第七十四話「マーカスとの決闘」

 グリステートの町に戻ってきたマーカスが何を思ったのか、決闘を申し込んできた。

 恐らく生き残りである僕の口を封じるつもりなのだろう。


 僕としてもこの展開はありがたい。

 マーカスのレベルが上がっていないことは鑑定で確認しているから、魔導具で測定させられれば、証拠として使える。


 しかし、今の状況ではマーカスは絶対に非を認めないだろうし、この場で証拠を突きつけないと、王都に戻れば魔導伯家の力を使ってもみ消してくる。それを防ぐためには、奴自身に罪を認めさせる必要があった。


 そのため、怒りに我を忘れて決闘を受けたように見せかけたのだ。

 僕の演技は大したものじゃなかったが、奴はまんまと引っかかった。


「君が勝ったら、僕はさっきの言葉を取り消し、君が最後まで戦っていたと証言する。だが、僕が勝ったら、君にはレベルの測定をしてもらうぞ! それとも負けるのが怖くて、この条件も飲むことができないのか」


 僕の挑発にマーカスは余裕の笑みを浮かべ、


「いいだろう。だが、決闘の条件は俺が言う通りにしろよ。まずは互いの距離は20メートルだ。その場に直径3メートルの円を描き、そこから出たら無条件で負けだ。魔術以外の手段は禁止だ。もちろん、魔導具の補助も認めない。立会人は双方から1名ずつ出す……」


 奴にとって有利すぎる条件だ。もちろん、僕が攻撃魔術を使えないという前提だが。


「それでは君が有利すぎる。直径3メートルだと避けようがない。せめて直径10メートルは必要だ。それに立会人が中立じゃないと、後で揉める。立会人はオルドリッジ連隊長にお願いしたいんだが、どうだ」


「分かった。立会人は連隊長に任せる。10メートルでは広すぎる。5メートルなら認めてやろう」


 僕としては直径3メートルでも問題なかったが、渋々という感じで頷く。

 マーカスがオルドリッジ連隊長に「決闘の立会人をお願いしたい」と頼むと、


「この決闘が必要だとは思わん。貴様が自らの潔白を証明すればいいだけだ!」


 マーカスを睨みつけながらそう言い放つ。

 連隊長の言っていることは正しい。僕が血気に逸ってマーカスの挑発に乗ったように見えているのだろう。


「本人同士が認めているのだ。あなたがとやかく言う問題ではない」とマーカスが言った。


「僕もそれで問題ありません! こいつとはきちんと決着を付けなくちゃいけないんです!」とマーカスに合わせるように早口でまくし立てる。


 オルドリッジ連隊長は「一度落ち着いて考えてみるんだ」と気を使って言ってくれるが、「いいんです!」と興奮した感じで答える。


 連隊長も仕方ないという感じで、決闘を認めた。


「明日の午前9時に迷宮の入口で決闘を行う。先に言っておくが、エクレストンに対する疑惑はこの決闘の結果とは関係なく、明らかにする。これは国を守って散っていったカーンズやリンゼイの名誉を守るためだ。分かったな」


 連隊長の言葉にもマーカスは余裕の笑みを崩さない。唯一の生き残りである僕が最後まで戦っていたと証言すれば、問題はすべて解決すると思っているのだろう。


 連隊長は僕が頭を冷やす時間が必要だろうと明日にしてくれたようだが、僕は冷静だ。


 マーカスたちがロビーから出ていったところで、表情を緩める。

 ローザの他にラングレーさんたちもいるが、全員が余裕の表情だ。


「ライル殿はこれを狙っていたのか?」とローザが聞いてきた。


「ああ。あいつを王都に戻せば、必ず実家の権力を使って揉み消してくるからね。ここで自らの罪を認めさせないと、戦って亡くなった人たちに顔向けができないから」


「大丈夫だとは思うが、油断はするなよ」とラングレーさんが言ってきた。


「ええ、あれでも一応、魔導学院の首席ですからね」と答えるが、レベル差を考えれば、魔術による攻撃でダメージを負う可能性はほとんどない。つまり、僕にとってリスクは全くないのだ。


 ローザやラングレーさんたちだけでなく、多くのシーカーから「頑張れよ!」とか、「あんな奴に絶対に負けるな!」という激励の声が掛かる。


 その夜はマーカスが何か仕掛けてくるかもしれないと考え、ラングレーさんの屋敷に泊まった。


 そして、翌4月30日の朝、準備が終わったという連絡が入った。


「奴がどんな手を使ってくるか分からん。そのことだけは頭の片隅に残しておけ」


 ラングレーさんが忠告してくれる。


「分かりました」と言うものの、僕はあまり心配していなかった。


 あと10分くらいになったので、僕は1人で迷宮の入口に向かった。

 地面には2つの円が描かれており、マーカスはその1つの中心に立っていた。

 魔術師のローブを纏い、杖を持ち、やる気を見せている。


 多くの兵士やシーカーが城壁の上から見ている。その中にいつも周りにいる取り巻きたちもいた。


 僕ももう1つの円の中心に立つが、手には何も持っていない。


「杖も持たずに戦うつもりか? ああ、そうだったな。杖があってもまともに使えないから意味がないんだったな。ハハハ!」


 マーカスの哄笑が響く。

 オルドリッジ連隊長が僕たちの間に立つ。


「それではマーカス・エクレストンとライル・ブラッドレイの決闘を始める。ルールは昨日確認した通り、魔術のみを使用し、戦闘不能に陥るか、降伏するまで戦う。円の外に出たら、その時点で負けだ。開始の合図をするまで呪文の詠唱は禁ずる。分かったな」


