにくくなり、明らかに効率が落ちた。
「これならどうだ!」とM82アンチマテリアルライフルを僅か数メートルという至近距離から撃ち込む。
その威力に驚いたのか、敵に動揺が見えた。その隙をローザとアメリアさんは見逃さず、一気に懐に入り、敵を殲滅していった。
殲滅を終えたところで、アメリアさんが眉間にしわを寄せて話しかけてきた。
「敵の戦い方がおかしいのではないでしょうか?」
アメリアさんの問いにローザが首を傾げる。
「おかしいとは? 某には至極真っ当な戦い方に見えたが」
僕も特におかしいとは感じなかった。
「僕たちを消耗させようとしている感じはありましたけど、他にはあまり気になりませんでしたが」
「それもあると思いますが、時間を稼いでいる気がします」
「罠だと思うか」とローザが聞くと、
「分かりませんが、何らかの意図があると考えておいた方がいいと思います」
アメリアさんの言葉で全方位に向けて探知魔術を放った。それまでは50メートルほどの範囲だったが、100メートルほどに広げてみた。
「地下の魔法陣の部屋に誰かがいる。それも賢者クラスだ! いつの間に……上からも賢者クラスが5人。一緒に結構強いのが10人くらい来る!」
「何!」とローザが反応し、アメリアさんも表情が更に険しいものになる。
「罠に嵌められつつあると思います。幸い、ライル様の探知魔術のお陰で気づきましたが、このままでは危険です」
「進みますか? それとも戻りますか?」と僕が聞くと、アメリアさんは即座に「戻りましょう」と答える。
元魔王軍の潜入部隊員の意見を聞き、僕たちは来た道を引き返していった。
探知魔術を使いつつ進むと、向こうもこちらの位置が分かっているのか、確実に追いかけてくる。
「どうやっているのかは分からないけど、こっちの位置がばれている。魔法陣の部屋に行くと、賢者クラス6人と戦うことになるけど」
走りながら確認すると、ローザが即座に答えてきた。
「早急に向かってその一人を倒してしまった方がよい。何をするつもりかは分からぬが、あの魔法陣を使うことが目的のような気がする」
「分かった。アメリアさんもそれでいいですね」
「私もお嬢様のご意見に賛成です」
僕たちは足を速めて地下に戻っていく。
幸いなことに上から来る部隊は僕たちより遅く、このままいけば地下に到着するのは僕たちより10分近く後になる。それだけあれば、賢者クラスとはいえ、倒せるはずだ。
「ところで地下の賢者には部下は付いておらぬのか?」とローザが聞いてきた。
「10人ほどいる。それも結構強い。いや、一人だけ大したことがないのもいるな。他の連中と少し離れているから逃げ遅れかもしれないけど」
違和感を覚えたが、特に気にすることなく、魔法陣の部屋に走っていった。
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