第八話「設計図」

 グリステートに到着した僕は魔導具の設計者であるモーゼス・ブラウニングさんのところで世話になることになった。


 彼の店で竜人族のローザさんと出会い、二人仲良くタブレット端末で日本の時代劇を見ていたところで、モーゼスさんと魔導具職人であるアーヴィングさんが店の奥から戻ってきた。


「今日はこれくらいにして、夕食にしよう」


 外を見ると、既に空は茜色に染まり始めていた。

 ローザさんと一緒にいたからか、思った以上に時間が速く流れたことに驚く。


「ローザ君も一緒にどうかね?」


「まことにありがたき申し出なれど、アメリアが待っておりますので。それがしはこれにて失礼させていただきます」


「そうだね。アメリアさんによろしく」


 後で教えてもらったが、アメリアという人はウイングフィールド家のメイドだそうだ。

 メイドがいる屋敷を持っている探索者シーカーということは、モーゼスさんが言っていた通り凄腕なのだろう。


 食事をしながら、今後について話し合う。


「魔銃を武器に迷宮に入るつもりなんだね」とモーゼスさんが聞いてきた。


「そのつもりです」と言って大きく頷く。


「目標とするレベルはあるのかい?」


 アーヴィングさんの問いに、今まで考えてきたことを説明してく。


「黒の賢者様からの情報でも、どの程度レベルを上げれば魔力放出量が増えるのか分かっていないんです。なので、とりあえず一流と言われる魔銀級ミスリルランクを目指そうと思っています。それで魔力放出量が増えなければ、更に上を目指すことになると思いますが」


 ミスリルランクはレベル300以上が条件だ。聞いた話ではミスリルランクまで上がれるのは全体の5パーセントにも満たないらしい。


「レベル300だとすると、金属系のゴーレムを倒せるようにならないといけないな。モーゼス、君の銃はゴーレムに通用するのかい?」


「迷宮内だとちょっと厳しいかもしれませんが、通用する銃は作れるはずです」


 その言葉に思わず前のめりになる。

 金属ゴーレムは高い防御力と耐久力を持ち、魔術師にとっては天敵のような魔物だ。そんな魔物と戦えると聞き、期待が高まる。


「いずれにしても、基礎的な訓練はしなくちゃいけないな。魔導学院じゃ、まともな戦闘訓練なんてしていないだろうし」


 アーヴィングさんの言葉に僕は首を傾げた。

 学院でも戦闘の実習はある。そのことを知らないのではないかと思ったのだ。

 そのことを告げると、アーヴィングさんは肩を竦め、


「学院の実習なんて全然役に立たないよ。戦士の後ろから魔術を放つだけなんだろ」


「魔術師は後衛ですから、その戦い方でいいのではないんですか?」


「馬鹿言っちゃいけない。見通しが利かない迷宮で前衛・後衛の区別なんてありはしないんだ。少なくとも武器を使って身を守れない魔術師はシーカーにはなれんよ」


「でも僕には武術の才能がないんです。二ヶ月間も剣術を習ったのにスキルを得られなかったんです」


「そうなのかい? まあ、指導者と合わなかった可能性もあるし、剣だけじゃなく、いろいろ試してみたらいい。どっちにしても接近戦の訓練はやらなくちゃならないから」


「魔銃を使うなら、それにあった戦闘スタイルが必要だよ。それについては私がある程度教えられると思う」


 モーゼスさんが戦うというイメージが湧かない。

 それに気づいたのが、モーゼスさんはニコリと笑い、


「これでも昔は軍にいたことがあるんだよ。もっとも優秀な兵士というわけではなかったけどね。それでも基礎くらいは教えられると思う。まあ、最初は基礎体力を付けないと話にならないが」


「分かりました」


「戦闘訓練はそれでよいとして、魔導具の作成と補助スキルの訓練はどうしたらよいですかね」


 モーゼスさんの問いにアーヴィングさんが考えながら答えていく。


「そうだな……午前中に魔導具の作成なんかをやって、午後に戦闘訓練でいいんじゃないか。逆だと疲れているから集中できないだろうし。僕も一日中相手をしているわけにはいかないからね」