 それだけ言うと、2人の間から離れ、壁際に立ち、「始め!」と言った。


 マーカスは杖を掲げ、呪文を唱え始めた。

 呪文を聞く限り、火属性の上級魔術を使うらしい。

 狙いとしては悪くない。直径5メートルでは常識的には逃げようがないからだ。


 僕は何もせずにマーカスの魔術が完成するのを待つ。10秒、20秒と過ぎるが、なかなか魔術は完成しない。

 30秒ほど経ち、ようやく魔術が完成したのか、杖を僕の方に向けた。


地獄の炎弾ヘルファイア・バースト!」とマーカスが叫び、勝ち誇った顔で魔術を発動した。


 その直後、直径5メートルほどのオレンジ色の炎の塊が出現する。

 上級魔術というには威力が足りない感じだが、訓練を怠けていた彼に発動できたことは驚きだ。


 僕に向かって飛んでくるが、転移魔術で上空に逃げ、それを易々と回避する。

 今の僕とマーカスのレベル差なら受けても軽い火傷もしないはずだ。しかし、服が焦げるのが嫌で避けた。


 マーカスは勝利を確信していたのか、勝ち誇った顔をしていた。しかし、僕が無傷で立っていることに気づくと、目を丸くして呆けた顔になっている。

 その顔に思わず笑いそうになるが、マーカスが喚き始めた。


「外に逃げた! 反則だ!」


 その言葉にオルドリッジ連隊長が「外には出ていない。上には飛んでいたがな」と冷静に答える。


「何!」というが、それ以上言葉が出てこないようだ。


「では、僕の方から反撃させてもらうよ」


 それだけ言うと、無詠唱で石弾ストーンバレットの魔術を発動する。今の僕なら直径30センチ以上のものを撃ち出すことができるが、あえて以前と同じ弱い魔術を発動した。

 大きさは直径5センチくらいで重さは150グラムほど。これを秒速10メートルほどで撃ち出す。


 発射と同時に時空魔術の加速を多重発動させ、一気に加速させる。

 原理は魔銃と同じだが、魔銃のように銃に魔法陣を描くのではなく、飛んでいく軌道に魔法を展開する。


 加速段数は8段。これで4.3倍にまで加速するため、秒速43メートル、時速でいえば155キロになる。更に加速させることは可能だが、威力を上げ過ぎるとマーカスを殺してしまう恐れがあり、ダメージが与えられ、当たり所が悪くなければ死なない程度の威力にした。


 石弾は見事にマーカスの腹部に命中した。


「うっ!」と唸りながら膝を突いて蹲る。


「降伏するなら今のうちだ。この程度の魔術なら何発でも撃てるんだから」


 僕としては痛め付ける気はなく、負けを認めてくれればいいと思っていた。

 マーカスは反吐を吐きながら、転げ回るだけで降伏の意思を見せない。

 もう一発撃ち込んだ方がいいかなと思っていたら、城壁の上からローザの警告の声が聞こえてきた。


「ライル殿、危ない!」


 振り返るとマーカスの取り巻きたちが僕に向けて魔術を放っていた。初級魔術程度で大した威力はなく、転移魔術を小刻みに使うことで5発すべてを回避した。


 全部避けて安心していたところに背中に強い衝撃を受け、前に倒れ込む。


 何が起きたのか分からなかったが、腹部に激痛が走り、血溜まりができていくのが分かった。


「エクレストン! 貴様!」というオルドリッジ連隊長の声が響き、更に見物していたシーカーたちの怒りの声が遠くに聞こえた。


 身体を捻ってマーカスに視線を向けると、そこにはハンドガン型の魔銃、モーゼスさんが作ったM1911コルトガバメントを手にしたマーカスの姿があった。その顔には歪んだ笑みが張り付いている。


 魔銃はレベル差を無視して攻撃できるため、レベルが低いマーカスの攻撃が通じてしまった。

 まさかマーカスが嫌っている魔銃を使ってくるとは思わなかった。完全に僕の油断だ。


「死んでしまえ! お前がいなければすべて上手くいくんだ! ハハハ!」


 狂ったような笑い声が響く。

 ここで次弾を撃ち込まれたら、殺されるかもしれないと恐怖が過る。

 しかし、彼は次の弾を撃つでもなく、狂ったように笑い続けていた。


 僕はその隙を利用し、無詠唱で最上級治癒魔術エクストラヒールを唱え、傷を治していく。神聖魔術の光が漏れているはずだが、マーカスは狂ったように笑っているため、気づいていないようだ。


 治癒が完了したところで、立ち上がった。僕の姿に驚いたのか、それまでの狂ったような笑いが消え、呆然と僕を見つめている。


「君の反則負けだ!」と言いながら、さっきの石弾より強力な一撃を放った。

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