第三十三話「準備」

 4月2日。

 僕のレベルが200になり、迷宮に入る許可が降りた。


 昨日、モーゼスさんからメインの武器、M4カービンの再改造の提案を受けている。

 それは現在3点バーストにしている連射機能をフルオートにしてはどうかというものだった。


「今のままでも大丈夫だと思うが、フルオートなら大型の魔物が複数襲ってきても対応しやすい。今の君ならパニックになってトリガーを引きっぱなしにするようなこともないだろうし」


 僕のM4カービンは1秒間に約3発撃てる。つまり、3秒間トリガーを引いていれば、10発くらい撃てることになるが、その際の消費魔力MPは1600ほどにもなる。これに冷却分の魔力も必要になるため、MPは1800ほど必要だ。

 今の僕のMP総量は2万6千ほどなので、この撃ち方でも14連射くらいはできる計算だ。


 それに通常は単発のセミオートで使うつもりなので、フルオートでの射撃は相当な大物か、大量の魔物に囲まれた時にしか使わない。そんな状況なら3点バーストよりフルオートの方が、選択肢が増える気がする。そのため、改造をお願いした。


 改造自体はすぐに終わり、その日のうちにいつも通り山に入った。


「悪いけど、今日はM4のフルオートの使い心地を確かめたい。君との連携にも影響が出るかもしれないから」


それがしに異存はない」


 昨日と同じ場所に行き、魔物を待ち構える。

 M4カービンの確認がメインだが、ここにはサイクロプスのような大物が出るから、昨日と同じようにM82を準備し、大物が出たら狙撃で弱らせる作戦に変更はない。


 最初の魔物は黒狼ブラックウルフの群れだった。

 数は8頭で、森から全速力でこちらに向かってくる。

 狙撃場所から転移魔術でローザの横に降りる。


「距離が100メートルを切ったらフルオートで撃つ! 撃ち漏らしがあると思うから頼む!」


「承知!」


 ブラックウルフは体長2メートル、体高1メートルを超える大型の狼の魔物でレベルは150ほど。この辺りでは中ランクくらいに位置する魔物だ。


 鋭い牙と爪、分厚い毛皮を持つが、特殊な攻撃は行ってこないので、1体だけであれば与しやすい魔物だ。

 しかし、群れになると事情が変わる。


 狼系の魔物らしく阿吽の呼吸で連携し、素早い動きで翻弄しながら、少しずつ出血を強いてくる。

 更には前衛を数頭で牽制しつつ、残りが後方に回り込んで、防御力の弱い後衛を攻撃するなど嫌らしい相手だ。


 ブラックウルフは漆黒の尾をなびかせながら、数秒で100メートルを駆け抜けた。


 既に照準は付けており、トリガーを引く。

 パンパンパンという軽い連射音が響き、先頭を走る黒狼がもんどりうって倒れ、その左右の狼も同じようにひっくり返る。

 狼たちは一気に距離を詰めた方がいいと考えたのか、仲間が倒されてもそのまま突っ込んでくる。


 そんな狼たちに向け、トリガーを引きながら銃口を左右に揺らす。

 残りの5頭の狼も同じように倒れ、8頭の群れをあっさり全滅させた。


 要した時間は僅か3秒ほど。最も近づいたものでも50メートル以内に入ることはできていない。

 冷却の魔法陣を起動し、銃身バレルを冷やす。


 まだ息があるものもいるようなので止めを刺し、死体を回収する。


「見事なものだが、某の分も残しておいてほしかったぞ」


 笑いながら抗議されてしまうほど圧倒的だった。


「ここまで凄いとは思わなかった。3点バーストより動いている敵には使いやすい感じだな。距離さえあれば、20や30なら倒せそうだよ」


「某もそう思う」


 その後、オークが5匹現れたので、今度はあえて10メートルくらいまで接近させてみた。

 1連射10発を叩き込むと、3匹は倒せたが、残りの2匹は前にいたオークの陰に入り、当てられなかった。

 次の攻撃を行う前にローザが倒してしまったが、分厚い体躯の魔物の場合、倒しきるのは難しいようだ。


「狭い迷宮の通路だと撃ち漏らしが出そうだな」


「うむ。今回のオークは盾を持っておらぬが、盾持ちがいた場合も一撃では難しいかもしれぬ。その時は某が倒せばよいだけだが」


 M4カービンの5.56ミリ弾は貫通力が高く、木の盾程度では止められない。しかし、威力は落ちるため、過信することはやめた方がいいだろう。


 あとは冷却の問題がある。10秒くらいの連射なら自然冷却でも一応大丈夫らしいが、銃身を長持ちさせるためには冷却が必要だ。5秒くらいの冷却でいいのだが、実戦では結構長く感じる。


