第五話「迷宮都市」
実家で資金を調達すると、9月14日にグリステートに向けて出発した。
グリステートはスールジア魔導王国の中央部を南北に分断するアルセニ山地という山岳地帯の北部にある。
アルセニ山地には管理されていない迷宮が50とも100とも言われるほど存在すると言われ、絶えず魔物が出現する危険なところだ。
王都から遠く離れ、主要な街道沿いでもないグリステートだが、直通の乗合馬車が出ていた。その最大の理由はパーガトリー迷宮とアルセニ山地の存在だ。
迷宮や山に棲む魔物から得られる素材や“
馬車はゴーレム馬が引く箱型のもので、乗客は商人らしき中年男性の4人組と職人らしき若い男とその妻、傭兵のような出で立ちの若い男女2人だ。この他に御者が1人と護衛兼荷物運びが3人いる。
僕は腰に長剣を差し、古びた安物の革鎧を身に着けている。迷宮で一旗揚げようとしている若者にしか見えないはずだ。
街道は土魔術で整備されているが、馬車はガタゴトとうるさい音を立てて進んでいく。
騒音と振動が煩わしいが、僕は初めての一人旅に興奮していた。
しかし、それをできるだけ表情に出さないように注意している。こんなところで旅慣れていないことがバレると碌なことにならないと聞いていたからだ。
「兄さんも迷宮で
「ええ、そんなところです」
「その若さで1人とは自信がおありかな?」
「いえ。仕方なくです」と無表情で短く答え、それで話を終わらせる。情報はできるだけ出さない方がいいためだ。
グリステートに行くには一旦、アルセニ山地の東を抜け、スタウセンバーグという町に入り、そこから山岳地帯に向けて南下する必要があった。
スタウセンバーグまでの街道には一定の間隔で宿場があり、野宿するようなことはない。また、王国軍が定期的に巡回しており、魔物や盗賊による襲撃もなく、平和そのものだった。
しかし、スタウセンバーグとグリステートを結ぶ街道は深い森の中を通るため、アルセニ山地から流れてくる魔物による襲撃の恐れがある。
魔物からの襲撃に対処するため、スタウセンバーグから先は数台の馬車でキャラバンを組むことが多いく、そのキャラバンを組むため、3日ほど足止めを食らってしまう。
何とか5台の荷馬車によるキャラバンを組むことができ、僕たちの乗る馬車は南に向けて出発した。
森の中では何度か魔物による襲撃があったが、僕が戦うような事態に陥ることなく、10月1日の午後3時頃、無事グリステートに到着した。
乗合馬車の乗客やスタウセンバーグで情報を収集した結果、グリステートについて多くのことを知った。
グリステートの人口は6千人ほどで、迷宮で探索を行う
この他にもアルセニ山地から流れ込む魔物を狩る
シーカーやハンターに武具を供給するため、多くの武器屋や魔導具屋が存在し、その一つが今回の目的地であるモーゼス・ブラウニング氏の店だ。
高さ2メートルほど木の柵と木の板を貼り合わせだけの門があった。
魔物が多いと言われる割には防御施設が貧弱な気がしたが、魔物から守るための施設ではなく、街道から入ってくる人の出入りを確認するためのものらしい。
門を入るとすぐに馬車が止まった。そこが終着の停留所で他の乗客たちと別れ、僕はその足で近くにある商業ギルドに入っていく。ブラウニング氏の店の情報を得るためだ。
受付のカウンターに行き、店のことを聞くと、場所はすぐに分かった。
「ここから大通りを道なりに行くと公園がありますから、その西に店を構えていらっしゃいますよ。近くまで行っても分からなかったら、その辺りの人に聞いてください。流れ人であるモーゼスさんは有名人ですから、すぐに分かると思います」
礼を言ってギルドを出て、南に向かう。
町には武装したシーカーやハンターらしき男女が多く歩いており、王都とは違う雰囲気に思わず目を奪われる。
