第七十五話「決闘の結末」
マーカスとの決闘はあっけない終わり方だった。
渾身の上級魔術、
元々、取り巻きたちを使って僕を殺そうとしていたが、それすら効果がないと知ると、あれほど嫌っていた魔銃を使って僕を殺しに掛かってきたのだ。
運よく即死しなかったので
そこに石弾を叩き込み、マーカスはその場で崩れていった。
「よくやったぞ!」という声が城壁の上から掛かる。見物していたシーカーたちの声だ。
「君の勝ちだ」と立会人のオーガスト・オルドリッジ連隊長が声を掛けてきた。
「私の部下にこれほどの卑劣漢がいるとは思わなかった。王国軍の将として君に謝罪する」
そう言うと大きく頭を下げる。
その間に兵士たちが石弾を受けて気絶しているマーカスを拘束した。城壁の上から僕に魔術を放ってきた彼の取り巻きたちもすべて取り押さえられている。
「ライル殿、無事か!」とローザが慌てた様子で僕のところに飛んできた。
「危なかったけど、今は大丈夫」と安心させるが、頭や心臓に当たっていたら、死んでいた可能性が高く、今になって震えがくる。
「こいつらの処分は確実に行う。貴族としての名誉を賭けた決闘まで汚したのだ。魔導伯もこいつを庇うようなことはせぬだろう」
敵前逃亡の罪に加え、貴族としてあるまじき行いだ。男爵であるオルドリッジ連隊長が見ているし、多くの目撃者もいるから、彼が処刑されることは確実だ。
「今回のことはきちんと調査した方がいいと思います。マーカスのような男がなぜこれほど重要な地位に付けたのか、その責任は誰にあるのか、それを明確にしないとまた同じことが起きると思います」
「私も同じ思いだ。今回のスタンピード発生にもおかしな点がある。モーゼス・ブラウニング氏が今回のスタンピードに
連隊長はマーカスたちを引きずりながら守備隊の建物に向かった。
彼らを見送ったところで、服が血で汚れていることに気づく。
「穴も開いたし、着替えてくるよ」
「そうだな」とローザは言うが、「聞かせてほしいことがあるのだが」と言ってきた。
僕が「何を?」と言って首を傾げると、
「奴に魔術を撃たせる必要はなかったのではないか?」
「撃たせたのは敗北を認めさせるためだね。中途半端な勝ち方だと、なんだかんだ難癖をつけてきそうな気がしたから」
「なるほど。では、奴を攻撃する時も手加減をしたのはなぜなのだろうか。今のライル殿なら最上級魔術で圧倒することもできたと思うのだが」
「殺さないようにするためっていうのが一番大きな理由だけど、魔力放出量に制限があっても勝てると見せつけたかったっていうのもあるかな。レベルアップして強くなったから勝てたんじゃなくて、以前のままでも努力した結果で勝てたと見せつけたかったということかな。そのせいで死にそうになったけどね」
確かに圧倒的な威力を見せつけることもできたが、いじめられていた頃と同じ条件でマーカスに勝ちたかった。そうすることで、僕の努力が無駄じゃなかったことが証明できると思ったのだ。
モーゼスさんのところで魔銃の設計を学び、理屈は充分に分かっている。後は発動のタイミングと軌道の調整を繰り返し練習すれば、今回のような魔銃もどきの魔術を使うことはそれほど難しくなかった。
魔銃を使い続けていたのはその方が強力だからだ。
今回の
しかし、石弾は形が球体であるため、軌道が安定せず、減速も大きい。また、密度が小さい分、貫通力も小さい。消費
それでも今回のような武器が使えない状況を想定し、練習を重ねてきた。その結果がさっきの決闘というわけだ。
「これで少しすっきりしたかな。まあ、スタンピードで死にそうになったことを思ったら、マーカスにいじめられたことなんて些末なことだって今は思えるけどね」
正直な気持ちだ。もちろん、マーカスへの憎しみがすべて消えたわけではない。
「ライル殿がそれでよいなら、某からこれ以上言うことはないな。いずれにせよ、これですべて終わったのだから」
「そうだね」と返し、モーゼスさんの工房に向かった。
■■■
マーカスは鉄格子で仕切られた石造りの部屋で目を覚ました。
冷たい床に寝ていたが、両手両足を拘束されており、身じろぎすることしかできない。誰かを呼ぼうとするが、猿轡のせいでウーウーと唸ることしかできなかった。
(何が起きたのだ? 夕食を食べたところまでは覚えている……誰かに会った気がするんだが……)
マーカスは夕食中、取り巻きたちにいざとなったら魔術を放って牽制するよう命じていた。そこまでは覚えているが、その後、一人になった時に誰かに会った微かな記憶はあるが、何を話したか全く覚えていなかった。
