第六十一話「アメリアの秘密」
4月23日午後9時頃。
ワーウルフやヴァンパイアなどを倒し続けて3時間ほど経った。
上位種のヴァンパイアロードも新たに考えた“浄化の針”の魔術を使うことで、倒せるようになった。
この浄化の針だが、検証した結果、1本の針でだいたい直径3センチくらいの障壁を無効化できるらしい。ただし、時間は短く、僅か2秒ほど。それを過ぎると再展開されてしまうことが分かった。
直径3センチなので10個×10個の計100個でも30センチ四方くらいをだいたい無効化できるので、タイミングさえ合わせれば、ローザの剣か、僕の魔銃の銃弾を撃ち込むことは難しくなかった。
厄介だったのはヴァンパイアロードが10体のヴァンパイアを引き連れてきた時だ。
ヴァンパイアは1体ずつなら狙撃で簡単に倒せるのだが、巧妙なことにコウモリに化けさせて接近させ、数で圧倒してきたのだ。
狭い部屋で乱戦になったが、基本的に連携を取らないので、各個撃破で殲滅できたが、冷や汗が出た。
この頃には僕とローザのレベルがヴァンパイアと同等となっていたので、精神攻撃に耐えられたが、もしレベルアップが遅れていたら危険だったかもしれない。
乱戦になると思わぬ事故が起きる可能性があるため、ヴァンパイアロードに対し、M82アンチマテリアルライフルによる狙撃も試してみた。
そのお陰で比較的安全に、アンデッドたちを倒すことができるようになった。
約200体のワーウルフ、約100体のヴァンパイア、約20体のヴァンパイアロードを倒した後、休憩のため、モーゼスさんの工房に戻った。
「おかえりなさいませ」とアメリアさんが出迎えてくれる。
戦果の報告などをしながら、食事を摂る。
食事は非常食で作ったスープとパンだ。
「こんなものしかお出しできなくて」とアメリアさんに恐縮されるが、
「温かい食事を摂れるだけで充分ですよ」
「それよりそろそろここも危険ではないか?」とローザが言ってきた。
「確かにそうだね。ヴァンパイアロードの探知能力は低かったけど、この先何が出てくるのか分からないし」
ヴァンパイアロードは460階以降の
更に501階からはどのような種類の魔物が出るかすら分からず、探知能力に優れた魔物が現れた場合、この場所を見つけられる恐れがある。
「私のことはお気になさらずに。いざとなれば、奥の手を使いますので」
「奥の手?」とローザが聞く。
「旦那様と奥様はご存じなのですが……」と少し言いにくそうにしている。
「アメリアさんが話したくないなら、僕は聞きません。嘘を吐くような方でもないですから、奥の手があるなら信用します」
「某も同じだ」
僕たちの言葉にアメリアさんは小さく頷き、
「やはりお二人にも見ていただきます」と言って、胸元からペンダントを取り出した。最初は宝石かと思ったが、そのトップに付いているのは
「これは特殊な魔導具なのです。これにより私は姿を変えております」
その直後、アメリアさんの姿が二重に見え始めた。
「な、何が……」と思わず呟く。ローザも目を見開いて見入っている。
二重に見えるが、大きく姿が変わっているわけじゃない。
10秒ほどで姿が一つに収束した。
顔や特徴的なエルフの耳はそのままだ。しかし、それまでシミ一つない真っ白だった肌が、今は褐色に変わり、エメラルドグリーンの瞳はルビーレッドに輝いている。
「ダークエルフ……」とローザが呟く。
「その通りです。私は魔人族に属する
そう言って大きく頭を下げた。
ダークエルフは世界に混乱を与えた
ただし、千年以上前の“
「魔人族は滅んだわけではございません。ごく少数が生き残り、大陸中央にあるストラス山脈に潜んでいるのです。今も魔王アンブロシウス陛下は世界に覇を唱えんと力を蓄えつつあります」
「魔王が……アメリアは魔王の手先なのか……」
ローザはわなわなと震えている。
僕も同じだ。魔人族が未だに生き残っているという噂は根強く残っていた。更に魔人族は世界に混乱を与えるため、暗躍しているという話もまことしやかに話されている。
僕も話半分だと思っていたが、子供の頃から聞かされた魔王の話に、本能的な恐怖を感じていた。
「いいえ。私は魔人族とは完全に縁を切っております。旦那様方に命を救われてから……」
それからアメリアさんが自分の過去を話し始めた。
「40年ほど前、私は命令を受け、
アメリアさんは魔王の命令を受けてセブンワイズの研究施設に潜入し、捕まってしまった。その際、人体実験のために捕らえられていた竜人族を助けようと潜入したラングレーさんたちに助けられたそうだ。
「……助けられたものの私は黒の賢者の尋問によって精神がボロボロになっていました。本来なら何の縁もないダークエルフの私を捨てておいてもよかったのでしょうが、旦那様と奥様は私を助けてくださっただけでなく、親身になって私を立ち直らせてくださったのです。それまで道具としての価値しかなかった私を人として扱ってくださいました……」
僕とローザはその話に聞き入っていた。
「……それでも私は任務を遂行しなければともう一度研究施設に潜入しようとしました。旦那様と奥様が身を挺して止めてくださらなければ、再びセブンワイズに捕らえられ、この命はなかったと思います。それから私のことを妹のように思ってくださり、私は徐々にお二人に心開いていったのです。そのご恩を返すため、私はウイングフィールド家のメイドとしてお仕えするようになりました……」
そして、ネックレスを掌に載せて説明を続ける。
「この魔導具は町に潜入する際に使うものなのですが、鑑定されても見破られないように能力もその種族に合わせるようになっているのです。そのため、ダークエルフとしての能力を十全に発揮できないのです」
「エルフに偽装するから、ダークエルフが持つ能力が制限されているということですか?」
「その通りです。エルフも決して身体能力が低いわけではないのですが、ダークエルフには敵いません。また、私の持つ探知阻害というスキルが使えなくなってしまうのです」
探知阻害はその名の通り、探知自体を阻害する。隠密系のスキルである気配遮断では魔力探知や生命探知などで見つかる可能性があるが、探知阻害なら見つからない。そのため、見えないところに隠れていれば、見つかる可能性はほとんどないのだ。
「しかし、灰の賢者には見つけられたのだろう。それ以上の魔物が出てきたら見つかってしまうのではないか?」
「セブンワイズに捕らえられたのは私の油断が原因です。研究者に洗脳を掛けたのですが、情報を漏らすと、上位者に知らされるようになっているとは思っていなかったのです。ですので、そのようなミスを犯さなければ、レベル600程度の魔物に見つけられる可能性は低いと思います」
セブンワイズの賢者はレベル600を超えていると言われている。その賢者たちに通用するなら、賭けてみる価値はあると思った。
実際、物陰に隠れてスキルを使ってみてもらったが、探知魔術を使っても全く認識できなかった。このスキルを持つため、ダークエルフは恐れられていたらしい。
確かにこの能力を使って奇襲を仕掛けられたら、何が起きているか分からないうちに殺されてしまうだろう。
「外に出るより、ここで隠れていてもらった方がいいと思うんだけど」
「某もそう思う」
「いえ、この能力を使ってお二人のサポートを行いたいと思います。と申しましても、直接攻撃に参加しても足手まといになるだけでございますので、緊急時の脱出のお手伝い程度でございますが」
何が出てくるか分からない状況なので、僕としてはありがたい。
ローザも同じことを思ったのか、小さく頷いた。
僕たち3人は更に30分ほど休憩をした後、地下室を出ていった。
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