第六十八話「進化」

 命なき者の王ノーライフキングを自爆という方法を使って何とか倒した。


 しかし、ノーライフキングの闇の槍を受けたローザは、生きているのかすら分からない状況だ。


 駆け寄ってみると、ごく弱いながらもまだ息があった。


(よかった! でも早くしないと……)


 焦りながらポーションの飲ませようとするが、片手がなく、上手く開けられない。口を使って何とかポーションの瓶を開け、右手で彼女の身体を起こし、口移しで流し込む。


 飲み込ませることに成功したものの、流れ出る血は止まらず、息は浅いままだ。

 もう一度ポーションを飲ませるが、彼女の命の火が消えるのを止めることができない。


「駄目だ! 死ないでくれ! 頼む!……」


 その時、無意識に治癒魔術ヒールを使っていたらしく、左手首から神聖魔術の白い光が漏れていた。


「使えるのか?」と一瞬呆けるが、すぐに気を取り直した。


 そして神聖魔術の“最上級治癒魔術エクストラヒール”を発動しようと魔力を集めていく。

 使えるかどうか分からないが、とりあえず呪文は覚えていたので発動させることだけを考えていた。


 エクストラヒールはあっさりと発動した。


 ローザの全身が真っ白な光に包まれる。

 そして、流れていた血は止まり、息も規則正しいものに変わっていた。


「どうして使えたんだ?」と疑問が頭を過る。


 エクストラヒールは1回の消費MPが10万以上と、レベル450の“導師”と呼ばれるほどの神聖魔術の使い手でもギリギリ発動できるかどうかと言われているほど、難しい魔術だ。


「そんなことはいい。これで助かった……」


 彼女を救えたことで安堵の息を吐き出す。

 そこで5メートルほど離れた場所に吹き飛ばされていたアメリアさんが目に入った。


「もしかしたらアメリアさんも助けられるかもしれない……」


 そう思ってローザの身体を地面に寝かせ、アメリアさんの下に向かった。

 普段は埃一つ付いていないメイド服は土と血で汚れ、きれいにまとめ上げている髪も大きく乱れている。


 うつぶせに倒れている地面には血溜まりができており、ローザよりも酷い状況であることは明らかだ。


 痛む左手を右手で押さえながら近づき、抱き起す。

 出血が酷く、僕の右手にべったりと血糊が付く。呼吸している感じはないが、それでも左手を翳し、エクストラヒールを発動した。


 きちんと効いているらしく、治癒魔術の白い光がアメリアさんを包んでいた。

 彼女の状態が分かればいいのにと思っていると、ぼんやりとだがステータスが見えてきた。


(鑑定が使える……どうして……)


 そう思うものの、アメリアさんの状態を確認すると、体力HPはまだ回復していないものの、それ以上減ることはなかった。


 そこで緊張の糸が切れ、左手を失った激痛が再び襲ってきたのだ。


 アメリアさんを地面に寝かせ、自分にも治癒魔術を掛けようと思ったところで、自分の魔力MPの残量が気になり、パーソナルカードを出す。


 そして、その結果を見て驚いた。


 種族:神人族(ハイヒューム)

 年齢:18歳

 称号:銃聖・導師

 レベル:     602

 STR:  20,280

 AGI:  46,644

 DEX:  23,660

 VIT:  16,900

 INT: 128,439

 MND: 304,198

 LUK:      50

 HP:  215,874/278,100

 MP:3,710,321/5,005,807

・武術スキル:銃の極意5、槍の心得7、格闘の心得9、剣の心得5

・武術補助スキル:狙撃10、乱射10、速射10、回避7

・魔術スキル:火魔術の心得8、風魔術の極意3、水魔術の心得8、土魔術の極意1、神聖魔術の心得6、暗黒魔術の心得7、時空魔術の極意5、生活魔術の極意3、付与魔術の極意2

・魔術補助スキル:無詠唱10、多重詠唱10、多重発動10

・探知系スキル:魔力感知6、気配察知9、急所看破5、罠察知1

・阻害系スキル:気配遮断4、魔力遮断5、隠密行動5、忍び足3、消音移動2

・無効系スキル:打撃耐性6、疲労耐性5、恐怖耐性3

・能力向上系スキル:魔力自動回復2

・鑑定系スキル:鑑定2

・一般スキル……


(レベルが600を超えている……)