更に決闘の開始直後の記憶はあるが、魔銃を取り出したことすら覚えていなかった。
(ここに放り込まれているということは、俺は負けたんだな……どうしてこうなったんだ? ライルに決闘を挑む必要なんてなかったのに……)
マーカスは敗北によって僅かに冷静さを取り戻した。
(ライルはレベル700のアンデッドに勝っているんだ。俺に勝ち目はなかった。なのにあの時は奴を殺せばすべて上手くいくと思っていた。なぜだ……)
マーカス本人は気づいていないが、敵前逃亡という恥ずべき行為がストレスとなり、黒の賢者が施したライルに対する憎悪が更に強まった。
そのため、ライルを殺しさえすれば、すべてが上手くいくと思い込んでしまったのだ。
10代前半という多感な時期に精神系の魔術を施された後遺症といってもいいだろう。
(これで俺はおしまいだ……黒の賢者様、助けてください……)
マーカスは床に頭を付け、「グスッ」と鼻をすすりながら、自分を破滅に追い込んだ張本人、黒の賢者に助けを求めていた。
しかし、黒の賢者はおろか、誰も彼を助ける者はいなかった。
■■■
時間は前日マーカスが夕食を摂った後に遡る。
黒の賢者はライルに接触するか悩み、断念した。
(忌々しいことにブラウニングがいろいろと吹き込んでいるらしい。私に対する敬意が薄れている可能性がある。ここで下手に接触してへそを曲げられたら厄介だ……)
そう考え、マーカスの下に訪れた。マーカスは黒の賢者が現れたことで自分がまだ見捨てられていなかったことに安堵する。
「此度のことをすべて話すのだ」
黒の賢者の命令で話を始めたが、言い訳ばかりで要領を得ない。そのため、暗黒魔術を掛けて、聞きたいことだけを聞き出した。
その中で、明日ライルと決闘を行うという情報を得た。
(これは使える。あの者の力を確かめてから接触の方法を考えればよい……)
黒の賢者も鑑定のスキルは持っているが、ライルの探知能力の高さを警戒し、鑑定が可能な距離まで接近できずにいた。そのため、遠方から2人の決闘を観察することで能力を把握しようと考えた。
「明日の決闘でお前は使える最大の魔術を奴にぶつけろ。もしその魔術が効かなかったら、これを使って竜人の娘を殺せ。使い方は分かるな」と言って、魔銃を手渡した。
マーカスが首を横に振ると、黒の賢者は基本的な使い方を教えた。
しかし、その教え方はおざなりで、スライドさせて弾を送り込むことと簡単な照準の付け方だけしか教えていない。
黒の賢者にはローザを殺させる気はなかった。ただ、ローザを攻撃すれば、ライルは激怒し、最大の魔術でマーカスを殺そうとすると考えたためで、その魔術さえ見られれば、ローザがどうなろうが彼には関係なかった。
逆に自分の関与を疑われるとその後の関係が面倒になることから、威嚇だけで充分だと考えていたが、マーカスが間違いなく攻撃するよう、殺害を命じたのだ。
翌日、決闘が始まったが、ライルは強力な魔術を使わなかった。
(前と変わらぬではないか? 本当にレベル700のノーライフキングを倒したのか? いかにブラウニングの魔銃が優秀でも不可能なはずだ……竜人の娘に魔銃を使えば、嫌でも実力を見せるはず……)
その時、マーカスが魔銃を取り出した。
ここまでは黒の賢者の思惑通りだったが、事態は違う方向に向かった。
マーカスは以前に施された洗脳が抜けきっておらず、ライルに対する憎しみで凝り固まっていた。そのため、魔銃を握った瞬間、黒の賢者の指示を忘れ、ライルに狙いを定めたのだ。
(馬鹿者! 何をする!)
黒の賢者は慌てたが、マーカスの方が早かった。
ライルが撃ち倒された瞬間、飛び出そうかと思ったが、黒の賢者は神聖魔術を使えないため、治療ができない。更にここで自分が出ていけば、話がややこしくなると、その場に留まった。
その判断が功を奏した。
(あれは最上級魔術のエクストラヒールの光だ! あれほどの魔術を使えるようになっているなら、
歓喜に打ち震えながらその光景を見ていた。
(一時はどうなるかと思ったが、あの道化も役に立った。後はどうやってあの者にアプローチするかだ……)
既にそのタイミングでマーカスのことは頭の片隅にも残っておらず、完全に忘れ去られていた。
数分後、魔導飛空船が到着した。
夜間は危険なことから、朝になって出発し、ちょうど到着したのだ。
黒の賢者は転移魔術で魔導飛空船に戻った。
そして、何事もなかったかのように部下たちと共に地上に降り立った。
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