第六十六話「死の王」
その存在は500階の
しかし、その存在は迷宮の魔物としては
本来、迷宮内の魔物では持ちえない“自我”を有しているためだ。
その自我はかつて迷宮に挑み、志半ばで命を落とした
(我ハ何故ココニイル……何ノタメニ存在シテイル……外ニ出ネバナラン……人ヲ殺サネバナラン……魔物ガ憎イ……力ガ欲シイ……)
未練を残して死んだシーカーの魂がリッチと融合したことにより、人への強い殺意と外の世界への渇望を持ち、更には人であった時の魔物への憎しみも残っており、混沌とした自我を形成していた。
何百年も守護者の
リッチは魔物の本能に従い、上に向かった。
500階にはアンデッドが多く徘徊しており、それらも上に向けて移動し始めていた。
本来であれば、迷宮の魔物同士が相争うことはない。しかし、そのリッチだけはそれを無視できた。人だった時の記憶に従い、魔物を倒し、力を得ようと考えたのだ。
リッチは近くにいるアンデッドたちを襲い、次々とその力を吸収していった。更に下層階のゴーレムやデーモンなどにも襲い掛かっていく。
501階から550階に現れるゴーレムはミスリルやアダマンタイト、オリハルコンといった魔術が効きにくい特殊な金属で作られており、本来であれば魔術師であるリッチにとって相性の悪い相手だ。
しかし、人であった頃の記憶により、ゴーレムの弱点、胸にある
更にその下の階層のデーモンはグレーターデーモンやその上位種デーモンロードなどで多層障壁による強力な防御力を持ち、剣術や魔術の優れたスキルを持っている。
これもリッチにとっては強敵で、通常であれば接近戦を挑まれて敗れ去るのだが、味方であることを利用し、時間は掛かるが強力な攻撃魔術を撃ち込むことで容易く倒していった。
これにより、当初600程度であったレベルは750に迫るほどになり、アンデッドとしては最強クラス、リッチの上位種でありアンデッドの王である“
ノーライフキングとなったことにより、彼は吸収しきれなかった魔力を使い、眷属を召喚していった。しかし、迷宮によって制限された自我のため、その召喚は無意識に行われており、その眷属たちを認識することはなかった。そのため、眷属たちを無視して移動を続けた。
残された眷属たちは主の命令がなく、また迷宮の意思から独立していることから、迷宮内を徘徊し始めた。
ノーライフキングとなったリッチは迷宮の魔物の本能に従い、階層を上がっていく。
途中で強力な魔物は吸収していったが、次第に彼が欲するような強い魔物は減っていく。これ以上魔物を吸収する必要はなくなったと判断した彼は移動速度を上げた。
途中で人族を感知したが、自らの力とならないほど弱いため、無視することにした。その人族の中にラングレーらのパーティもあった。
(我ニ必要ナ存在ハオラヌナ。外ニ出ネバナラヌ……)
この幸運により、ラングレーら迷宮内で息を潜めていた
ノーライフキングが迷宮の入口に到着したのは4月23日の午後10時頃だった。
(ヨウヤク出ラレル……コレデ外ニ出ラレルノダ!)
迷宮の意思による制限を受け、ぼんやりとした魂でしかなかったが、それでも強い解放感と達成感が湧き上がっている。
外に出る直前、強い衝撃を受けた。
それはライルの放った銃弾によるものだった。
(何!? 何ガ起キタノダ?)