町の北側は商業地区らしく、多くの商店が軒を連ねている。ただ町自体は無計画に拡張されたため雑多な感じが強い。
商店の店の前を通ると必ず呼び込みの声が掛かり、店先には商品が溢れていた。
町の中心部に50m四方ほどの公園があり、シーカーらしき人たちが思い思いに身体を動かしていた。
公園を抜けると商店は一気に減り、槌などの工具の音が聞こえるようになる。
(この辺りが職人街か……ここの先にあるって話だな……)
キョロキョロと看板を探しながら歩く。
すぐに“ブラウニング魔導具店”という小さな看板が掛かっているのを見つけた。
店は窓ガラスが多く使われた明るい感じで真っ白な扉が特徴的だ。
(ここみたいだな……話を聞いてくれるといいんだけど、職人は気難しい人が多いっていうからな……)
不安を感じながらも、気合を入れ直してドアのノブを引く。
カランカランというドアベルの音が響き、中から「少し待ってくれんか」という男性の声が聞こえてきた。
看板には魔導具店とあったが、打合せ用のテーブルと椅子があるくらいで商品らしきものは何も置いていない。
しばらくすると、「待たせたね」と言って、眼鏡を掛けた老人が出てきた。
老人は柔らかな笑みを浮かべて、「まずは座りなさい」と椅子を勧める。
「初めまして」と言いながら、頭を下げてから椅子に座る。
「初めてのお客さんだね。うちは変わった物しか作っておらんが、ご存じかな?」
「ライルと言います。シャンドゥのノーラ・メドウズさんの紹介で来ました」と言いながら紹介状を渡した。
「ノーラさんからの……」と一瞬表情を厳しいものに変えたが、すぐに元に戻し、
「彼女は元気にしておるかね?」
「はい、お元気そうでした」
モーゼスさんは紹介状を読み終えると、小さく頷く。
「モーゼス・ブラウニングだ」と言って右手を差し出し、ライルが握手に応じると、
「ライル君、ノーラさんからの手紙は読んだが、君から直接話を聞きたい。言える範囲で構わんが、君の事情を説明してくれんか」
「分かりました。僕は全属性が使えるのですが、生まれつき魔力放出量が少ない体質なんです……」
僕は説明を始め、5分ほどで話し終える。
「……魔銃があれば魔物と戦えるかもしれないんです。黒の賢者様はレベルが上がれば魔術が普通に使えるようになるかもしれないとおっしゃっています。僕にはこれしかないんです……」
最後は涙を浮かべて懇願した。
「うむ……」とモーゼスは考え込む。
「僕に用意できたお金は白金貨100枚です。これで何とかお願いできないでしょうか」
そう言って大きく頭を下げる。
「金の問題ではないんだよ。
それまでの柔らかな笑みが消えている。
僕には何が言いたいのか全く理解できなかった。僕もそうだが、スールジア魔導王国の国民にとってセブンワイズはその知識に対する尊敬だけでなく、国の守護者という印象しかない。
「君は知らないだろうが……まあいい。ノーラさんの頼みだ。私にできることなら手伝ってあげよう」
その言葉に思わず目を見開き、慌ててもう一度頭を下げる。
「ありがとうございます!」
「でも、君の望んだ結果になるとは限らないことだけは覚えておいてほしい」
「僕にはもうこれしかありません。可能性がほとんどなくても挑まないといけないんです。ですので、決して後悔はしません」
「話は変わるが、魔銃ができるまでどうやって暮らしていくつもりなんだね」
僕はそのことを全く考えておらず、顔が熱くなった。
「何も考えていないようだね。なら、うちにいなさい。君は付与魔術も使えるようだし、魔導具作りを手伝ってもらう。他にも掃除や簡単な家事くらいはできるだろうから、それをやってもらうよ」
「あ、ありがとうございます」
こうして僕はモーゼスさんの店で暮らすことになった。
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