 ある程度使ったら銃身を替えるという方法もないわけじゃないけど、迷宮内でトラブルが起きたら大変なので、十分に注意が必要だ。


 町に戻り、モーゼスさんと鍛冶師のグスタフさんにそのことを相談してみた。


「オリジナルは自然冷却で大丈夫なんだが、やはり素材の問題か」とモーゼスさんがいうと、


「ならばアダマンタイトで作ってみるか? アダマンタイトなら熱にも強いし、少々のことでは歪まん」


 アダマンタイトは非常に高価な金属だ。

 今も銃身の内部にも耐摩耗性を上げるため、アダマンタイトが使われているが、銃身全部にそれを使うということに驚く。


「それでいきましょう。ライル君とローザ君の命には替えられませんから」


 銃身を作るのに10日掛かるということで、それまでは山で狩りを続けることにした。


「10日か……ちょうど君の誕生日だね」


 4月13日はローザの誕生日だ。


「うむ。結局、18歳になってから迷宮に入ることになりそうだ」


「不満かい?」


「否。今が充実しているので問題はない」


 それから毎日、山に入った。

 目的はレベルアップではなく、迷宮に入ってからの連携に重点を置いた。そのため、大物が出れば狙撃で倒し、それ以外は20メートル以内に接近させてから戦った。


 4月12日。

 ローザのレベルが遂に200になった。

 刀術の極意のレベルは変わっていないが、ステータスが向上したため、攻撃力が格段に上がっている。


 レベル300を超える血塗れ熊ブラッディベアを瞬殺できるほどで、実力的には魔銀級ミスリルランクの剣術士に匹敵しているらしい。


 更に魔術の方も併用するようになったため、前衛でありながらも火属性魔術の範囲攻撃が使え、雑魚であるゴブリン程度なら一度に30匹ほど倒せるほどになっていた。


 僕の方はレベル224に上がっている。

 MP総量に余裕ができたため、それまで午前中だけで帰ることが多かったが、午後2時過ぎまで戦えるようになり、レベルアップの効率が上がったためだ。


 他にもアーヴィングさんやアメリアさんに迷宮での心構えなどを教えてもらっている。

 迷宮内での移動や休憩、戦闘後のドロップ品の回収時の注意点、安全地帯セーフティエリアの場所と利用の仕方など、実際に迷宮に入っていた人の経験を伝授してもらった。


 特に勉強になったのは迷宮では階層によって出る魔物が決まっているが、極まれに高レベルの魔物が出るということだ。

 それを“不正規イレギュラー”と言うらしく、その階層のレベルより100以上高い魔物が現れることがあるらしい。


「イレギュラーは100階層より下でしか出ないけど、即座に撤退を考えるべきだね」


「100階層のイレギュラーならレベル200くらいですから、何とかなると思うのですが」


 僕がそう聞くと、アーヴィングさんは小さく首を横に振り、


「確かにレベルはそうなんだけど、イレギュラーが危険なのは特殊なスキルを持っていることが多いってことなんだ。オークのイレギュラーだから大丈夫だと高を括っていたら、剣術の極意のスキルを持っていたのか、“縮地”を使ってきたんだ。あの時は焦ったね」


 縮地は戦闘の補助スキルで、上位スキルである“極意”を持っていないと取得できないものだ。

 一度、ラングレーさんに見せてもらったけど、一瞬で間合いを詰められ、何もできないうちに剣を突きつけられたことがある。


「縮地ですか……確かに危険ですね」


「なるほど」とローザも頷いていた。


 彼女自身、縮地が使えるので、その程度なら大丈夫な気はするが、奇襲を受ければ何が起きるか分からないので、警戒するに越したことはない。


「イレギュラーを見分けるのは難しそうですね」


「まあ、最初は上位種と混同するかもしれないけど、慣れれば見たことがない個体だからすぐに分かると思うよ」


「見たことがない個体が出てきたらイレギュラーだと思った方がいいということですね」


 他にも迷宮内で役に立つ道具類を揃えるなどし、明日の迷宮への挑戦の準備を整えていった。

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