 こうして僕の明日からの予定は決まった。


 翌日の午前中、モーゼスさんから魔導具の理論を習い、アーヴィングさんから付与魔術の指導を受ける。

 魔導具の理論は学院でも習っていたが、モーゼスさんから聞く理論は全く別のものだった。


「学院で教えているのは基礎中の基礎。それも古い理論だからね。今の職人はほとんど使っていないものだよ」


「そうなんですか!」


「魔法陣に使われている論理回路はここ20年ほどで大きく進化しているんだ。私たち流れ人の知識を応用しているからね」


 そう言ってモーゼスさんは手書きのメモを渡してきた。


「このように部分部分できちんとした意味があるのだが、学院では全体として何となく教えているのではないかね」


「確かにその通りです。魔法陣にはそれ自体に意味があるから、一切変えてはいけないと習いました」


「そうじゃないんだよ。模様一つ一つにきちんと意味はあるし、つなぎ方にも意味がある……」


 目から鱗が落ちるとはこのことだった。


 モーゼスさんの説明を聞きながら、メモを取っていく。

 理論が先行する形だが、理屈が分かると更にその先が知りたくなり、あっという間に時間が過ぎていった。


 アーヴィングさんの指導はモーゼスさんのものとは異なり、感覚的なものだった。


「やり方は習っているんだろ。魔力をこのペンに乗せて定着するようにイメージしながらまずはこの魔法陣を描いてみてくれ」


 言われるままにやってみる。

 一応描けたが、見本と比べると魔力にムラがあり、非効率な魔法陣にしかならなかった。


「魔力が全然乗っていないよ。指先からピューと出して、勢いよくスーって描いていくんだ。こうやってね……それからここではバーンと一気に魔力をぶつけて……」


 それでも2時間ほどで今までより安定的に魔法陣を描くことができるようになった。


「ライル君は職人の才能があるようだね」とモーゼスさんが褒めてくれるほどで、アーヴィングさんも「これなら10日ほどで並みの職人になれそうな感じだな」と言ってくれた。


 魔術の補助技術の訓練も同様で、アーヴィングさんの指導は感覚的だった。

 しかし、レベル300を超える魔術師の指導は新鮮で、僕はしっかりとした手ごたえを感じていた。


 アーヴィングさんの指導が終わったところで、モーゼスさんが一枚の紙を持ってきた。


「これが最初に作る魔銃の設計図だ」


 そう言いながら広げられた紙には細い筒と太い筒を組み合わせたものに、前日使った銃に似たグリップとその前に少しだけ湾曲した箱状のものが取り付けられ、更に直角三角形の物体と続いた変わった形状に見えた。


「M4カービンと呼ばれる銃をモデルにしている。本来なら連射が可能な銃なのだが、初期バージョンは単発式になる。図面は実物大だ」


「結構大きいですね」


「長さは850ミリ。重さは2.5キロくらいになる。主に鋼を使うつもりだが、銃身バレルにはアダマンタイトを使うかもしれないから、もう少し重くなる可能性はある」


 説明を聞きながら、その図面を食い入るように見る。


「昨日撃った魔銃とはずいぶん違いますね」


「そうだね。昨日のM1911コルトガバメントは重い銃弾を比較的低速で飛ばすが、この銃は逆に軽い銃弾を高速で飛ばすことで威力を増している。銃弾の重さは四分の一くらいだが、速度は倍以上の秒速870メートルほどになる予定だ」


「秒速870メートル……想像もできません」


魔銀級ミスリルランクの弓術士が放つ矢の10倍以上だ」


「矢の10倍の速度……」


「矢の五分の一以下の重さしかないが、速度がある分、威力はある。タブレットに動画があるから見てみるといい」


 そう言ってタブレットを操作し始めた。

 すぐに画面に銃を持った男が映し出される。僕には分からない言語で説明しているが、説明のことより銃の方が気になっていた。


 モーゼスさんが操作し、射撃シーンに切り替わった。

 パンパンという軽い音がタブレットから聞こえ、標的の後ろの土壁から着弾を示す土煙が上がる。


「この動画の銃は火薬を使うから威力も音も全く違う。それにさっきも言ったけど、最初は単発式だから、こんな風に連発はできない」


 その言葉を聞きながらも僕は食い入るように動画を見続けていた。


「いつできるんでしょうか!」


「これに近いものは作ったことがあるんだが、細かい部品が多い。腕のいい鍛冶師に頼んでも一ヶ月は掛かると思っておいてほしい」


 今までのことを思えば、一ヶ月くらい全く問題ない。しかし、腕のいい鍛冶師という言葉が引っかかる。


「やってくれる鍛冶師の方はいらっしゃるんでしょうか。それに腕のいい鍛冶師は注文が多いと聞いていますが」


 空いている鍛冶師でも一ヶ月なら、忙しい鍛冶師なら何ヶ月かかるか分からないと思ったのだ。


「その点は大丈夫だよ。うちには専属の鍛冶師がいるから。明日にでも会わせてあげよう」


 その言葉に安堵した。

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