第七話「侍?」

 モーゼス・ブラウニングさんの工房に住み込むことになった。

 工房の二階にある空き部屋に案内され、再び一階に戻ったところで、工房に客がやってきた。


「モーゼス殿はご在宅か」


 古臭い感じの言葉遣いだが、その声は若い女性のものだった。


「ローザ君か。ちょうどいいところに来たね。紹介しよう、今日からここに住むことになったライル君だ」


 店に入ってきた人物に目をやると、声の印象通り若い女性だった。但し、普人族ヒュームではなく竜人族ドラゴニュートのようで、年齢はよく分からない。


 その女性は目つきこそやや鋭いものの、凛とした感じの美女で、ルビーを溶かしたような真っ赤な髪をポニーテールにしている。


 その衣装は今まで見たことがないもので、深い襟のややゆったりとした白い上着に、幅の広い紺色のボトムスだ。

 後で知ったのだが、“日本の侍”が着る“着物”という服だった。


 腰には艶やかな黒色の鞘に入った曲刀が差してあり、柄には糸を巻いたような滑り止めと、独特な形状の鍔が特徴的だ。

 これも後で知ったのだが、“日本刀”というタイプの剣だ。


 ローザと呼ばれた女性は僕に気づくと、小さく目礼をし、


それがしはローザ・ウィングフィールドと申す者。以後、お見知りおきを」


 その時代掛かった話し方に思わずモーゼスさんを見てしまうが、笑っているのですぐに自己紹介を始めた。


「ライル……です。今日からモーゼスさんのところでお世話になることになりました」


 思わず家名を言いそうになるが、何とかそれを踏みとどまった。


「ライル殿は魔導具職人を目指しておられるのか?」


「いいえ。手伝いをさせてもらうつもりでいますが、少し事情がありまして……」


 そこでモーゼスさんが間に入る。


「ローザ君、いきなり根掘り葉掘り聞くのはよくないのではないかな」


「確かにモーゼス殿の申す通りだ。ライル殿、申し訳なかった」


 そう言って深々と頭を下げて謝罪する。


「い、いえ。気にしていませんから」と慌てる。


 僕たちを見ていたモーゼスさんが話題を変えた。


「ところでラングレーさんたちはいつ戻られるのかな」


「父たちは今朝迷宮に入りましたから、早くとも三日後、いつも通りならば五日後に戻るのではないかと。それが何か?」


「ラングレーさんとディアナさんに相談したいことがあってね」


 ラングレーさんとディアナさんはローザさんのご両親のようだ。話の流れから、二人は探索者シーカーらしい。


「相談とは?」とローザさんが小首を傾げる。


「ライル君の指導をお願いしたいと思っているのだよ」


「ライル殿の指導? 職人ではなく、シーカーになられるのか?」


「その辺りも含めて、相談したいということなのだよ」


「承知仕った。父たちには某から話しておきましょう」


「頼んだよ。で、今日もいつものものを見ていくのかな?」


「うむ。勉強させていただきたいと思い参ったのですが、ライル殿のことで忙しいのであれば、後日にさせていただく」


「構わぬよ。いつも通り充電はしてあるから好きに見なさい。アーヴィングさんが帰ってくるまで店番も頼めると助かるのだが」


 そう言いながら薄い板状のものを手渡す。


「かたじけない」と言ってローザは受け取るが、それは片面がガラス、反対が金属でできていた。


「“たぶれっと”ですか……」と思わず呟くと、


「よく知っているね」と感心される。


 タブレットは流れ人が持ち込む道具であり、一般にはあまり知られていないためだ。


「魔導学院に資料としてありましたので」


「なるほど。あの中にいろいろと動画が入っているのだが、ローザ君はその中にあるニホンのサムライ物の動画を気に入ってね。毎日のように見に来ているんだよ」


 ローザさんは商談用の椅子に座り、慣れた手つきで操作を始めていた。

 その姿を興味深そうに見ていると、モーゼスさんはニコリと笑い、


「君も一緒に見てはどうかね。実際に動いているタブレットはなかなか見られんから」