近くに自分を傷つけられるほどの存在は感じられず、感情の乏しい彼でも驚いたほどだ。
(近クニ力ヲ感ジヌ……否、弱い力はある……この程度の者が何をしたのだ?……)
迷宮の外に出たため、制限されていた自我がはっきりとしてきた。
反射的に魔術を放ったが、それが外れたことにも驚く。
(外したか……それにしても何者であったのだろうか? 脅威となるほどの魔力は感じなかったのだが……うむ……)
今の彼は自我が解放されたばかりで、ある意味幼い子供のようなものだ。外に出られた解放感が彼の魂を高揚させた。感じるものすべてが新鮮で、無邪気に好奇心に従う存在だった。
周囲を探ると、自分を攻撃した者たちが逃げていくが分かった。
(周りに魔物以外の存在はあれ以外にはおらぬ。ならば、先ほどの衝撃が何であったのか知るのも一興であるな……)
好奇心に従い、自分を攻撃した者たちを追った。転移で追いかけることも可能だったが、 相手が止まったことから、数百年ぶりの外の世界を楽しむようにゆっくりと進む。
町の外に出ると、2人の人族が待ち構えていた。
その2人の魔力は迷宮で吸収した魔物と比ぶべくもなく、疑問が首をもたげてくる。
(この程度の力しか持たぬのに何をしようというのだ? 先ほどの攻撃が効かなかったことは分かっているはずだが……)
レベル差は300近くあり、自分が傷つくとは全く考えていなかった。
(まあよい。先ほどの攻撃を見せてくれるだけでもよい。それ以上なら、なおよいのだが……)
圧倒的な強者であることで、彼は慢心した。
近づいていくと、力こそ弱いものの、異常なほど素早い人族の女が襲い掛かってきた。
当初は余裕で対応していたが、煩わしくなり排除を決める。
(我はあの存在が気になるのだ。邪魔をするな!)
排除を決めたものの、新たに得た力の制御が上手くいかず、相手に掠ることなく、無駄な攻撃ばかりで苛立ちが募っていく。
(なぜ当たらぬ! 面倒だが、こ奴を先に始末せねばならんな)
煩わしい相手を先に倒すことに決め、足を止めた。
そこにその女が突っ込んでくる。
右手には魔術師用の杖でもある錫杖があるため、左手を伸ばした。そして、闇の刃を作り出し、みぞおち辺りに突き刺す。
「い、今です!」とその女、アメリアが叫ぶ。
その瞬間、本能が危険を察知した。
咄嗟に右手を突き出し、障壁を展開する。彼の本能が常に纏っている障壁では守り切れないと警鐘を鳴らしたためだ。
その直感は正しかった。
障壁はギリギリで間に合った。また、受け止めることは危険だと感じ、上に弾くように展開していたことも功を奏した。
それでも十分ではなかった。
信じられないほどの強い衝撃が彼を襲う。
突き出した右腕は錫杖ごと吹き飛び、纏っていた魔術師のローブもボロボロになっていた。頭蓋骨の右半分が消し飛んでいる。
彼の
アメリアはその衝撃で数メートル吹き飛ばされていたが、彼の興味を引くことはなかった。
(何が起きたのだ……)
呆然としている彼に竜の末裔の女が襲い掛かってきた。
「よくも!」と怒りを込めた声が響く。
その女、ローザは「ハァァァ!」と気合を込め、炎を纏わせた刀を振り下ろした。
残った左手でその剣を受け止める。
炎が指を焼くが、アンデッドである彼は痛みを感じない。
(この程度か……)
彼に危機感はなかった。
(HPの残量は心許ないが、この程度の攻撃では障壁すら不要だ。あの攻撃も次は転移で避ければよい……それにここはなぜか魔力が集まってくる。放っておいても身体は勝手に修復されるだろう……)
初撃こそ障壁で防御したが、次に同じ攻撃が来たら転移魔術で回避すればよいと考えていた。また、黒の賢者が設置させた大規模な魔法陣によって魔力が集まっており、ノーライフキングのHPは徐々にだが回復している。
ノーライフキングはローザの攻撃を封じながら、どうするべきか考えていた。
(先ほどの攻撃はもう1人の方であろう。どのような技を使ったのか、聞き出すのも一興だな。ならば、この女は邪魔だ……)
人なら瀕死の状況を招いた相手に対し、強い怒りを覚えるはずだが、アンデッドと彼には感情が欠落しており、怒りはなかった。それよりも好奇心の方が勝っていたのだ。
ノーライフキングは掴んでいた剣を無造作に振る。
竜人族であり膂力に自信を持っていたローザだが、抵抗することすらできず、剣ごと振り回され、地面に叩きつけられた。
「ローザ!」という男の声が響き、身体にパラパラという感じで軽い衝撃を受ける。
ノーライフキングは片方しか残っていない赤く光る眼で迫ってくる男、ライルを一瞥すると、ローザに魔術を撃ち込むため左手を向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます