第四話「実家」
今日“魔銃”と出会った。
衝撃的な出会いだったが、僕の体質である魔力放出量の少なさから発射までの時間が長く、実戦では使い物にならないことが分かり、諦めようと思った。
しかし、店主であるノーラ・メドウズさんから、魔銃の設計者であるモーゼス・ブラウニング氏なら解決できるのではないかと聞かされ、望みを持った。
とにかく、そのブラウニングという人がいるグリステートという町に向かうことだけを考えている。
とりあえず、今住んでいる部屋に向かっていた。一度部屋に戻って今後のことを考えるためだ。
住んでいる部屋があるのは海沿いの粗末な集合住宅だ。
シャンドゥには海に面した貿易港があり、海沿いには港湾労働者向けの安い住宅がある。治安の点で不安はあったが、父からの援助しか収入がないため、こういった場所しかなかったのだ。
できるだけ早く出発したいが、手持ちの資金は5千ソル(日本円で約50万円)しかない。グリステートまでは距離にして700キロメートル、ゴーレム馬車を使っても半月は掛かるという遠い場所で、その旅費としては心許ない。
少し前、迷宮に挑むために調べたことがあり、半月も掛かる旅行の場合、移動のための費用や宿泊費、食費などを考えると、最低3千ソルは必要だ。
それに加え、魔銃の製造を依頼することを考えると、少なくとも3万ソルは持っておきたい。
それだけの金を捻出するには父に頼み込むしかない。
自分を放逐した父に援助を申し出ることも気が重いが、それ以上に実家に戻りたくなかった。その理由は義母ナターシャの存在だ。
実母であるマーガレットは僕が生まれた時に亡くなっており、家にいるのは自分を追い出した義母と優秀な腹違いの弟クリストファーと義妹のパトリシアだ。
クリストファーとパトリシアに思うところはないが、僕に嫌味を言い続けた義母とは顔を合わせたくない。
他にもいきたくない理由がある。
それはブラッドレイ家がある
それでもいかなければならない。
正業に就いているわけでもない僕に数万ソルという大金を用意することはできないからだ。
部屋に戻るが、中には作り付けの寝台以外に家具はなく、勉強のために持ち込んだ数冊の魔導書、何の変哲もない長剣が一振りと古びた革鎧、あとは着替えと洗面用具が入っているバッグだけだ。
これだけ物が少ないのは剣術で戦えるようになったら、すぐにでも迷宮に向かおうと考えていたからだ。
だから、資金さえ調達できれば、すぐにでも出発できる。
別に急ぐ必要はないのだが、この町にいたくないという潜在意識があるから早くしたいと思ってしまう。
だから、今日のうちに実家に行こうかと思ったが、時間が悪い。父が戻るのは夕方で、その時間には知り合いに会う可能性が高いためだ。
翌朝、シャンドゥの中心部にある貴族街に向かった。
父レイモンドは魔導伯として国の要職に就いているが、出仕するのは10時頃で、朝食が終わったタイミングに行けば確実に会える。
午前8時過ぎ、尖塔がそびえる王宮を横目に見ながら貴族街を歩いていた。下級役人らしき男たちが急ぎ足で王宮に向かう中、豪華な屋敷が並ぶ一画に足を踏み入れた。
「珍しい奴がいるじゃないか」と聞き覚えのある声が聞こえてきた。
嫌な奴に見つかったと思い、振り返ることなく通り過ぎようとした。しかし、そいつは僕の肩を掴む。
「無視するとは酷いじゃないか。一緒に学んだ仲だろう」
厭味たっぷりの声が僕の心をかき乱す。
嫌々ながらも振り返ると、そこに立っていたのは予想通り、元同級生のマーカス・エクレストンだった。
その後ろには取り巻きの少年5人がニヤニヤと笑って立っている。
「どこに行くんだ? 貴族でもない奴がうろついていいところじゃないぞ」
「ちょっと実家に用があってね。急いでいるんで」と言って離れようとしたが、マーカスは肩に置いた手を離さない。
「剣術の修行の成果でも出たのか? 2ヶ月経ってもスキルを得られていないって聞いたが」
「君には関係ないだろう! 手を離してくれ!」
「まだ立場が分かっていないようだな。お前は魔導伯家を勘当されたんだ。つまりもう貴族でも何でもないってことだ! 平民風情が僕にそんな口を利いて許されると思っているのか」
そう言い切るといきなり腹部に拳を叩き込んできた。
心の準備がないままいきなり殴られ、呻き声を上げて、膝を突く。
続けざまに背中に蹴りが入った。その勢いで僕は地面に転がるように倒れてしまう。
「昔から気に入らなかったんだよ。まともに魔術が使えないくせに座学で僕の上にいたことがな」
そう言って何度も踏みつけるように蹴ってくる。更に取り巻きたちも一緒になって蹴り始めた。
僕は丸くなって耐えるしかない。
どのくらい時間が経ったのかは分からないが、「君たち、やめるんだ!」という声が聞こえた。どうやら巡回中の騎士が止めに入ってくれたらしい。
「平民が盗みをしようとしていたから捕まえようとしただけだ」とマーカスが言うと、
「本当にそうなのか?」と騎士は疑わしげな声で確認する。
僕はこいつらにいじめられていると言おうと思ったが、そこら中が痛くて声にならない。
「僕はエクレストン魔導伯家のマーカスだ。文句があるならエクレストン家に言ってみるんだな」
その言葉で騎士は態度を変えた。
「エクレストン家の神童か……失礼しました。ですが、これ以上やれば死んでしまいます。そうなれば、家の方に連絡することになりますが、よろしいのですか」
想像以上に僕の姿が酷いのだろう。
「そうだね。これ以上はやり過ぎだ。では、あとは任せるよ。行くぞ!」
マーカスはそのまま取り巻きたちを引き連れて学院に向かった。
騎士はしゃがみこむと、声を掛けてきた。
「大丈夫か? あの悪ガキどもが盗みとか言っていたが、本当にそうなのか?」
「そ、そんなことはしていません。昔からいじめられているだけです」
「そうか。なら見つからないように気を付けてな」
それだけ言うと騎士たちは離れていった。
今日は運が悪かった。学院の始業時間が過ぎているから大丈夫だと思ったのだが、一限目の授業をさぼるつもりだったようだ。
気を取り直して服についた汚れを払い、人目に付かないところに移動する。
顔が腫れているため、神聖魔術の治癒を使って治療を開始した。
僕の魔力放出量ではちょっとした切り傷程度しか治せない。しかし、自分の身体に限っては時間を掛ければ骨折程度の治療も可能だ。
身体は治せたが、服はボロボロの状態だ。しかし、これ以上遅くなると父に会えなくなると考え、そのままの格好でブラッドレイ家の屋敷に向かう。
屋敷に着くと、すぐに裏口に回った。使用人が使う通用口でノックをすると、見知ったメイドであるフランが現れた。フランは幼い頃から僕の世話をしてくれた、母親のような存在だ。
「ライル坊ちゃま。どうされたんですか!」
「大したことはない。それより父上に会いたいんだが」
「旦那様はまだいらっしゃいますので確認して参ります。使用人の部屋で申し訳ございませんが、そこでお待ちください」
フランはそういうと屋敷の中に入っていった。
使用人の部屋で待っていると、フランが戻ってきた。
「書斎でお会いになられるそうです。ただ、あまり目立たないように来ていただきたいと……」
「分かっているよ。僕はここにいてはいけないからね」
それだけ言うと、屋敷の中を小走りで進んでいく。
何人かの使用人とすれ違ったが、会いたくない義母と弟に会うことなく、書斎に到着する。
ノックをすると、すぐに「入れ」という声が聞こえてきた。
父は出仕の準備をする前で、ローブを羽織った状態だったが、ボロボロになった僕の姿を見て驚いていた。
「何があった」
「マーカスにやられました。運悪く途中で出会ってしまったので」
「マーカス? ああ、エクレストンの息子か……」と呟くが、それ以上は何も言わず、本題に入る。
「で、何をしに来たのだ? 今月の生活費は渡しているはずだが」
「旅に出ようと思っています」
「旅に? どこに行くのだ?」
そこで昨日魔銃を見つけたこと、その魔銃の設計者ブラウニング氏なら自分に合った武器を作れるかもしれないこと、その人物がグリステートにいるため、そこに向かいたいことを簡潔に説明する。
「ノーラ婆さんの紹介か……ならば可能性がゼロというわけではないか……それにしてもどうやってあの婆さんに出会ったのだ? あの気難しい人物が紹介状を書いたことが信じられん」
魔導伯である父が市井の魔導具店の店主を知っていることに驚く。
「偶然です。たまたま目に入った魔導具店に入っただけですから」
「あの婆さんがまだ店番をしていただと……」
父は腑に落ちないという顔をするが、すぐに表情を戻す。
「分かった。金は用意してやる。だが、お前への援助はこれで終わりだ。後は自力で生きていかねばならんぞ」
僕も父がノーラさんのことを知っていることが気になったが、あまり長居できないため、そのことは聞かずに黙って頷く。
「少し待っていろ。すぐに用意する」
そう言うと書斎の奥の金庫から革袋を取り出した。
「ここに白金貨が100枚ある。これだけあればグリステートに行って魔導具を買ってもある程度残るだろう」
「ありがとうございます」
「これはお前が20歳になるまで渡すつもりだった金だ。つまり、今後は一切援助せぬということだ」
父は僕が20歳になるまで援助してくれるつもりだったらしい。
ずっしりと重い革袋を受け取ると、すぐに
これでも時空魔術を使い手だから、アイテムボックスが使える。ただし、収納能力は大きめの
白金貨100枚は10万ソル(日本円で約1千万円)にもなる。
これだけの金を用意してくれていた父に複雑な思いを抱く。僕を追い出したのは父だが、それでも気に掛けてくれていた。
その事実に心が揺れる。
そんな僕の心の内に気づくことなく、父は「気を付けてな」とだけ告げ、背を向けた。早くいけという合図のようだ。
「父上もお元気で」
それだけ言うと、静かに書斎を出ていく。
運がよかったことにその後は知り合いに会うことなく、自分の部屋に帰ることができた。
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