 それだけ言うと、僕の返事を待たずにローザさんに声を掛けた。


「ライル君にも見せてやってくれんか。できれば使い方も教えてやってほしいのだが」


「承知仕った。ライル殿、こちらに」と言って手招きする。


 テーブルは対面で座る二人掛けのもので幅が狭い。椅子を並べると、肩が触れ合うほど近くなる。

 その距離感に恋人はおろか親しい友人がいなかった僕は戸惑うしかない。


「何をしておるのだ。早くここに座ってくれぬか」


 彼女はそう言うと、椅子の座面をポンポンと叩く。


「失礼します」と言って座ると、


「では、操作の方法だが、非常に簡単なのだ……」と言って説明を始めた。


 肩が触れ合うほど近くに座り、僕の心臓は早鐘のように打っていた。そのため、彼女の説明が頭に入らない。


「……実際に見た方がよい。では、某が最も気に入り、手本としている動画を見てみようではないか」


 それまでローザさんの存在に圧倒されていたが、初めて見る動画に驚きを隠せない。


「凄い……どういうカラクリなんだろう……」


「うむ。某も初めて見た時には同じことを思ったものだ。モーゼス殿に聞いたのだが、未だによく分からぬところも多い。だが、そのようなことより中身の方が更に面白いのだ」


 映像はともかく、音声は知らない言語であり、内容がさっぱり分からない。


「何を言っているのか分かるのですか?」


「無論だ。既に10年以上見ておるのだからな」と自慢げに答える。


 30分ほど解説付きで動画を見ていたが、エルフの男性が店に入ってきた。


「珍しいね。ローザが男の子と一緒にいるなんて」とからかうような口調で話しかける。


「師匠!」とローザさんが真っ赤な顔で叫ぶ。


 それに構わず、「ところでこの子は誰なんだい?」と聞いてきた。


 僕は慌てて立ち上がる。


「ライルです。今日からモーゼスさんのところでお世話になることになりました」


「今日から? お世話になる?」とエルフの男は少し首を傾げている。


 そこにモーゼスさんが現れる。


「ノーラさんの紹介で来たのですよ。ちょっと訳ありでね」


「ノーラが……モーゼスがいいと言うなら、僕に言うことはないよ」とモーゼスさんに言い、


「アーヴィング・エアハートだ。歓迎するよ、ライル君」


 そう言って右手を差し出した。

 その手を取ってもう一度挨拶をした後、疑問を口にする。


「さっき師匠と言っていましたけど?」


「師匠は父上と母上の元パーティメンバーなのだ。いろいろと教えていただいている」


「アーヴィングさんはうちの職人なのだが、元々は凄腕の斥候スカウトでね。ローザ君に気配察知や罠解除なんかを教えているのだよ」


 モーゼスさんの説明に「凄腕ってほどでもないけどね」とアーヴィングさんが笑っている。


「アーヴィングさん、少しいいかな」と言って二人は工房の奥に入っていった。


■■■


 モーゼスはライルたちから十分に離れたところで、それまで浮かべていた柔らかな笑みを消した。対するアーヴィングもそれまでの飄々とした表情から真剣なものに変えている。


「ブラッドレイ魔導伯家の長男だそうです」


「魔導伯家でノーラの紹介……七賢者セブンワイズ絡みということか……」


「ええ、そのようですね。ノーラさんの手紙にははっきりと書いてありませんでしたが、何かややこしい事情があると匂わせてありました」


「なるほど……悪い子ではなさそうだが、厄介ごとに巻き込まれなければいいが……」


「ノーラさんには大きな借りがありますから引き取りましたが、警戒しておいた方がいいと思いますね」


「それで私はどうしたらいい?」


「とりあえず、彼に魔導具作りを教えてほしいのです。魔銃を作っても戦う才能があるかは分かりませんから」


「そうだな。あとは補助技術もできるだけ教えておく。無駄にはならないだろうし」


 そんな話をした後、ライルたちのところに戻っていった。

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