第三十二話「マーカスの苦悩」
グリステートの守備隊に配属されてから2ヶ月ほど経った10月の初旬頃、
「ライル・ブラッドレイに対する干渉をやめよ」
「ど、どういうことでしょうか? なぜ奴のことを……」
本来なら口答えできる相手ではないが、あまりに意外な言葉に思わず口を突いた。
「お前が知る必要はない」という強い言葉に頭を下げるしかなかった。
それでも納得できなかった。
黒の賢者様がなぜ出来損ないのライルのことを気にするのか。奴より俺の方が優れているのに……。
言葉にこそできなかったが、地面には水滴で濡れた後ができていた。俺の両目から流れた涙によって。
「うむ。暗示が強すぎたか……」と賢者様は呟かれたが、何のことか分からない。
「あの者に対する干渉はそなたのためにならぬ。そなたのような優れた者が自らの評判を落とす必要はない」
そこで賢者様が何をおっしゃりたいのか、ようやく理解できた。
「ご配慮、ありがとうございます。お言葉の通りにいたします」
言われた通り、ライルに対して行っていた訓練を取りやめた。
しかし、俺の心は満足できなかった。
奴が大物を狩ったという話を聞いたり、幸せそうに竜人の娘と訓練をしている姿が目に入ったりすると、苛立ちが募ってくる。
そのため、黒の賢者様の申し付けを完全に守ることができなかった。
肉体的に痛めつけさえしなければ、多少のことはいいだろうと思い、部下たちを使って奴らに対する嫌がらせは継続した。
と言っても食事の邪魔をしたり、魔物の買い取りの邪魔をしたりという地味なものだ。
その後、何度か賢者様の使者と名乗る者がライルに対する干渉をやめるように言ってきたため、その都度、やることを減らした。
そうすると、苛立ちが募り、何かに当たっていないと精神が持たない。
そんな日々が半年ほど続き、3月になった。
部下の1人が奴に関する情報を持ってきた。
「オーガを5体倒してレベルを170に上げたそうです」
「嘘を吐くな!」と即座に否定した。
「出来損ないが、1人でオーガを5体も倒せるはずがない!」
部下は俺の剣幕にたじろぎながらも、
「オーガは以前も倒しております。そのことは報告していたはずですが……」
確かに聞いた覚えはあるが、信じていなかったのだ。
「魔術をまともに使えぬし、武術も守備隊の兵士に劣るのだぞ。そんな奴が
「しかし、あの魔銃というのは侮れないのではないでしょうか」
「貴様は魔導具の方が魔術師より優秀だと言いたいのか?」
「い、いえ……」
ここ数十年、流れ人が魔導具の改善を行い、魔剣や魔弓の性能は大きく上がっている。もちろん、千年前の神話時代の物に比べれば大した威力ではないが、以前より安価になり、多くの者が使い始めている。
また、魔銃はコストこそ掛かるが、レベル300を超える魔物を一撃で倒せるほどの威力を持っている。
そのため、魔術師は不要だと言い出す者が現れ、王国政府も対応し始めていると聞いた。
確かに魔導具は便利なものだ。実際、俺も使っている。
だが、道具では戦いに勝てない。戦いに必要なのは人であり、魔術師なのだ。
魔導具の職人たちは俺たちのことを「魔術至上主義者」と呼んで嫌っているらしいが、俺たちも奴らのことは嫌いだ。
怒りで頭が沸騰しそうになるが、黒の賢者様に言われた以上、ライルに手を出すわけにはいかない。
「ブラウニングを潰すか……」と思わず呟いていた。
「ですが、奴は流れ人です。下手なことをすれば、王国が黙っていませんよ」
「分かっている! だが……」
その時、俺の頭にあったのはライルに力を与えたモーゼス・ブラウニングを殺すことだった。
ブラウニングがいなければ、奴が力を持つことはなく、これほど評価されることはなかった。
(黒の賢者様は奴に手を出すなとはおっしゃったが、ブラウニングに関しては何もおっしゃっていない。賢者様も魔術師が軽んじられることを快く思っているわけがない。流れ人とはいえ、魔術師の価値を下げるような者はこの国に必要ないのだ……)
