第六十五話「決死の一撃」

 4月23日の午後10時過ぎ。


 パーガトリー迷宮で発生した魔物暴走スタンピードは終息に向かっている。しかし、魔物の数は減ったものの、迷宮の主と言えるような強力な力を持つ存在が現れた。

 それは命なき者の王ノーライフキングだ。


 僕のM82マテリアルライフルで狙撃したが、傷を付けることすらできなかった。逃げ出したいが、これほどの存在を野放しにすることはできないと対決を決意する。


 300メートルほど離れたが、この程度の距離では簡単に場所を探知され、僕たちがいる町の南の荒地に向かっている。


 決戦用の兵器として、携帯用発射筒ランチャーを使う。これはモーゼスさんが作った物で、長さ1.5メートル、太さ10センチほどの鉄の筒に2ヶ所握りグリップがあり、“バズーカ”と呼ばれるものに近い形だそうだ。


 ノーライフキングと戦うに当たり、アメリアさんが囮になって足止めしてくれることになった。僕としては危険だからやめてほしいが、止める間ものなく、闇の中に消えてしまった。


「あの岩陰から撃とう。あそこなら月明かりを背にするから少しは見やすいから」


「そうだな。アメリアの覚悟を無駄にするわけにもいかぬ」


 姉のような存在のアメリアさんを心配しているのだが、それでもこの状況が危機的だと腹を括ったようだ。


「砲弾を渡すよ」


 そう言いながら、収納魔術アイテムボックスからランチャーと砲弾を取り出し、砲弾を渡す。


 砲弾は鉄製のもので、先端はアダマンタイトが埋め込まれている。通常の金属ではダメージを与えられない魔物に対応するためだが、アダマンタイトは非常に硬いので貫通力を増すためでもあるらしい。


「以前より軽く感じるな」とローザは8キログラムもある砲弾を軽々と持ち上げる。


「そうだね。僕もこれが軽く感じるよ」と肩に載せたランチャーを軽く揺する。


 ランチャーの重さは10キログラムほどで、以前はずっしりと重く、狙いを付けるのにも一苦労だったが、レベルが上がりステータスが向上したことから、それほど苦にならない。


「チャンスは一度だけだと思う。僕にはアメリアさんの動きは見えないから、君が状況を確認して教えてほしい」


「承知」と短く答える。


 禍々しい波動が徐々に近づいてくる。本能的に逃げ出したい衝動に駆られてしまう。


「恐ろしいな。あれは人が戦うような相手ではないのかもしれん……」


 ローザも同じように恐怖を感じているのか、戦いを前にしているにしては口数が多い。

 感じる魔力では既に距離は100メートルを切っている。


「そろそろ見える……」


「では、砲弾を入れる」とローザがいい、後ろ側が重くなる。しかし、彼女が支えてくれるため、大きくバランスを崩すことはなかった。


「狙いを付けたら発射のタイミングは僕が指示する。“準備レディ”で風撃ウインドインパクトの呪文の詠唱を、“発射シュート”で発動を」


「承知」と短く答える。アメリアさんのことが心配なのか、口調が硬いままだ。


 ローザは僕と違い、無詠唱のスキルは持っていないが、詠唱短縮は取得しているので、呪文の名を唱えれば発動できる。但し、魔力を多めに込めるため、発動までに5秒ほどは必要で、僕が加速の魔法陣に魔力を送り込むタイミングに合わせるのが難しい。


 更に敵は近づいてきた。はっきりとは見えないが、月明かりの中に黒いシミのような靄があり、距離は50メートル強だ。

 この辺りから撃つ方が安全なのだが、まともに飛ぶか分からない武器だ。30メートルくらいまで我慢し、必中を狙う。


「アメリアが……」とローザが呟く。


 僕には見えないが、竜人の彼女にはアメリアさんが見えているのだろう。


「ここから撃ってもいいのか?」と聞くが、すぐに答えが返ってこない。


 風の音だけが聞こえる静かな荒野にアメリアさんの発する声が微かに聞こえる。


「どうしたらいいんだ! この距離からでも当てられるんだ!」


「す、済まない。アメリアは激しく動いて敵を撹乱している。ここから転移で場所を変えて、奇襲を掛ける。場所はいつもの射撃地点だ」


 ローザの指示に従い、ランチャーを構えたまま、彼女の手を取る。そして、すぐに50メートルほど移動し、敵の右側に出た。距離は30メートルほどで、ここからなら僕にも何とか見える。