 レベルが上がったのはノーライフキングを倒したためだ。ここまでは何とか理解の範疇だ。しかし、一番上の項目を見て、僕は困惑した。


(それよりも種族が変わっている。神人族ハイヒュームって伝説の種族なんだけど……)


 ハイヒュームは千年前に“豪炎のインフェルノ災厄竜ディザスター”に滅ぼされた普人族ヒュームの上位種と言われている。

 そのハイヒュームになっていることに唖然としてしまったが、左手の痛みで意識が戻る。


(今はそのことより左手を治さないと……)


 そう考えたが、すぐに思い直した。


(もしかしたら、手首がないから魔力の放出制限がなくなったのかもしれない。治してしまうと使えなくなるかも……)


 そこで右手で使えるか試してみた。すると、今までどれほど力を込めても発動しなかった高出力の魔術が簡単に使えたのだ。


(黒の賢者が言っていたレベルアップの効果なんだろうか……)


 そんなことを考えるが、痛みが耐えがたく、エクストラヒールを左手に使った。

 エクストラヒールは“最上級”というだけあって、欠損部位の修復が可能だ。


 無詠唱でエクストラヒールを使うと、真っ白な光に全身が包まれ身体が温かくなった。そのじんわりとした温かさに、そのまま眠ってしまいたいという誘惑にかられる。

 10秒ほどで魔術を止めると、失った手首から先が元通りに戻っていた。


「凄い……」と思わず口に出してしまったほどだ。


 身体にあった打ち身などもきれいに消えていた。


 左手が戻ったところで、アメリアさんを抱えてローザの近くにいく。

 2人ともHPが全回復していないので、上位治癒魔術ハイヒールを使う。2万ほどMPを消費するが、今の僕にとってはほとんど誤差みたいなものなのだ。


 鑑定で確認すると、2人ともHPは完全に回復しており、目覚めるのを待つだけだ。


 その間にスキルなどを確認していく。


(武術スキルが1つずつ上がっているのはまだ分かる。でも、魔術スキルはどうして……)


 生活魔術を含め、すべての魔術スキルが軒並み4から5も上がっていたのだ。


 普通、魔術を含めすべてのスキルは使わないとレベルは上がらない。レベルが上がる時も一度に2つも上がることはない。だから、魔術スキルが一気に上がったことが理解できなかったのだ。


(ハイヒュームになったことが関係しているんだろうか?)


 そんなことを考えていたら、ローザが身じろぎするのを感じた。


「た、倒せたのか?」


「ああ、何とかね」


「そうか……ライル殿にまた助けられたな」と言ったところで、「アメリアは! アメリアはどうなった!」と言って慌てて身体を起こす。


「大丈夫だよ。寝ているだけだ。治療も終わっているし」


「よかった……」と言ったところで、怪訝な顔になる。


「誰が治療したのだ?」


「僕だよ。レベルが上がって魔術が使えるようになったんだ」


「魔術が使えるようになったのか! それはよかった!」


「ありがとう。そう言えば、君もレベルアップしているはずだから確認したらどうだい」


 そう言うと、ローザはパーソナルカードを取り出した。そして、それに目を落とすと、驚きの表情になった。


「570……レベルが100以上上がっているのだが……」


「そうみたいだね。僕もレベル600を超えていたよ。あのノーライフキングってどれくらいのレベルだったんだろうね。ここまで上がったということは700を超えていたことは間違いないとは思うけど」


「レベル700……確かにそうだな。怒りに任せて剣を振るったが、全く相手にならなかった……」


 そんな話をしていると、アメリアさんが目を覚ました。


「私は生きているのでしょうか?」と口にするが、すぐに「敵は!」と周囲を見回す。


「大丈夫です。僕たちで倒しましたから」


「いや、ほとんどライル殿一人で倒したではないか」とローザが言ってくる。


発射筒ランチャーは君がいなければ撃てなかったし、アメリアさんが動きを止めてくれなかったら当てることはできなかった。僕が止めを刺す時、ボロボロになっていたから、あの一撃がなければ、倒せなかったと思うよ」


「スタンピードはどうなったのでしょうか……」


 そのことをすっかり忘れていた。


「あれより強い魔物が出てきたらまずい。一度、探るべきではないか」


 ローザの言葉を聞き、探知魔術で探る。魔力放出量の制限がなくなったことと、残量に余裕があることから半径1キロの範囲を調べてみた。


「いないね。ヴァンパイアとワーウルフが10体くらい残っているだけだ」


 僕たち3人は転移魔術を使い、残っていたヴァンパイアたちを駆逐した。

 最後に迷宮の入口を見に行くと、開いていた扉がしっかりと閉じている。

 丸2日続いたスタンピードが終わった。


■■■


 ノーライフキングが解き放たれなかったのはスールジア魔導王国にとって僥倖であった。

 ライルのように特殊な武器を使わなかった場合、七賢者セブンワイズの持つ全戦力を投入しても倒せる確率は5割を切っていただろう。

 もっともセブンワイズは互いに協力し合うことがないため、全滅した可能性が高かった。


 このノーライフキングが今までになく危険な存在だった。それは人としての記憶を持っていたためだ。

 もし、ライルに興味を持たず、人としての精神が安定する時間があったならば、魔物の本能に従い、殺戮の限りを尽くすだけでなく、狡猾な戦術を駆使したことだろう。

 その場合、スールジアを壊滅させ、更に周辺諸国を蹂躙したことは間違いない。


 その後は魔王アンブロシウス率いる魔王軍か、西の王国に現れた特異ユニークな2人組に倒されたであろうが、それまでに数百万を超える人々が命を落とすか、故郷を失い逃げ惑うことになったはずだ。


 逆説的な言い方だが、“特別なノーライフキング”がいたことも王国とっては僥倖であった。

 本来ならレベル700クラスの魔物が10体以上、レベル650クラスの魔物が100体以上出てきてもおかしくない状況だったが、ノーライフキングがそれらの魔物を吸収したことにより、一体のみで済んだためだ。


 もし、それらの魔物が外に出たならば、ライルたちでは対抗できず、ノーライフキング一体が引き起こすよりも広範囲で殺戮が行われただろう。完全に終息させるにはそれらの魔物すべてを駆逐しなくてはならず、長い時間と多くの人的資源が失われたはずだ。



 今回、ライルが神人族ハイヒュームに進化したが、これは“限界突破”という特殊スキルによるものだ。


 本来、普人族ヒュームはレベル500で限界を迎える。それを突破することで、ハイヒュームに進化できるが、その条件は非常に厳しいものだ。


 “限界突破”の取得条件は“自分より100以上高いレベルの相手を倒す”というものだ。パーティを組んでいる場合はその中の最高レベルの者とのレベル差が100以上必要だ。

 ライルの場合、魔銃という特殊な武器を持ち、そのレベル差を覆すことができたため、取得できたが、通常であれば、ほぼ取得不可能といえる。


 ライルの魔術のスキルが大きく上昇した理由は2つある。

 1つは進化によるものだ。ヒュームに比べて高い魔術の才能を有しているハイヒュームになったことにより、魔術のスキルレベルが嵩上げされたのだ。


 もう1つはライルに掛かっていた魔力放出量の制限が解除された影響だ。

 それまで十分な経験を有しているにもかかわらず、制限によって本来上がるべきスキルレベルに上がっていなかった。その制限の解除と共にスキルレベルが上昇したのだ。


 いずれにせよ、ライルはスールジア魔導王国でも有数の強者となった。レベル的にはセブンワイズに劣るものの、魔銃を使うことにより、そのレベル差を容易に覆すことができる。戦い方次第だが、レベル700を超える魔王アンブロシウスとすら互角に戦える可能性が高い。


 セブンワイズの設立目的であるハイヒューム復活は果たされた。しかし、彼らは未だこの事実を知らなかった。

 黒の賢者がライルに監視を付けたが、その者たちは溢れ出た魔物たちにすべて殺されてしまったためだ。


 監視者はレベル400程度とアメリアとほぼ同等であったが、隠密能力に劣ることと、激しく動き回るライルを監視するため、彼らも動き回っていたため、魔物に発見されてしまい、抵抗空しく殺されていた。


 こうしてライルは生まれてからの18年間で初めて、黒の賢者の監視の目から逃れることができた。

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