そう考え、部下に指示を出す。
「ブラウニングを監視しろ」
部下は流れ人を監視するということに疑問を持ったのか、「監視ですか……」と僅かに逡巡した。
「見張るだけだ。奴が誰と会い、何をしているのか。それを確認するだけでいい」
「分かりました」と言って出ていった。
2日後、部下が情報を持ってきた。
「結構繁盛しているようです。多くの商人がこっそり入っていくのを確認しています」
「商人たちが?」
商人たちに圧力を掛け、ライルに関わる者との取引はやめさせていたはずだ。
「はい。その中の1人を捕まえて話を聞いたところ、魔銃を仕入れるために交渉に行ったそうです」
「魔銃だと? あんな金のかかる武器を誰が買うんだ?」
「その点は私も気になって聞いてみたのですが、
「ミスリルランクのシーカーが魔銃を買うだと? 自力で戦えるのにわざわざ高い弾を使う魔銃を買う必要があるのか?」
「ミスリルランクのシーカーは大物の魔物と戦いますが、止めを刺すのに時間が掛かるそうなんです。そのクラスの魔物だと、1体2000ソル以上になりますから、1000ソルの弾でも十分に儲けは出ます。あのライルという男が大物を狩っているので興味を持っている者が多いらしいですね」
「くそっ! また奴か……」
そこで考えていた策を実行に移す。
「この情報を魔導学院卒業者に流せ。魔銃に取って代わられると危機感を煽るんだ」
部下を通じて王都シャンドゥに情報を送った。
■■■
魔導具の急速な進化に危機感を持つ魔術師は“魔術至上主義者”と呼ばれていた。
その歴史は意外に新しく、40年ほど前の大陸暦1080年頃に生まれたとされている。そのきっかけは魔力注入式の魔銃の発明だ。
それまでの魔力結晶式の魔銃にも嫌悪感を抱いていたが、魔力さえあれば魔術の才能とは関係なく、攻撃魔術以上の威力を持つことに危機感を覚えたのだ。
開発された当時から魔力注入式魔銃は火属性魔術の攻撃魔術に比べ、同量の
しかし、その後、魔導具は急速に進化しており、高効率の魔銃が生まれるのは時間の問題だと考える者が多かった。
実際、1090年代の半ばにモーゼス・ブラウニングが多層魔法陣理論を発表し、魔導具の高効率化は更に進んでいる。
また、モーゼスが設計したM16ライフルを模した魔力結晶式魔銃は高コストながらもレベル400の魔術師に匹敵する攻撃力を見せていた。
モーゼスは武器の異常な発達に危機感を持ち、護身用のM16以外に強力な魔銃を設計することはなかったが、その事実は魔術師たち、特に魔導学院を卒業したエリート魔術師たちに危機感を抱かせた。
更に多層魔法陣理論を使った魔剣、魔槍、魔弓などの武器が現れると、魔力至上主義者たちは魔導具職人たちに敵意を抱くようになっていく。
スールジア魔導王国にとって魔導具は最大の外貨獲得手段であり、魔導具職人たちを保護するが、王国政府には多くの魔術至上主義者がおり、魔法陣を用いた武器の製造に一定の制限を掛けていた。
モーゼスもそのことを理解しており、ライルの魔銃以外の設計はほとんど行っていなかった。
また、ライルの活躍を聞いたシーカーや商人たちからの問合せに対しても、高レベルの多重発動スキルがなければ使えないものだと説明し、魔銃が使えない武器であるという印象を与え続けた。
そのため、魔銃を実際に購入した者は皆無だったが、ライルの活躍が伝えられるたびに新たな購入希望者が現れる。
その繰り返しの最中にマーカスがその事実を知ってしまった。
魔術至上主義者たちはマーカスから魔銃によってオーガやトロールが一撃で倒されているという情報を受け、行動を起こした。
この時、ライル以外には使えないという事実は巧妙に隠されており、魔術至上主義者たちは誰でも使える魔銃ができたと勘違いしていたのだ。
彼らは元凶であるモーゼスとライルを排除すべく、グリステートに向かった。
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