 アメリアさんは激しく動き回り、ノーライフキングを牽制している。思わず見入りそうになるが、強引に意識を戻し、ローザに指示を出す。


「撃つぞ。準備レディだ!」


「了解。風よ、集え……」


 ローザの右手に魔力が溜まっていくのを感じる。

 その時、アメリアさんがノーライフキングに突っ込んでいった。そして、ノーライフキングはアメリアさんに左手を伸ばす。

 次の瞬間、アメリアさんの身体が漆黒の剣で貫かれた。


「い、今です!」というアメリアさんの声が響く。


 一瞬、虚を突かれたが、この機会を逃すわけにはいかないと心を鬼にして指示を出す。


発射シュート!」と言いながら、僕もランチャーの魔法陣に魔力を送り込む。


 銀色の加速用の魔法陣が一気に煌めく。


「ウインドインパクト!」というローザの声が同時に聞こえた。


 バシューン!という空気を切り裂く音が響き、音速を超えた物体が飛翔する衝撃波ソニックブームが巻き起こる。その直後にドーンという音が響いた。


 確かな手ごたえがあり、「やったのか!」と思わず声が出たが、相手の魔力が消えていない。


「駄目だ。いや、ダメージは与えている。某は前に出るぞ!」


 そう言うと、僕の後ろから愛刀、黒紅を抜きながら、ノーライフキングに向かって駆けだした。


「待て!」というが、アメリアさんのことで怒りに我を忘れているためか、僕の声に応えることなく、「ウォォォ!」という雄叫びと共にノーライフキングに斬りかかっていった。


 僕もランチャーを捨て、アイテムボックスからM4カービンを取り出し、銃剣ベイオネットを装着すると、転移魔術を使ってローザの後を追った。

 焦りを覚えながら、急行する。


■■■


 私アメリア・リンフットはローザお嬢様、ライル様と別れた後、お二人のサポートをするため、物陰に隠れながら周囲を警戒しておりました。


 迷宮管理事務所に向かわれたので、私もついていきましたが、恐るべき敵、ノーライフキングがいたのです。


 ライル様の魔銃が全く役に立ちません。それ以上に恐ろしかったのは人族の魔術を遥かに超える威力の魔術を放ってきたことです。


 私も魔人族の軍、魔王軍に属していましたが、あれほどの威力は見たことがございません。もちろん、私のようなダークエルフの間者では魔王アンブロシウス陛下が戦っている姿を見ることはありませんでしたが、少なくとも私たちのおさ、“魔眼のベリエス”様の放つ魔術を凌駕していたことは間違いございません。


 ベリエス様と言えば、魔王陛下、“妖花ウルスラ”様に次ぐ、魔術の使い手であり、レベル600を超えておられたと記憶しております。

 この国にいる七賢者セブンワイズより強力な魔術師で、その方を“遥か”に凌駕するということは陛下ですら魔術においては敵わない可能性が高いということです。


 放たれた火属性魔術は迷宮を囲む城壁を焼き、一部は溶けておりました。彼の伝説の竜、“豪炎のインフェルノ災厄竜ディザスター”のブレスの熱量には及ばないでしょうが、それを思い浮かべるほどの威力に戦慄してしまいました。


 お嬢様とライル様は町の南に退避されました。恐らく、北に向かわないように配慮されたのでしょう。


 あれほどの速度で移動したにもかかわらず、ノーライフキングは正確にお二方の後を追っております。幸い、私は探知されていないようですが、侮れない探知能力を持っていたのです。


 南の荒地でお嬢様たちはあの存在と対決することを決められました。確かに野放しにするには危険すぎますが、私には無謀としか思えませんでした。

 特に実績のない武器を用いることに、もう少し考えていただきたいと思ったほどです。


 それでも私はお嬢様方のために命を捨てようと覚悟を決めました。

 私程度の腕で魔王陛下ですら梃子摺るであろう魔物の足止めは不可能です。精々、嫌がらせを行うことが限界でしょう。

 それでも命を賭ければ一瞬なら動きを止めることくらいはできるはずです。


 決意をもってノーライフキングに挑みました。

 相手は少し浮き上がった状態でゆっくりと進んでいきます。そこに斬りかかるのですが、すぐにその存在感に心が折れそうになりました。間者としての訓練を思い出し、恐怖を抑えるのがやっという状況でした。


 ノーライフキングは最初、魔術を放ってきましたが、私の動きについていけず、苛立ち始めました。本格的に私を排除するため、足を止めました。

 これで私の役目の第一段階は成功です。あとは一瞬だけでいいので完全に動きをとめさせるだけです。


 私は相手の懐に飛び込みました。

 相手がそれを待っていることは分かっていましたが、私の方でもタイミングを計っていたのです。


 ノーライフキングは私に向けて無造作に左手を伸ばしてきました。その骨だけの指から漆黒が伸びてきます。私はあえてそれを胸で受けました。

 痛みで「うっ」と呻き声が漏れますが、そのままの勢いで飛び込み、ノーライフキングの腕を掴みます。


「い、今です!」と最後の力を振り絞って叫びました。


 意識が急速に薄れていくのを感じますが、強い衝撃が私を襲ったことも感じました。

 これで何とかなってくれればと思いながら、私は意識を手放しました。

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